第295話(魔法の余波と、帝国の誤算)
レイが放った最大の土魔法は、彼の立っていた場所を中心に周囲へと広がった。
ほとんどの魔物を飲み込み尽くし、激しい揺れと轟音は徐々に弱まり、やがて完全に止んだ。
辺りには土壁が崩れる音、遠くから漏れ聞こえる魔物の呻き声、わずかな人の声だけが響いていた。
大地は荒れ果て、レイの強大な魔力の痕跡が戦場全体を覆っている。
レイはすでに限界を超えていた。
体に残る魔力は枯れ果て、足元の土がまるで彼を飲み込むかのように揺らぎ始めていた。
意識はぼやけ、力を入れることすらできないまま、徐々に地面に沈み込む。
土の冷たさが体を包み込むのを感じながらも、もはや自力で抜け出すことはできなかった。
その時、アルが反応した。
レイの危機を察知し、彼の体にアクセスする。
「レイ、しっかりしてください」
アルは土中のわずかな水分から酸素を抽出し、レイの肺へ送り込んだ。
レイは微かに呼吸を取り戻し、意識の奥でかすかな空気を感じた。
しかし酸素を取り込んでも体力は回復せず、彼はまだ土の中に沈み続ける。
(アルの声が響く)
「レイ、テラ・クエイクは成功したようですが、その余波でレイの体が土中に沈み込んでいます。
酸素は供給していますが、ここを脱出しなければなりません。起き上がれますか?」
レイはぼんやりした意識の中で答えた。
「分かった。やってみる」
必死に意識を集中させて体を動かそうとする。
重い土が全身を圧迫し、鉛のように体は重く感じたが、アルが送り続ける酸素がかすかな活力を与えた。
(レイは自分に言い聞かせる)
「起き上がらなきゃ……」
腕を動かし、指先を土の中で少しずつ動かしていく。グニッ… グニッ…
徐々に感覚を取り戻し、土を掻き分けるたびに少しずつ上へと進んだ。
「いいですね、レイ。少しずつ表面に近づいています」
アルが励ます。
レイは何度も腕が止まりそうになるたび、アルの声を支えにして最後の力を振り絞った。
グリッ…グシャッ…
やがて、土の中で薄暗い光が見えた。
わずかな隙間から外の空気が流れ込んできたのを感じる。
「もう少し……!」
バシャァッ…
力を振り絞り、最後の一押しで地面から腕を突き出した。
続いて上半身も土から抜け出し、ようやく顔を外気にさらした。
肺に外の空気が入ると、レイは大きく息をつき、生還を果たした。
「ふぅ、ありがとう、アル……」
呟きながら息を整え、目の前に広がる光景に絶句した。
かつて国境付近の平野だった場所は、まるで異世界のように変わっていた。
巨大な魔法の余波で地形が大きく変わり、ぬかるんだ湿地帯が広がっている。
泥と土が混じり合った場所には深い水たまりが点在し、沈み込んだ地面はまるで底なし沼のように見えた。
平原の面影はなく、足を踏み入れれば簡単に足を取られそうな地形が続いている。
「…本当にここが国境だったのか?」
レイは呆然とつぶやき、周囲を見渡した。
視線の先には、かつて防御塔があった場所が見える。
今は壁がほとんど崩れ落ち、残骸のような台形の地だけがぽつんと残っていた。
胸壁の形すら分からないほど変わり果て、倒れ込んだ魔物の姿や破壊された土壁の残骸が散らばっている。
「みんな……大丈夫だろうか?」
我に返り、仲間たちのことを心配した。
レイはぬかるんだ湿地帯に足を踏み入れた。
ずぶずぶと足元が沈み込み、苦しみながらも一歩ずつ進んでいく。
ぐぐっ……!
かつての平原は水と泥が混じった底なしの湿地帯となり、足を取られるたび冷たい泥がブーツの隙間に入り込む。
ぐっ……ぐにゅっ……!
不快感は気になるが、とにかく今は一刻も早く仲間の安否が気になり
防御塔のあった方向へ目を向け、懸命に足を進め続けた。
「みんな……大丈夫か?」
自分に言い聞かせるように呟き、泥に沈み込みながら歩みを急いだ。
そこには仲間たちと母親かもしれない人物がいるはずだった。
振り返る余裕はなく、ただ前に進む。
ぐぐっ……!
時折、足を抜くのに力が必要で、そのたび足元が深く沈み、泥が吸い込むように襲いかかる。
ようやく防御塔の残骸が見える場所にたどり着くと、崩れた壁の向こうに人影が見えた。
胸の鼓動が高鳴る中、レイは最後の力を振り絞り、湿地を抜けて仲間のもとへ歩み寄った。
***
一方、帝国のバガン少将、ドレイガス大佐、そしてクレイン少佐は、目の前の光景に言葉を失っていた。
エヴァルニアに送り込んだ魔物の部隊が地震と土の波に飲み込まれ、跡形もなく消え去ったからだ。
侵攻の大義名分を得るはずだった作戦が失敗し、侵攻計画は事実上、瓦解した。
しかも、二度にわたる戦略級魔法が使われたことは、戦場を指揮する者なら、
もはや戦いは終わったと思うのが当然だった。
「これでは…」とドレイガスが苦々しい表情で呟いた。
ここで無理にエヴァルニア側に攻め込めば、いかに帝国軍が健在であっても、
正当な大義がない侵略と見なされる恐れがあった。
それに今回、エヴァルニアに少なくとも二人の戦略級魔法師がいることが分かった。
このまま策もなく攻め込めば、必ず大敗するだろう。
しばしの沈黙の後、バガン少将は低く、決意をにじませた声で部下たちに指示を出した。
「兵には、一番近くの村まで撤退の準備をせよ。だが…」
バガン少将は一呼吸置いてから、意味深な微笑を浮かべながら続けた。
「ただでは引き下がらん。帝国の威光を損ねるわけにはいかないからな」
その言葉に部下たちは顔を見合わせ、不安と期待が入り混じった表情を浮かべる。
少将の背後には、不敵なまでの策を練っている気配が漂っていた。
彼の目はどこか遠く、次なる手をすでに見据えているかのようだった。
戦場にわずかに残った夜風が彼のマントを揺らし、静かに場を包む。
少将の脳裏には、エヴァルニアに対する次なる一手がはっきりと浮かびつつあるようだった。
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