第30話(説教も計画のうち!)
ポイズンフロッグを生け捕りにしたレイは、すぐにギルドの解体場へ向かった。
入口に差しかかると、中でナイフを研いでいたバランの姿が見えた。
「バランさん。ポイズンフロッグ捕まえてきました。解体、お願いできますか?」
バランはナイフを置き、こちらへ歩いてくる。
「お、どれ。ちょっと見せてみろ」
袋の中を覗き込んだバランは、カエルの様子を確認してうなずいた。
「傷もないな。状態は良好だ。――よし、これを渡しておく」
そう言って、番号の刻まれた木札を手渡してくる。
「預かり証だ。これから査定もやるから、換金受付で待ってろ。終わったら番号で呼ぶから」
そう言い残し、バランは再び解体場の中へ消えていった。
(ポイズンフロッグの解体って、本で読んだ限りだと結構面倒なんだよな。解体料って、いくらくらいなんだろう)
気になったレイは、詳細を確認するために受付へ戻った。
「おかえり、レイ君。ポイズンフロッグ、無事だったのね!」
「はい、なんとか。バランさんに預けてきました。それで……解体料って、どのくらいかかるんですか?」
「一匹につき三万ゴルドよ。毒腺の質にもよるけど、買い取り額はだいたい十万ゴルドくらいね」
「十万……けっこう高いんですね」
「ポイズンフロッグはDランク。あれ、毒持ちだから。麻痺や吐き気、嘔吐、それに呼吸困難まで引き起こすのよ。だから扱いは本当に慎重にね!」
「そんな毒なのに……需要があるんですか?」
「あるわよ。毒腺は高品質な解毒剤の材料になるから、常に依頼が来てるの」
(あっさり捕まえてきちゃったけど、こうやって話を聞くと、オレ……わりとすごいことやってたのか)
すると、アルの声が頭に響いた。
(レイの場合、ポイズンフロッグの毒に侵されても、二分あれば解毒できます)
(……なんかそれ、反則してるみたいでちょっと複雑だな)
(でしたら、解毒剤をたくさん作れるようレイが頑張るしかないですね。レイは解毒剤の材料入手でウハウハになり、他の冒険者は解毒剤が常に手元にあるので助かる確率が上がる。冒険者ギルドも冒険者の事故率が減ってWin-Win -Winの関係になりますよ)
(Win-Win -Winの関係?)
レイは疑問符が浮かぶような顔になった。
しばらくして、バランが解体場から戻ってきた。手には、透明な瓶に入った毒腺。
「ほら、これが毒腺だ。無事に取り出せたぞ。量も十分だったから、十万で買い取る。あ、解体料三万は引いておくけどな」
そう言って、瓶と一緒に銀貨七枚を差し出してきた。
「こんなに高く買い取ってくれるなら、Dランクになったら毎日でも取りに行きますよ」
レイがそう言うと、バランは即座に顔をしかめた。
「……やめとけ」
「え?」
「今日はたまたま毒をもらわずに済んだだけだ。毒消しポーションが必要になったら、それだけで儲けが吹っ飛ぶ。しかも、毎日持ってこられたら、今度は市場が崩れる。困るのは俺たちなんだよ」
「なるほど。……それもそうですね」
納得しつつも、レイは心の中で思う。
(毒持ちの魔物って、上手くやれば意外と金策になるんじゃないか……?)
「まあ、毎日納品は無理でも、機会があればまた行ってみます。ありがとうございました、バランさん、セリアさん。これでランクアップ試験、無事クリアできそうです」
「おう、そうだったな。ギルドマスターの悔しそうな顔でも見に行くのか?」
バランがニヤついた。
「私も見届けに行こうかしら」
セリアも楽しげだ。
周囲の職員たちも、なぜか親指を立てて応援してくる。
……ギルドマスターって、もしかして嫌われてる?
