第294話(裂ける大地)
レイは防御塔の胸壁から顔を覗かせながら次の手を考えた。
このままだとここは魔物に取り囲まれて逃げ場がなくなり、蹂躙されるのも時間の問題に思えた。
(アル、何か手はないか?この間みたいなフィオナさんと合体魔法とか。このままじゃみんなが危ない!)
レイは心の中でアルに呼びかけた。すると、アルは冷静な声で応じた。
(レイ、前回は魔物が北門を目指していたからゲイルブレイドの横薙ぎでも持ちこたえられましたが、今は違います。狙われているのは、あなたたち自身です。合体魔法は強力ですが、今の戦況ではリスクが高い。もっと確実な方法を講じる必要があります)
レイは周囲を見渡した。塔の下では、魔物の群れが迫ってくる。
「じゃ、どうすればいい?」
(地面を見てください。これまであなたが作った土槍や土壁が、微かに光っています。見えますか?)
「光ってる……? これ、なんだ?」
(あなたの魔力です。土に染み込んで、まだ残っています。今なら――大地そのものを使えるかもしれません)
「でも、テラ・クエイクは何度も失敗した!」
(今回は条件が違います。長時間かけて魔力が大地に浸透しています。あの本にあった『己の力を大地に与えよ』という記述……あれはこのことを指していたのでは?)
レイは一瞬ためらったが、戦況は一刻を争う。
塔は崩壊寸前で、魔物たちが迫っていた。
「くそっ、やらなかったら死ぬだけだ!それ以上は無いんだろ!だったらやってやる!」
そう言い放ったレイは、防御塔から飛び降りようとした――
「レイ!なにを考えてる!?」
フィオナが魔物に矢を放ちながら、必死に叫んだ。その声には恐怖が滲んでいた。
「馬鹿な真似はやめて!」
セリアは息を切らせながら駆け寄り、手を伸ばそうとする。
「レイ一人でどうにかなるわけないでしょ!?」
「無茶すぎるニャ!戻って来るニャ!」
サラも肩で息をしながら叫んだ。その声には焦りと絶望が混じっていた。
「レイ。無茶よ、やめて!」
リリーが必死に声を振り絞り、手を止めて懸命に引き止めようとする。
だが、レイは仲間たちの叫びを背にして、一瞬の躊躇もなく塔から飛び降りた。
「レイッ!!」
フィオナの声が耳に刺さるようだった。仲間たちはその姿を見失いそうになり、動揺が広がった。
レイは戦場に立つと、目の前に広がる無数の魔物たちを見据え、深く息を吸い込んだ。
その瞬間、彼の表情が鋭く変わり、まるで獲物を狩る獣のような目つきになった。
剣を構えたその姿は堂々として、敵の圧倒的な数にも怯むことがなかった。
(アル、一番魔法効率が良さそうなところを教えてくれ!)
(では、このまま魔物が来た山の方に向かってください)
山側から「ブモオォォォォッ!」という低く唸る咆哮が響き、地面が震える。
最初の一撃は、力強く迫ってきたオークに向けられた。
レイの剣が一閃し、分厚い胸板ごと真っ二つに裂いた。
瞬時に反応するのは彼の身体の中にいるナノボットたち。
彼らがレイの筋肉を補強し、剣の振り下ろしに爆発的な力を与えていた。
オークがと呻き声を上げる間もなく、レイは次の敵へと狙いを移していた。
後方から襲いかかろうとするオークソルジャーの動きも、彼にはまるでスローモーションのように見えている。
ナノボットが彼の視覚と神経を補強しており、敵の動きが手に取るように分かる。
彼の剣がオークソルジャーの首元を一撃で斬り裂いた。
(ここはどうだ?)
(もう少し奥に向かったほうが良いですね)
泥を跳ね上げながら駆け抜けるレイの前に、数体のホブゴブリンが「ギャギャアッ!」と甲高い叫び声を
上げながら立ちはだかってきた。レイの体は俊敏かつ正確に動き、一撃ごとに魔物たちは地に伏していく。
ナノボットによる身体強化が、レイの反射速度や筋力を高め、圧倒的な力を発揮していた。
やがて、レイは倒れた魔物の背中を踏み台にして鋭く跳躍した。
ナノボットが瞬時に筋力を引き上げ、通常では不可能な高さまで彼の体は飛び上がる。
空中で身体をひねり、狙いを定めたホブゴブリンの頭上から急降下し、剣が振り下ろされると、ホブゴブリンは「グギャッ!」と短い悲鳴を上げて倒れた。
仲間たちは息を呑み、レイの動きに見惚れた。
彼の周囲には、まるで誰も近づけないような威圧感と圧倒的な存在感が漂っていた。
魔物たちは恐怖を感じたのか、一瞬怯むようなそぶりを見せたが、レイはその隙を見逃さず猛然と突き進んでいく。両腕を振り、剣の刃先が力強く輝きながら次々と魔物の肉を裂き、血しぶきを舞わせた。
(レイ、その先に少し開けた場所があります。今なら魔物との距離が取れると思います。テラ・クエイクを詠唱するなら今がチャンスです。逃すと、次はもうありません)
「……了解。賭けてみるか」
ナノボットが彼の呼吸を整え、疲労を抑え、戦いを支え続ける。
彼の動きは止まることも迷うこともなかった。
仲間たちは、ただ彼の背中を見つめるばかりだった。
そして、ついにレイは敵の群れを抜け、開けた場所に立った。
レイの剣は血に濡れ、息が荒れているものの、その眼光は鋭く、戦士の凄みを一層増していた。
レイは地面に手をつけると、心を込めて呪文を唱え始めた。
「土の精霊よ……我が声に応え……大地の力を目覚めさせよ……」
ゴゴゴゴゴ……!
