第291話(母の戦い)
国境沿いの扇状地が一瞬で魔物で埋め尽くされ、土の壁を壊しながら進んでくる。
サティはその光景を見て呆然とした。
まさかこれほどの数の魔物が押し寄せてくるとは思ってもいなかった。
こんな大群が自分たちに向かってくるなんて、まるで悪夢のようだ。
その中で、最愛の息子であるレイを、彼を守らなければならないという思いが胸を締め付けた。
サティは目の前に迫る脅威を前に、かつて戦争で使用した魔法を思い出した。
それは広範囲を焼き尽くす強力な魔法、「インフェルノフレア」だ。
だが、その魔法にはトラウマが伴っていた。
あまりにも強力すぎて制御が難しく、過去に使った際には心の中に深い傷を残した。
しかし、今は違う。
目の前の敵から守るべきものがある。
それが、今の自分を支えていた。
サティはその思いを胸に秘め、深く息を吸い込みながら手のひらに魔力を集中させた。
周囲の空気が重く、熱を帯びていくのを感じる。
彼女の目は一点に集中し、魔力が手のひらから放たれ、空気が震え始めた。
炎を宿す精霊が、その力を目覚めさせる瞬間を待っている。
「炎の精霊よ、我が声に応え、灼熱の力を目覚めさせよ……」
そう呟くと、サティは右手をゆっくりと前方に差し出した。
手のひらからは太陽のように輝く魔力が放たれ、空気がひび割れるような熱を帯びていく。
体全体から放たれる熱が周囲の温度を急激に上昇させ、空気を激しくかき乱した。
「天を焦がし、大地を焼き尽くし、すべてを炎に包む力を解き放て……」
呪文を続けながら、サティの腕はさらに高く強く伸び上がる。
手のひらに集められた魔力は強烈な光を放ち、全身が炎そのもののように輝き出した。
その圧倒的な熱が一層激しく周囲に広がっていく。
「インフェルノォォォ フレアァァァアア!」
その声が響き渡ると、サティは一気にその力を解放した。
――ゴオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ――
右手を空に向かって振り下ろすと、大地が震え、空が赤く染まる。
炎の柱が無数に立ち昇り、地面から噴き出して魔物たちを焼き尽くすために広がり始めた。
膨れ上がる炎の柱は空に向かって高く立ち昇り、
高さ30メルにも及ぶ炎の壁が扇状地全体を覆う。
その熱は大気すらも焦がしていた。
魔物たちは次々に炎に包まれ、進行を止めることなく飲み込まれていった。
その光景を見ながら、サティは一瞬だけ息を呑んだ。
自分が放った魔法があまりにも強力で、かつての記憶がよみがえりそうになる。
しかし、心の中で強く誓った。
レイを守るためには、これほどの力が必要だと。
「もう二度と、失いたくない……」
そう心の中で呟き、サティは魔法を放ち続けた。
魔物たちが完全に収まる範囲まで、魔法を広げていった。
インフェルノフレアの熱気がようやく収まってきた頃、防御塔の上では冒険者たちがその驚異的な威力に
声もなく見守っているのが分かった。
だが、サティはその魔法を放った後、すでに魔力がほとんど尽きかけていた。
顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。
心の中ではまだ十分にレイを守れるのかと不安が募る一方で、体はもう限界を迎えていた。
「大丈夫ですか?サティさん」
セリアの声が、サティの耳に届く。
ふと顔を上げると、セリアが駆け寄ってきていた。
その表情には優しさがにじんでいるが、サティは何も答えられず、無力感に押し潰されそうだった。
声を出すのもやっとで、体が重く感じられる。
魔力欠乏症の兆候がはっきりと現れ、痛みを感じながらも、どうにか立ち続けようとするがそれも難しかった。
セリアは慌ててポーチから魔力ポーションを取り出し、サティに渡した。
「ありがとう……」
力なく言葉を絞り出し、サティはポーションを飲み干した。
しばらくして、少し息がつけたものの、疲労感は消えなかった。
胸の奥の不安がますます強くなっていく。
「でも、まだ完全に回復するには時間がかかりそうね……」
サティは苦笑いを浮かべ、そう言うのがやっとだった。
セリアは心配そうにサティを見つめて、優しく言った。
「無理しないでください、サティさん。今は休んで回復を優先してください」
その言葉に少し安心しかけたが、サティの視線は自然とレイの方に向いた。
彼が無事かどうかが、どうしても気になって仕方がなかった。
「でも……心配で……彼、大丈夫かしら……?」
サティが問いかけると、
セリアは少し戸惑いながらも、優しく答えた。
「レイなら大丈夫です。あんなに強いんですから、きっと問題ありません」
セリアの言葉に少し安心したが、心の中の不安は消えず、サティの目は再びレイに向けられていた。
これが大聖者の勤めなのかと、サティはレイが無事であることを祈るように見つめた。
その後、意識が薄れ、目を覚ましたときには防壁の片隅で休まされていた。
インフェルノフレアによって魔力を大きく消耗し、気を失うように眠っていたのだろう。
(レイは?)
