第287話(作戦の綻び)
最初の魔物の一撃が始まった。
防衛線に立つ冒険者たちと、突撃してきた魔物が激しく衝突する。だが、その瞬間だった。
魔物たちは、予想外の混乱に陥った。
突如として統制が取れなくなり、まるで意思の疎通を失ったかのように、各個で無秩序に動き回り始めた。
帝国は、本来ならこうなるはずではなかった。
彼らの計画は、魔物に一度エヴァルニアを襲わせたあと、魔物を自軍側に引き戻し、あたかも自分たちが魔物を迎え撃っているかのように見せかけるというものだった。
それによって、魔物を送り込んだのはエヴァルニア側だと外部に非難させる──そういう筋書きだった。
だが、魔物たちは帰ってこなかった。
「マルコム、どうなっておる!」
バガン少将の鋭い声が響いた。
マルコム中佐は眉をひそめ、混乱の様子を観察する。隣にいた白衣のドクター・サイモンに声をかけた。
「サイモン博士、魔物に何が起きている?」
ドクター・サイモンは冷静に魔物の動きを見定め、科学的視点から分析を始めた。
「何らかの外的要因が、魔物の神経回路か制御系統に干渉している可能性があります。
エヴァルニアの罠か、精神干渉系の魔法かもしれません。直ちに再調整が必要です」
マルコムは状況を見極め、決断した。
「悠長な時間はない。ドクター・サイモン、魔物の再調整は諦めろ。今すぐ指示を変えて、次の部隊を投入する。 攻撃目標を変更し、エヴァルニア側面の山から侵入させる。これで混乱を最小限に抑えるしかない」
サイモンは頷き、急いで魔物に新たな指示を送る。
「了解。攻撃目標をエヴァルニア軍の側面に切り替えた。次の部隊も準備ができ次第、投入する」
「まだ二千体以上残っている。
全部をここで使う必要はないが、次の波で確実に奴らの防衛を突く。今度は混乱する前に叩き込め!」
マルコムは素早く命令を出し、攻撃準備を進めた。
だが、山からの侵入はレイの予想通りだった。
敵が山を越えて侵入してくることを見越し、レイはすでに山中にも壁を設置していた。
魔物たちはその壁に阻まれ、思うように進めず、進路を変えて山から降りてきた。
「来たか…」
レイはその様子を見ながらつぶやいた。
山のふもとには、あらかじめ用意していた肥溜めの池が広がっている。
魔物たちは池の周りに集まり、次第に混乱し始めた。
足元が泥濘み、動きが鈍り、攻撃のタイミングも狂い始める。
突然、激しい鳴き声が響いた。痛みと混乱に耐えられず、魔物たちは鋭く叫ぶ。
「ギャァァッ!」
「グルルル…!」
その音は戦場に響き、彼らの絶望と怒りが混じり合ったかのようだった。
「今です!」
レイは素早く指示を出した。
「範囲魔法で仕掛けて!」
フィオナとサラが伝令を通じて魔法使いたちに指示を伝える。すると、一人の女性魔法使いが前に進み出た。
彼女は静かに杖を掲げ、目を閉じて集中する。そして、重く張り詰めた空気の中、静かな声で唱えた。
「エクスプロージョン!」
その言葉とともに杖の先から魔力が溢れ出し、空気を切り裂く。
次の瞬間、地面が轟音を立てて巨大な爆発が起こった。
目の前の魔物たちは怒りの声を上げる間もなく、火の渦に飲み込まれた。
「ガアアアァァ!!」
最後の抵抗の声も虚しく、すべてが爆発の炎に包まれ、消し去られていく。
それを見ていたレイが呟いた。
「すごいな、あの人は誰だ?」
アルがすかさず答える。
(イーサンが連れてきた魔法使いの方ですね)
「これで、また少しは持ちこたえられるかもね」
レイは満足げに呟き、次の準備のため仲間たちに目を向けた。
魔物たちは痛みと混乱の中で必死に鳴き声を上げていたが、エヴァルニア側は優位を保っていた。
一方、その様子を見ていたドクター・サイモンは異変に気づく。
魔物たちの混乱が一時的に収まり、精神干渉の効果が薄れていた。
「精神干渉が解かれている?まさか、あれは…アンモニアか?肥溜めか…
エヴァルニアの奴ら、なぜこんなことが分かるんだ!」
驚きと焦りがサイモンの顔に浮かぶ。
「ドクター、どうした?」
マルコム中佐が異変に気づいて声をかけた。
サイモンは苛立ちながら答えた。
「奴ら、精神干渉を打ち消す手段を使っている。アンモニアの効果だ。
肥溜めを使って魔物の制御を乱しているに違いない。これでは魔物を思い通りに操れん!」
マルコムは険しい顔で考え込んだ。
「エヴァルニアめ、そんな策を…。急げ、次の手を打つ必要がある」
「壁が魔物を誘導しているんだ!」
サイモンの声にバガン少将が即座に判断を下す。
「なるほど。ならば壁を壊して、真ん中を突き抜けろ!千体であの壁を壊せ。魔物を投入しろ!」
マルコムはすぐに命令を伝えた。
「魔物部隊、二番と三番に通達。あの壁を破壊し、突破口を開け!」
山中に潜んでいた魔物たちは命令を受け、壁に向かって動き出す。
整列する余裕はなく、斜面を駆け下りながら力任せに土壁へ突撃していく。
巨大な体を持つオークソルジャーたちは、角や大きな斧、棍棒を使い、全力で土壁を破壊しようと攻撃を加えた。
土壁は次々と衝撃を受け、徐々に亀裂が入り始める。
魔物たちは次々とぶつかり、土を崩していく。
壁を突破しようと全力で突撃を繰り返す魔物たちの姿は、まるで狂乱のようだった。
「この壁が崩れれば、エヴァルニア軍は防ぎきれない。魔物たちよ、壊せ!」
バガン少将は叫び、オークソルジャーたちの突撃を見守った。
レイはその様子を見て焦りが胸に広がった。
「不味い、不味い、不味い…」
力技で突破される可能性は考えていたが、相手の決断が早すぎた。
このままでは壁が崩されるのは時間の問題だった。
「壁を壊されたら、魔法使いを守る手段がなくなる…」
冷静さを保とうとする中、レイは急ぎ判断を下した。
「魔法使いを一度撤退させて、防御陣地まで下がるしかない」
レイはすぐに指示を出した。
「全員、後退して!防御陣まで下がります!」
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