足元の地面が低く唸り、石と土が震え始める。
周囲の空気が重く、圧し掛かるように変化していった。
「……大地を動かし……大河を裂き……」
(レイ、魔力の流れが均一ではありません。このままでは効果が半減します)
耳元で響くアルの冷静な声に、レイは短く念じた。
(アル、流れを均等にするのはオレじゃ無理だ、頼む!)
(了解。ナノボットで魔力の回路を補修します)
レイの魔力に共鳴するように、アルの無数のナノボットが地中へと走った。
魔力の網目を縫い合わせるように補強し、暴れる流れを均一に整えていく。
ゴウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!
大地の奥深くで、何か巨大な力が唸り声を上げた。
「……すべてを揺るがす力を……解き放て!」
補正が完了すると、アルが短く告げる。
「魔力ネットワーク安定。今です、レイ!」
レイは全身の力を込め、空気を裂くように叫んだ――
「テラァァァ クエェェイクッ!!!」
ズンッ――
ドゴゴゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン!!!
その瞬間、戦場全体が跳ね上がるような衝撃が走り、轟音と共に地面が裂けた。
アルの調整によって、震動の効果は狙い澄ましたものになっていた。
地割れにより崩れた大地は魔物たちの進軍ルートを封じ、オークソルジャーたちは隊列を乱し、ゴブリンやコボルトは隠れていた穴ごと崩落に飲み込まれた。
揺れに足を取られ、次々と倒れ込む魔物たち。
その惨状を目の当たりにしながら、レイは己の魔法が完全な形で炸裂した手応えを確信する。
だが、魔法は魔物だけに降りかかる訳ではなく、
その魔法範囲に入っていた防御塔の胸壁も大きく揺れ始め、壁材の石や土が次々と崩れ落ちていく。
「うわぁぁっ!」
冒険者の一人が驚きの声を上げた。
敵対する魔物たちはこの揺れに耐えられず、次々と足を取られて倒れ込み、その場で転倒した。
振動がどんどん強まると、周囲に作られた土壁や土槍も影響を受け始め、あちこちでひび割れが生じ、崩れ落ちる。
土の破片がまるで弾けるように飛び散り、濁流のように周囲を埋め尽くした。
仲間たちもその揺れに耐えきれず、防御塔の内部では床に這いつくばり、胸壁にしがみついて震動をやり過ごそうと必死だった。
「大丈夫、レイのお母さんは私が守るニャ!」
横になっているサティを庇いながら、サラは必死に前を見据え力強く言ったが、その声はわずかに震えていた。
地割れと液状化した地面が、魔物たちの足元を次々に飲み込んでいく。
オークやゴブリン、コボルトたちは逃れようともがくが、その足はまるで底なし沼にはまったように深く沈んでいった。
暴れれば暴れるほどさらに深く沈んでいくその光景は、仲間たちが目を背けたくなるほどの絶望的な情景だった。
「う、うそ…!何が起きてるの!?」
リリーが震える声を上げた。
周囲は混乱に包まれ、誰もが驚きと恐怖で声を失った。
石や土の破片が散乱し、レイの作り出した魔法の力により、次々と魔物たちが戦闘不能にされていく。
塔の上から必死に踏ん張りながらその様子を見守っていたフィオナも目を見張り、驚嘆の声を漏らした。
「す、すごい…!」
大地全体を揺るがすテラ・クエイクによって、魔物たちは次々と液状化した泥に沈み、その姿を消していく。
かつて失敗しかしてこなかったこの大地を操る魔法が、今まさに最大の効果を発揮し、レイの目指していた通りの一撃となって、敵に圧倒的な一撃を見舞っていた。
***
その混乱の中、敵将のマルコム中佐は魔物を操り、攻撃を仕掛けていた。
しかし、地面が揺れ、周囲の魔物たちが次々と地割れと液状化した土に飲み込まれていくのを目の当たりにし、彼の表情は驚愕に変わった。
「なんだ、これは!?」
彼は急いで後退し、揺れに耐えきれず足を取られて転倒しそうになった。
かつての自信に満ちた表情は消え、今や恐怖に満ちた目をしていた。
「撤退!!撤退!!」
マルコム中佐は絶叫したが、その声は激しい揺れに掻き消され、混乱する魔物たちに届くことはなかった。
地面は液状化し、足元がぐずぐずと崩れ始める。
彼は必死に後退しようとしたが、突然背後から冷たい感触が走った。
「うっ…!」
振り向くと、液状化した泥の中から伸びた魔物の手が、彼の足首をしっかりと掴んでいた。
魔物は恐怖に駆られ、狂乱しながらも本能的に何かを掴もうとしていたのだ。
その重さと泥の抵抗で、マルコム中佐の足は引きずり込まれ、動きが鈍った。
「ええい、放せ、放せ、この魔物っ!!」
マルコム中佐は必死に振り払おうとするが、周囲の魔物たちが同じようにもがき、彼にしがみつく。
もはや魔物の手が、彼を救うどころか、奈落へと引きずり込む鎖となっていた。
「このままでは…!」
彼の声は恐怖に染まり、もがけばもがくほど魔物たちがさらに彼の体に巻きついてくる。
泥の中に沈みかけた魔物たちが次々と足を掴み、マルコム中佐の体はどんどん泥に引きずり込まれていった。
「く、くそ…!」
彼は泥と魔物の手から逃れようと必死に地面を掻いたが、それを見ているものはいなかった。
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