第301話(帝国へ出発)
レイたちは帝国の村への支援物資をできるだけ馬車に積み込み、出発の準備を進めながら
カイルの到着を待っていた。
イーサンによると、手紙が届いた日に出発すれば、八日後にはエヴァルニアに到着できる見込みだという。
アルディアから公都まで二週間かかったことを考えると、エヴァルニアはアルディアに比較的近い場所の
ようだった。
レイが考え込んでいると、それを察したイーサンが説明を始めた。
「公都へは半島の外側を回るルートですが、マルカンド共和国からは海を横切るため、その分早く
到着できる違いだと思います」
「なるほど。なら、エヴァルニア経由でアルディアに向かった方が早かった?」
「それは、シルバーの速さの馬車を持っている人なら…ですね」
そんな話をしていると、遠くから馬を連れた集団が近づいてきた。
彼らの装いは間違いなく神殿騎士のものだった。
「えっ?カイル、まさか一人じゃないのか?」
その集団は六人が整列して歩いてくる姿だった。
先頭のカイルがレイに気づくと、全員が一斉に駆け寄ってきた。
「レイ様、遅くなり申し訳ありません。カイル以下五名の護衛騎士隊が到着しました」
「いや、それはありがたいけど……六人って、多すぎないか?」
「何をおっしゃいますか。この緊迫した状況で帝国に向かうのに、六人でも少ないくらいです」
そう言って、カイルは護衛騎士たちを紹介した。
「こちらがハロルドです。大盾を使い、防御のスペシャリストです。経験豊富で寡黙ですが、動きは的確。
若手からは『破壊神父』と呼ばれ、頼りにされています」
レイが頷くと、ハロルドは静かに礼をした。
「赤毛のポンコです。弓の腕は確かで、軽口と毒舌を交えつつも、みんなの士気を上げてくれます。
ただ、少しお調子者なところもあります」
ポンコがにやりと笑った。
「スミスは槍の使い手ですが、仲間思いゆえに時々勢い余って突っ走ることがあります」
カイルが苦笑すると、スミスが照れくさそうにうなずいた。
「スタマインは元冒険者で、私の旧友です。情報収集や現場の判断に長けていますが、口が軽いのが難点ですね」
スタマインは軽く手を振った。
「ユキミは若い魔法使いで回復に優れています。戦場経験は浅いですが、仲間を支える気持ちは強いです」
ユキミは緊張しながらも、一礼した。
カイルが一通り紹介を終えると、レイは短く頷いた。
「みんな、遠いところからありがとう。よろしくお願いします」
護衛騎士たちは声を揃えて答えた。
「承知いたしました、レイ様。必ずお守りいたします」
護衛全員への挨拶が終わると、レイはカイルに向き直った。
「カイル、この馬車は普通の馬車の三倍は早いけど、ついて来れる?」
カイルは一瞬、目を見開いて驚いた様子だった。
「えっ? 三倍ですか?」
「そう。前にイシリア王都まで行った時、途中の街で護衛をつけさせてくれと言われたけど、
『ついて来れますか?』って聞いたら、『無理です』って言われて、護衛は断念したんだ」
「頑張ってついていきます!」
「まあ、ゆっくり向かうつもりだけどね」
そう言ってレイ達は馬車に乗り込んだ。
「じゃあ、出発しようか。まずは国境まで行くぞ」
イーサンが御者を務め、馬車の中はレイ、セリア、フィオナ、
リリー、サラ、サティの女性陣に囲まれる形となった。
「オレ、御者席に座るよ!」レイが言う。
だがセリアは即座に首を振った。
「却下。護衛対象は、おとなしく真ん中に座っていてね、レイ君」
「そうだ。私たちは護衛だからな、護衛対象の側にいなければならない」
フィオナも続ける。
「レイ、この二人はパーティ仲間じゃないの?」
サティが尋ねた。
「いやいや、パーティ仲間だよ、母さん」
レイは笑って答えた。
「いっつも、こんな感じニャ!」
サラがくすくすと笑う。
「そうね、まったく……レイ君ったら甘えん坊なんだから」
リリーがからかうように言う。
レイは顔を赤らめて反論した。
「甘えてませんってば!
ただ……ちょっと、御者席に逃げたいだけなんだって!」
「それは却下!」
「却下だな」
「却下だニャ」
「それは、諦めなさい」
四者四様の言葉が一斉に響き、力強くもそれぞれの個性が
にじむ声色が、レイの逃げ場を奪った。
対面に座るサティは、そんな彼女たちをじっと見つめて言った。
「ねぇ、皆さん……このパーティって、どういう関係なの?
誰かレイのお嫁さんになるのかしら? まさか、全員?」
馬車の中が一瞬静かになった。
リリーが首を横に振り、にこりと笑った。
「いえ、違いますよ。私はそういうのじゃありませんから」
サラもあっさり言った。
「私も違うニャ」
それを聞いて、セリアとフィオナは顔を赤くして目をそらす。
セリアが小さな声でつぶやく。
「……そうね」
フィオナも少し照れながら答えた。
「……ええ、まあ、その……」
レイは慌てて言った。
「みんな、そういうわけじゃないから。本当に!」
サティは軽く笑いながら目を細めた。
「ふふ、まあ、誰か一人でもお嫁さんになってくれたら、嬉しいかも」
セリアはさらに赤くなり、口を閉じる。
フィオナは慌てて手で口を隠し、ちらりとレイを見てから視線をそらした。
二人ともまるで火を吹きそうなほど恥ずかしそうだった。
しばらくして、馬車の中に一瞬の静けさが戻り、笑い声も消えた。
これから向かうのは帝国だ。何が起こるかわからない相手である。
どんな危険が待っているかわからない中で、皆の胸には
警戒心がしっかりと宿っていた。