第299話 第十章(帝国からの手紙)
十章開幕です。
エヴァルニア四大神教会の客間。窓から差し込む午後の光が、静かな室内を淡く照らしていた。
帝国の魔物侵攻を退けた直後、レイはようやく母サティと再会を果たした。
今、二人はこれまでの出来事を語り合い、失われた時間を少しずつ埋めていた。
同じ部屋の奥には、戦いで疲れたフィオナやセリア、リリー、サラが椅子やソファで休んでいた。
みんな、母と子の会話を邪魔しないよう静かにしている。
「……私は今、イシリア王国の宮廷魔導士よ。そしてザリア自治領の義勇軍にも入っているわ。
あなたのお父さんもそこにいるの」
レイは言葉を失った。父の消息を聞くのは初めてだ。
「父さんが……義勇軍に?」
「ええ。ここに来たのも偶然じゃないのよ」サティはわずかに微笑んだ。
「ザリア自治領に入っていくレイの馬車を見つけたの。
それで町の人に聞いたら、冒険者ギルドに馬車が停まっているって分かって……。
ギルドに行ったら、あなた名義の魔法使い募集が受注されたところだったの。
何としても会いたくて、その場で引き受けたのよ。
だから私は今、冒険者でもあり、義勇軍の一員でもあるわ」
「そうなんですね……お父さんにも会ってみたいです」
サティは視線を落とした。
「レイも一緒に来てくれれば、セドリックもきっと喜ぶわ。
でも――私も義勇軍に戻らないといけない。ここに長くはいられないの」
その時、教会の奥でざわめきが起きた。スカイバードが到着したらしい。声を拾うと、帝国教会から
アルディア経由で大聖者宛の封書が届いたと聞こえてくる。
やがて助祭が、帝国の封蝋が押された手紙を持って客間に入ってきた。
「アルディア経由です。差出人は帝国教会です」
フィオナたちも騒ぎを聞きつけ、ソファから立ち上がってレイのそばに集まってきた。
封を切ると、整った筆跡でこう記されていた。
――帝国南部の村が強い地震で壊滅。原因は大聖者の魔法によるものと推測されている。
――この件について大聖者本人との交渉を希望する。
レイは読み終え、机に置いた。
「……帝国が俺と交渉したいそうです」
「えっ? なんで」セリアが眉をひそめる。
「帝国南部の村が壊滅し、その原因を俺の魔法による地震だと考えているらしいです。
真偽は分からないが、現地確認と交渉を求めてきました。
場所はエヴァルニア国境近くで、帝国支部の司教が案内役を務めるそうです」
室内に沈黙が落ちた。
「まさか行くつもりじゃないでしょうね?」サティの声が鋭くなる。
「母さん、俺は大聖者だ。この件は放置できないよ」
「でも帝国よ……」
「分かってます。それでも、オレが行かなきゃ誰が行くんですか」
セリアが口を挟む。
「帝国は魔物をけしかけて、あなたを殺そうとした国よ。罠かもしれない」
「それでもです。本当にオレのせいなら、弁明も必要だし、誤解を解くためにも行かなきゃならない」
フィオナも顔を曇らせた。
「もし捕らえられたらどうする? 帝国領で逃げ道はないぞ」
「だから護衛を連れて行きます。みんなが安心できるように」
「ならば私たち四人は確定でいいのだな?」フィオナが確認する。
「レイ、私も行くわ。ここであなたに何かあったら悔やんでも悔やみきれない」サティが告げる。
「母さん、義勇軍は?」
「こうなったら仕方ないわ。セドリックも分かってくれるはず」
「レイ君、もう一通手紙があるけど?」
「これは、セバスさんからですね」
レイは封を切り、中の文面に目を走らせた。
「大聖者様が現地へ赴くのであれば、まず帝国支部の司教と合流してください。彼らは現地案内を名目に
同行しますが、帝国政府の監視役でもあります。会話や行動は記録される前提で動くべきです」
セリアが小声で「監視役、ってことね」とつぶやく。
レイは続けた。
「謝罪の是非は現場を見てからで構いませんが、“帝国民の安全を願い、被災者を助けに来た”という姿勢を
崩さないようにしてください」
「つまり、同情と信用を得る立ち回りをしろということか」とフィオナ。
レイは最後の一文を読み上げた。
「あと、第三者を立ち会わせてください。完全な中立でなくても構いません。
小国の教会でもいい――両国が無視できない相手なら、それで十分です」
リリーは息を吐き、考えを口にした。
「なるほど……完全に中立とは言えなくても、第三者として教会が介入すれば、双方の緊張を和らげる効果は
期待できそうね。交渉が無意味な争いに終わらないようにするためには、そうした監視の目が必要だわ」
リリーは、小さくため息をついた。
「もう…次から次へ…なんだか、ただただ疲れたわね」
静かな室内にぽつんと漏れたその言葉に、皆も思わず息を吐いた。
「でも、これが終わらない限り、休めないよな……」
レイがぽつりと言うと、誰もが重い覚悟を改めて胸に刻んだ。
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