第300話(村へ向かう両者)
レイは、エヴァルニアの教会から《メールバード》を飛ばしてもらっていた。
この通信手段は、スカイホークと呼ばれる鳥型の魔物の帰巣本能を利用したもので、
訓練さえされていれば、どれだけ遠く離れた場所にも確実に手紙を届けてくれる。
教会の裏庭で、スカイホークの世話をしている助祭に手紙を託すと、助祭は慣れた手つきで手紙が入った筒を
スカイホークの足に結びつけた。
以前にアルディアから届いた手紙には、中立の第三者として小国家の教会に立ち会いを依頼する案が
記されていた。それを受けて、レイは各国宛に立ち会いのお願いを書き上げ、アルディアに送付を依頼した。
同時に、帝国の教会支部宛の手紙もアルディア経由で送ることにした。
壊滅した村へ向かう予定であること、立場上護衛を同行させること、
第三者の立会人を置くつもりであること――必要事項を淡々と記した。
今のところ直通の通信手段がないため、すべてをアルディア経由に頼らざるを得ない。
直送できる仕組みを作りたい、という考えが頭をよぎるが、それは今は脇に置くしかなかった。
***
数日後、アルディア経由でマルカンド共和国から返事が届く。
派遣されるのはエリーシャ司祭――知恵と温厚さで知られる女性で、アルディアが最も信頼を寄せる
人物のひとりらしい。
さらに、ラムセリア公国からも「ジョリーン司祭を向かわせる」との連絡が入った。
物腰は柔らかいが、芯は鋼のように強く、正義感あふれる人物だという。こうして二人の立会人が
現地に向かうことが決まった。
準備は整った――そう思った矢先、送られてきた筒の中に、もう一通手紙が入っていた。
差出人はアルディアにいる側近のアレクシアだ。
その短い文面を読んで、レイは目を瞬いた。
『カイルが、マルカンド経由でそちらに向かっている』
カイル――それは、アルディアに預けていた護衛騎士の名だ。
本来は大聖者の護衛として同行すべきところを、今回は「旅にはイーサンだけを連れて行く」と言って
断った相手だった。
(まあ、大聖者の護衛騎士となっている以上、拒めないよな……)
そう思いつつも、胸の奥に小さなため息がこぼれる。
魔物討伐の余波を巡る真相を確かめるだけのつもりだった。
それがいつの間にか、教会や、複数の国を巻き込み、ことは大きく膨らんでいる。
その空のどこかを、すでにカイルを乗せた船が、東へ向かって進んでいるのだろう。
***
帝国の首都、ラドリアッチ城。重厚な石造りの書斎で、皇帝は書類を手に側近と向かい合っていた。
皇帝は書類を手にしながら側近に問いかけた。
「村の惨状は想像以上だな。バガンめ……自国の村を壊滅させてまで口実を作るとは、あいつも
なかなかの悪党よ。だが、実に巧妙に動いておる。
――まあ、よくやりおる、というところだが、それはどうでもよい。重要なのは、大聖者が
私の期待通りの者なのかどうかを見極めることだ」
側近は戸惑いを隠せず言った。
「陛下、しかし村を壊滅させた少将の策略もあります。事実確認は必要かと」
皇帝は冷たく目を細めた。
「くだらぬ。真実などどうでもよいわ。大聖者こそが鍵だ。
選ばれし者か、ただの駒か、それを確かめねばならん」
「それよりも、大聖者の持つ道具についての調査はどうなっている?」
側近は眉をひそめ、苦渋の表情を浮かべる。
「陛下、つい先日、この件について指示を受けたばかりでございます。
現在、密偵を放ったところですが、まだ具体的な成果は報告されておりません」
皇帝は短く吐息をつき、拳を軽く握りしめる。
「時間がないのだ。大聖者に関する情報は早急に必要だ。何としても手掛かりを掴め」
側近はうなずき、深い覚悟を込めて答えた。
「かしこまりました、陛下。全力を尽くします」
皇帝は視線を鋭く側近に向け直し、冷たく言い切った。
「大聖者をこの村に呼び寄せたのは僥倖だ。名目はどうあれ構わぬ。
計画を進めるため、必ず直接会話を交わす。誰の同席も許さぬ」
その言葉に、側近の顔が青ざめた。
「陛下……それは、あまりにも危険です。大聖者と陛下が二人きりで会うなど、予期せぬ事態が起きる可能性は
計り知れません。護衛や第三者を同席させずに話すのは、賢明とは言えません!」
慌てて側近は言葉を重ねる。
「どうか再考を──」
だが皇帝は、鋭い視線を向けて言葉を遮った。
「言葉は終わりだ。私の決断は揺るがぬ。危険を冒してでも、この目で確かめねばならぬのだ。
すぐに村へ向かう!」
重々しい足音が廊下に響き、皇帝は部屋を後にした。
側近はしばらく動けずに立ち尽くし、深いため息を漏らした。
村の壊滅の策略は彼にとってただの舞台装置に過ぎず、大聖者レイこそが最大の鍵であり、
その存在が帝国の運命を左右するものだと、否応なく理解せざるを得なかったのだった。
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