私は周囲を見回し、レイの姿を探したが見当たらなかった。
近くにいたセリアに尋ねると、レイは単身で魔物を食い止めようと、
ここから出て行ったことを聞かされた。
私はすぐに起き上がり、騒がしい方角へ目を向けた。
レイのいた場所はすぐに分かった。
あのスレイプニルに跨っているのは、レイだった。
(まだ少しなら魔法が使える)
そう思い、防壁を飛び降り、レイが戦う場所へ向かった。
前にいる魔物たちは、私がフレイムヴォルテックスで一掃した。
この魔法は、ファイヤーボールほどの魔力量で、約三メルの範囲を焼ける便利な魔法だ。
着弾まで時間がかかるが、乱戦では役に立つ。
魔力が心許ないのが気がかりだ。
彼を守りながら戦えるのか、不安がよぎる。
その時、魔物が襲いかかってきた。
私は素早く前に出て魔法を放った。
「ファイヤランスッ!」
腕を振るうと、炎の槍が飛び、魔物をあっさりと倒した。
その時、レイが私を見て声をかける。
「まだ、戦えるんですか?」
彼から声をかけられたことに嬉しさを感じたが、周囲は敵だらけだ。
私は当たり障りのない返事を返した。
「小さい魔法なら、まだ平気よ…」
しかし、魔物たちがじわりと迫り、言葉を続ける余裕はなかった。
私たちはすぐに構え、襲いかかる敵に備えた。
「フレイムヴォルテックス!」
渦巻く炎の柱が巻き起こり、前方のホブゴブリン数体を包み込む。
「バチバチッ」と燃え盛る音が響き、魔物たちは次々と倒れていった。
レイはすぐにスレイプニル跨り、走り出す。
彼が馬を巧みに操りながら叫んだ。
「ライズッ!」
大地から鋭い土の槍が次々と伸び上がり、魔物を貫いていく。
私はその後ろを追い、両手で炎の刃を繰り出す。
魔力は疲弊していたが、炎は鋭く、襲いかかる魔物を焼き尽くす。
「来るぞ!」
数体のホブゴブリンがレイに飛びかかる。
スレイプニルが素早く方向を変え、蹴りを叩き込んで魔物たちを蹴散らした。
レイは隙をついて剣を振り、敵の首筋や脇腹を切り裂く。
私は大柄なオークナイトに狙いを定め、両手で大きく円を描くように炎の渦を放つ。
「フレイムヴォルテックス!」
炎がオークナイトを包み込み、激しく燃え上がった。
レイが声をかけてきた。
「よし、まだ行ける!」
私は疲労を感じていたが、動きを止めなかった。
レイと息を合わせ、次々と敵を倒していく。
だが、突然、誰かに命令されたかのように私の周囲に魔物が集まり始めた。
魔法で応戦しようとしたが、数が多すぎた。
巨大なオークソルジャーの棍棒が振り下ろされ、私は咄嗟に手で受け止めた。
衝撃が腕を襲い、大きな痛みが走る。
痛みに耐えながら魔法を放とうとしたが、魔物の動きが一瞬早かった。
コボルトが素早く足に噛みつき、私は地面に引き倒された。
すぐ後ろでオークソルジャーが棍棒を振り下ろそうとする。
その時、レイの声が聞こえた。
「ライズッ!」
土の壁が棍棒と私の間に生まれ、致命傷は避けられた。
しかし、魔力は完全に尽きていた。私は意識を手放し、その場に倒れ込んだ。
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