レイが不思議そうにしていると、バランがフォローを入れた。
「いや、みんなマスターを慕ってるんだよ。なんだかんだで、あれでも冒険者思いなんだ。ガハハ」
「なるほど。じゃあ意趣返し、してきます」
レイはそう言って、依頼完了の通知書を手に、ギルドマスター室へと向かった。
コンコンコン。
レイがギルドマスター室の扉をノックすると、中から低く短い声が返ってきた。
「入れ」
扉を開けると、ギルドマスターは机に腰かけ、厚い報告書に目を通していた。
その視線は書類から外れないまま、レイの存在をただ気配で察しているようだった。
レイは一歩進み、机の上に依頼完了通知を音を立てて置いた。
「どうだ!」と言わんばかりの仕草だった。
「ポイズンフロッグの毒腺採取、完了しました」
ようやく視線を上げたギルドマスターが、少し眉を上げて小さくうなる。
「ほう……」
レイはすかさず言葉を続けた。
「これで、ランクアップは認めてもらえるんでしょうか?」
ギルドマスターは書類を閉じ、指先でトントンとそれを机に叩きながら呟いた。
「……そうだな」
そして、鋭い視線をまっすぐレイに向ける。
「どうやってこの依頼を成功させた?」
来たな、とレイは内心でにやりとした。
ここが正念場だ。ちゃんと見られている。
「まず資料室でポイズンフロッグの生態を調べました。セリアさんにも相談して、毒腺の位置や採取の注意点を教えてもらいました。それから、バランさんに解体用の道具を借りて――現地で慎重に採取を行いました」
言い終えると同時に、レイは自然と背筋を伸ばしていた。
自信と緊張が入り混じる一瞬の静寂。
すると、ギルドマスターは急に椅子をぎしりと鳴らし、話し始めた。
「いいか、仕事を始める前には適切な準備をすること。これが、最大限の成果を得るために最も重要なんだ!」
勢いよく手を振り上げながら、話し続ける。
「今回のポイズンフロッグの毒腺採取でもそうだ。事前準備ができていない奴は必ず失敗する。行き当たりばったりで挑んだら、ミスが続いて依頼は台無しだ!」
(なぁ…アル。ギルドマスター、何かのスイッチ入っちゃった?)
(そうみたいですね。この間より熱がこもってます)
レイが唖然としているのも気づかず、ギルドマスターはさらに熱く語る。
「準備不足じゃ、予想外の事態に対応できない!そして、準備を徹底した者だけが、高い評価を得られるんだ!」
(長くなりそうだ……)
「いいか? 冒険者の仕事ってのはな、優先順位を見極めることで、効率的に動けるようになる。必要な道具を事前に揃えておけば、現場であたふたせずに済む。無駄な時間も減らせる!」
さらに身を乗り出し、指を立てて強調する。
「それに、依頼の期限を確認し、準備時間も含めて逆算して動け! それだけでトラブルの大半は防げる!」
うわ、ギルドマスターの話はまだ終わりそうにない。
レイは小さくため息をつきながらも、目をそらさずに聞き続けた。
「だから、事前に仕事の流れをイメージするんだ。そうすれば計画通りに進めやすくなる。そして、そのイメージの中で分からない点があれば、積極的に質問しろ。それがミスを防ぐコツだ!さらに、仕事に集中できる環境を自分で整えろ。それで効率は格段に上がる」
ギルドマスターは語りきったとばかりに深く息を吐き、満足そうに顔をほころばせた。
「その気持ちを持って冒険者を続けていけば、実績はおのずとついてくるもんだ!」
そして、声を張り上げて付け加えた。
「以上だ!頑張れよ、Dランク冒険者のレイ!」
最後の言葉だけで良いのにと思うレイだった。
アルも口を開いた。
(レイ、Dランク昇格の試験は、この説教も計画のうちに入ってたんでしょうね。依頼が失敗しようが成功しようが、この言葉はどちらに転んでも使えますから)
レイは心の中で思わず呟いた。
「説教の計画とか、勘弁してくれ!」
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