第302話(ワイバーンの群れ)
第302話(ワイバーンの群れ)
レイたちは隊列を組み、エヴァルニアの街を出発した。
目指すのは、先日激しい戦闘があった国境近くの扇状地だ。
隊列は馬車を中心に六人が囲む形となった。
先頭にはカイルとハロルド、馬車の両側にはポンコとスミス、
そして後方にスタマインとユキミが控える。
御者席にはイーサンが座り、手綱を握っていた。
だが、シルバーはスレイプニルらしく、前を走る馬が
気に入らない様子だ。
危険など踏み潰して進めるという自信があるのか、
何度もカイルたちを追い越そうとする。
イーサンがシルバーに声をかける。
「シルバー、焦らないで。お前の役目はレイ様を守ることだぞ」
シルバーは鼻を鳴らし、不満げに蹄を打ったが、
ひとまず歩調を合わせた。
やがて街道を抜け、国境が迫る扇状地が見えてくる。
しかし、近づくにつれ、さっきまでののんびりした空気が消え、
肌を刺すような緊張感が漂い始めた。
その原因は、上空で旋回するワイバーンの群れだった。
カイルはそれを視界に捉えると、全員に届く声で叫ぶ。
「止まれっ!前方にワイバーンの群れだ!」
馬車はすぐに停まり、スタマインが様子を探りに先行する。
レイたちも馬車から降り、空を舞う影を見上げた。
「こんなところにワイバーンなんていたのね」
「山の麓まで降りてくるのは珍しいのではないか?」
「なんなんでしょうね…?」
ワイバーンたちはゆったりと円を描きながら、少しずつ高度を
下げているようだった。
一方、先行したスタマインは馬を降り、息を殺して慎重に進む。
やがて街道が途切れ、視界が開けた場所へ出たとき、ワイバーンがなぜここに集まっているのかを察した。
地面は一面泥濘んでおり、オークソルジャーやホブゴブリンの死骸が無数に沈んでいる。
泥から突き出た手足は動かないものがほとんどだが、よく見ると胸がわずかに上下している者もいた。
体を動かせず、泥に埋もれながら、かすかな呼吸だけを続けているのだ。
その息遣いを感じ取ったかのように、空を群れ飛ぶワイバーンたちが高度を下げ、低く旋回を始める。
鋭い鉤爪を広げ、動けぬ獲物を狙って一気に急降下した。
泥濘の中で、弱き者たちの呻きが小さく響く。
その音が、戦場の片隅を地獄に変えていた。
スタマインは片眉を上げ、吐息を漏らす。
「……おっと、こりゃ冗談抜きでやばいな、ワイバーンが十二匹もいやがる」
振り返ると同時に馬へ駆け寄り、軽やかに飛び乗る。
背後からはワイバーンの羽音と、泥をかき分ける不気味な音が迫ってきた。
「こんなの、観光してる場合じゃねぇや」
軽口を叩きながらも、馬腹を蹴って全速力で街道を駆ける。
風を切りながら、口元を歪める。
「さて、うちの大聖者様に、ご機嫌なニュースを届けに行くとするか」
街道の向こうに、馬車と隊列の姿が見えてきた。
スタマインは速度を落とさず、砂利を蹴り上げながら駆け寄る。
「おーい! ただいまご帰還だぜ!」
大声と共に馬を止めると、その顔には珍しく笑みがなかった。
カイルが眉をひそめる。
「どうだった?」
スタマインは手綱を握ったまま、肩越しに扇状地の方角を振り返った。
「ワイバーンの観光ツアーかと思ったら、ぜんぜん違ぇ。あれは餌場だ」
「餌場?」とユキミが首をかしげる。
「泥ん中にオークソルジャーやらホブゴブリンがごっそり沈んでやがる。
死んでるのもいるが、生きてんのもいる。
で、その息のあるヤツを、あの空の連中が順番待ちで狙ってやがる」
空を見上げれば、まだ遠くで黒い影が舞っている。
スタマインは片手で顎をかきながら言った。
「正直、あそこに近づいたら即バトルだな。おまけに、泥ん中が何者かの罠かもしれねぇ」
レイがこめかみを押さえ、ため息をついた。
「……それ、オレの土魔法なんだ」
「は?」スタマインが素っ頓狂な声を上げる。
「国境の戦いの時、土の最上位魔法――テラ・クエイクを撃ったんだ。
その後遺症で、地面が揺れた後に、ああなったんだよ」
スタマインは目を瞬かせ、信じられないという顔をする。
「……いや、大聖者様が規格外なのは認めてますけどね?
あの範囲を丸ごと泥に変えるとか、ありえなくないっすか?」
その場の空気が、わずかに緩む。
フィオナは苦笑し、セリアは肩をすくめ、
リリーは「だよねぇ」とぼやく。
スタマインは鼻で笑い、手綱を握り直した。
「まったく……敵よりうちの大聖者様の方がよっぽど怖ぇや」
笑い声が少しだけ広がった、その時――。
頭上でワイバーンの鳴き声が響き、空気が一瞬で冷え込む。
見上げれば、先ほどよりも群れが低空を飛び始めていた。
カイルが表情を引き締める。
「……冗談はここまでですね。あいつら、狩りを始める気だ」
レイも頷き、全員に目を配る。
「よし、作戦を立てよう。どの道、ここを抜けなきゃ帝国に入れない。
接近戦は避けつつ、まずは――」
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