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第297話(途切れた記憶、繋がる絆)

レイは上半身を起こし、周囲を見回しながら少しずつ状況を整理していた。

夜戦病院のような簡易テントの中で寝かされていたことに気づくと、隣のベッドに横たわるサティを見つけた。

彼女もまた魔力枯渇によって倒れていたようだ。


セリアやフィオナが近くで寝ているのを確認し、レイは少し安心したが、魔物のその後や他の状況が気にかかる。


その時、サティが目を覚まし、ゆっくりと目を開けた。


「無事だったんですね」

レイはすぐに声をかけた。


サティはぼんやりとした目でレイを見つめ、しばらくしてから小さな声で答えた。


「…ええ、あなたも…」


しかし、その後すぐに言葉が詰まる。

サティは疲れ切った様子で、何かを言おうとするが思うように話せない。


レイはサティの苦しむ表情に気づき、心配そうに顔を寄せた。


「あの、大丈夫ですか?何か、言いたいことがあれば…」


サティは少し息をつき、なんとか言葉を絞り出そうとしたが、うまくいかなかった。

震える声で、しかし必死に話そうとする。


「……レイ、あなたは……リンド村という場所を……知っていますか?」


その問いに、レイは驚きながらも静かに答えた。


「はい、幼い頃、そこにいました」


サティの肩が震え、抑えきれずに号泣し始めた。


レイはその様子を見つめ、心の中で覚悟を決める。


そして、静かに尋ねた。


「もしかして……サティさんって、オレの母親ですか?」


サティはレイの問いかけに一瞬驚いたように目を見開いた。

だが、すぐには答えず、顔を伏せて震える肩が静かに動いているのが見えた。


やがて、彼女はかすれた声で話し始めた。


「ええ…そうよ…私は…あなたの母親…」


言葉を紡ぐたびに、声は震え、涙が頬を伝う。

サティは息をつく間もなく、堰を切ったように続けた。


「でも…レイ…私は母親としての資格なんてないの…!

 あなたを守りたかったのに、結果として…傷つけてしまったのよ!」


レイは思わず息を呑んだ。

サティの言葉の奥に、計り知れないほどの苦悩が滲んでいるのを感じ取った。


「あなたが小さかった頃、戦争が激化して…私はあなたを遠くの村に疎開させるしかなかった。

 セリンの東部の開拓村、リンド村よ。安全な場所だと思った。でも…でも…」


ここでサティは声を詰まらせ、両手で顔を覆った。


「魔物が…魔物が村を襲ったって知らせが届いたの。私は急いで村へ向かったけど、もう…もう手遅れだった…。

 生存者はほとんどいなくて、あなたの名前は犠牲者の名簿に載っていて…」


肩を震わせながら泣き崩れるサティ。

その姿は、今まで心に秘めてきた罪悪感と後悔を一気に吐き出しているようだった。


「名簿には、あなたの名前が無情にも線が引かれていて…。

 それを見たとき、私の中で何かが崩れ落ちたの。私が、あなたをこんな目に遭わせたんだって…!」


レイは彼女の言葉に胸が締め付けられるような思いだった。

母親の涙を目の前にして、ただ黙って聞き入ることしかできなかった。


「あなたのことを…ずっと忘れたことなんてない。

 何度も、もっと別の選択肢があったはずだって…自分を責めてきた。

 でも、そんな私が…今さら母親だなんて…」


サティは言葉を絞り出しながら、何度も涙を拭ったが、その涙は止まることがなかった。


レイは、ただ静かに彼女の手を握り締めた。

その手の震えが、自分以上に傷ついてきた彼女の心情を物語っているようだった。


「…サティさん」


「……。」


「いや、母さん」


その一言に、サティは顔を上げた。

涙で濡れた瞳が、驚きと戸惑いで揺れている。


「母さんがどう思ってたとしても、オレは…母さんを責めるつもりなんてない。

 オレがここにこうして居られるのは、母さんが生き延びるために選んでくれたからでしょう?」


レイの言葉に、サティは泣きながら首を振る。


「それでも…!それでも私は…!」


レイはぎゅっと彼女の手を握りしめた。


「いいんだ。オレずっと捨てられたのかと思ってたんだ、でも違った。

 母さんがオレのためを思ってリンド村に送ったことがわかったから…」


レイはさらに記憶をたどるうち、幼い頃のある光景が鮮明によみがえってきた。


──木漏れ日が差し込む狭い家の一室。そこには、ベッドの上ですすり泣く女の人の姿があった。

幼いレイはただぼんやりとその姿を見つめていた。


「…あれは…」


レイの心の中に、確信めいたものが広がっていく。


「母さん…だったんだな。あの時、母さんはオレを疎開させなくちゃならなくて…泣いてたんだ」


彼の言葉に、サティは息を呑んだ。


「レイ…覚えているの…?」


レイは小さく頷きながら、口を開く。


「はっきりとは覚えてなかった。

 でも今、母さんの話を聞いてたら…あの時の光景が思い出されたんだ。

 荷物をまとめて、小さな袋をオレに渡して…」


「その後、母さんがベッドに伏せて泣いてる姿を見た。

 理由はわからなかったけど、すごく悲しそうだったのだけは覚えてる」


サティは一瞬言葉を失い、震える声で答えた。


「そう…あの時、私は…あなたを戦場から離さなくちゃいけないってわかってた。

 でも、どうしても手放したくなかった。あなたを守るためだと自分に言い聞かせながら、

 それでも心が引き裂かれる思いだった…」


サティの言葉が途切れるたび、レイの胸にも深い痛みが走るようだった。


「でも…オレを守るためにそうしたんでしょう?」


レイのその言葉に、サティは目を潤ませながら頷いた。


「ええ…そう。

 でも、その選択が…あなたを失う結果になったと思い込んでいたの。

 私にはもうあなたに会う資格なんてないって…」


サティは泣き崩れそうになりながらも、懸命に話し続けた。


「でも…今こうしてあなたがここにいて、私に声をかけてくれる。

 これ以上の奇跡なんてないわ」


レイは静かにサティの手を握った。

その温もりが、幼い頃の記憶の中のそれと重なっていく。


「母さん…オレは今ここにいる。それが全てだよ」


サティはその言葉に再び涙を流したが、そこには悲しみだけではなく、救われたような安堵がにじんでいた。



***


セリアとフィオナは、テントの隅で親子の会話を見守りながら互いに目を合わせ、ほっとしたように微笑んだ。


「…ちゃんと話せてるみたいね」

セリアがそっと呟いた。


フィオナは頷きながら腕を組む。


「ああ。やっとだな。レイも気づいてから迷ってた感じだった」


セリアは少し考え込むような表情を浮かべる。


「レイが『母親かもしれない』って言ってた時は、どうなるんだろうって心配だったけど…

 今は二人ともちゃんと向き合えてるみたい。良かった」


「まあ、切り出すタイミングは難しいな」

フィオナは肩をすくめて続けた。


「それに、これだけ長い間離れてたんだ。お互いどう話せばいいか分からなくても無理はない」


「でも、こうして二人で話せるようになっただけでも大きな進展だよね」

セリアの声には安心感がにじんでいた。


「だな。お互い強いし、支え合えるだろう」


テントの中で小さな温かい灯火のように、親子の絆が少しずつ育まれていく様子を感じながら、

二人はそっとその場を後にした。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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