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第286話(扇状地の防衛戦)

一月十日、エヴァルニア軍とラドリア帝国軍が撤退を開始する日が訪れた。


両軍は互いを警戒しながらも、和平交渉の合意に従って慎重に動き始めた。

先に撤退を始めたのは帝国軍だった。

扇状地の上部から山間の谷道へと入り、木々の影に紛れてまもなく視界から消えた。


帝国軍が完全に見えなくなったとの報告を受け、

エヴァルニア軍もまた、国境付近からゆっくりと後退を開始した。


一方、レイたちはエヴァルニア軍とは別行動を取っていた。


リリー、サラ、セリアには、先に雇った冒険者八十名と軍所属の魔法使い八名から成る混成部隊を託していた。

彼女たちは、東側に構築した土壁の周辺に偵察要員を配置し、彼らを護衛するための冒険者を

順次配置していった。


レイは後から合流する予定の魔法使いたちを待っていた。


彼らは、イーサンがギルドを通じて手配した者たちだった。

どのような人物が来るのかは分からなかったが、イーサンが的確に指示しているはずだという

期待がレイにはあった。


しばらくして、イーサンが四人の魔法使いを連れて戻ってきた。


「イーサン、こっちだ!」

レイは手を振って彼らを呼び寄せた。


四人も連れてきてくれたことに、レイは内心で安堵した。


(これで少しは楽になるか…)


そう小さく呟き、すぐに次の指示を練り始めた。


「四人いるなら、そのうち二人をセリアさんの部隊のバックアップに送ろう」


そう判断したレイは、隣にいたフィオナに声をかけた。


「フィオナさん、あの中から二名、セリアさんのところに案内してもらえますか?」


「分かった。誰でも良いのか?」

フィオナが確認する。


「はい。一応サブについてもらうだけです。セリアさんに言って、厳しそうな場所に入れてもらってください」


フィオナはすぐに、女性の魔法使い二人を指差して声をかけた。


「そこの女性二人はこっちに来てくれ!」


「えっと……」

一人が戸惑い気味に口を開いたが、フィオナは即座に促した。


「時間が無いんだ、こっちで打合せをするから来てくれ!」


女性たちはわずかに躊躇したものの、フィオナに従ってその場を離れた。


レイは残った二人の魔法使いに向き直り、話しかけた。


「すみません、こちらでやることを説明します。どんな魔法を使えるか教えてもらえますか?」


 一人目の魔法使いが軽く頷いて名乗る。


「Aランクの風魔法使い、エランガです。風を使った索敵と広域魔法が得意です。指示があればすぐに動きます」


もう一人は気楽な様子で手を挙げた。


「あ、俺はマーク。Bランクの火魔法使いっす。ド派手な火力、いつでも出せますよ。ま、よろしくっす!」


「分かりました」

レイは二人の自己紹介を聞き終えて頷く。


「エランガさんは風を使って周囲の索敵をお願いします。マークさんは防衛の準備を。

 この一番西側の壁の配置に入ってください」


指示を出し終えたレイは、イーサンの方に向き直った。


「イーサン、良いタイミングだったよ。ありがとう」


「ギリギリになってしまい、申し訳ありません」

イーサンが頭を下げる。


「大丈夫だよ」

レイは微笑んで返し、すぐに作戦の説明に入ろうとした。


が、ふと、あることを思い出して問いかける。


「シルバーは?」


「シルバーを馬車から外したところで、山の中に駆けて行ってしまいました。まだ戻ってきていません」


イーサンの答えに、レイは眉をひそめて山の方へ目を向けた。


「シルバーが迷うはずもないし……何か見つけたのかな?」


レイの視線の先には、静かな木々と影が広がっているだけだった。

何も異変は感じられない。


レイはわずかに気を残しつつも、ひとまず目の前の作戦に集中することにした。



***


帝国軍がエヴァルニア軍から見えなくなると同時に、山道をすれ違うように二人の人物が歩いてきた。

一人は黒いローブ、もう一人は白衣姿。この山中ではあまりにも異質な出で立ちだった。


それを見つけたバガン少将が声をかける。


「待っていたぞ、マルコム」


黒いローブの男――マルコム中佐が静かに一礼した。


「はい、既にこの山の至る所に配置しています。いつでも行けるよう準備は整っています」


「エヴァルニア側が昨日からコソコソと動いておる。何かを隠そうとしているようだな」


バガン少将は目を細め、続ける。


「まずは、二百体を使って一当てして奴らの動きを探れ」


「了解しました」


マルコムは即答すると、その場を静かに後にした。

バガン少将はしばし思案したのち、背後に控えていたドレイガス大佐とクレイン少佐に向き直る。


「まず、ドレイガス大佐。お前には帝国軍の撤退演技を任せる」


「演技、ですか」


「魔物がエヴァルニア軍に撹乱されて逃げてくるように見せかけ、我々が迎え撃つ姿を見せつける。

 だが、本気で戦うのではない。あくまで演技だ。奴らに『魔物を追い詰めている』と錯覚させろ。

 うまくやれ」


ドレイガスは薄く笑みを浮かべた。


「了解しました、少将。演技であろうと、奴らを惑わすのは楽しみですな」


バガンは頷き、次にクレインへと視線を移す。


「クレイン少佐。お前はドレイガスの補佐として、敵の索敵と防衛を妨害しろ。

 魔物が逃げてくるタイミングを見極め、エヴァルニア軍が混乱したところでさらに混乱を引き起こせ」


「承知しました。エヴァルニアに何も見せぬよう、部隊を展開します」


バガン少将は満足げに頷いた。


「よし、二人とも頼むぞ。この山の主導権を握り、奴らを翻弄するのだ。

 うまくやれば、エヴァルニアは我々の策には気づかず、次の手もこちらの思うままだ」



エヴァルニア軍が撤退を開始してから一刻も経たないうちに、遠方の山陰で動く影が確認された。

扇状地の上部――かつて帝国軍が陣取っていた場所から、黒い波のように魔物の群れが現れた。


最初に確認されたのは、およそ二百体の人型魔物。

オークソルジャー、コボルト、ゴブリン、ホブゴブリンが混ざった混成部隊だった。


指揮は稚拙で単純だったが、それだけに突撃力は凄まじい。


「やっぱり来たか…魔物部隊…」


レイが静かに呟く。


昨日、自らの手で仕掛けた土魔法の罠が、今、試されようとしていた。


(レイ、一応、トラウマの予防処置で魔物の顔にモザイクをかけておきます)


「ありがとう、アル」 レイは短く答えた。


魔物たちは速度を上げ、斜面を駆け下りてくる。その目は血走り、撤退中のエヴァルニア軍を狙っている。

だが、彼らはまだ気づいていなかった。


昨日レイが仕掛けた、三角形の土壁の存在に。


 

オークソルジャーたちが先頭で突撃を開始する。

巨体を揺らし、土煙を巻き上げて迫る姿は圧巻だった。


続くコボルトやゴブリンたちも、混成軍として一体となり、エヴァルニア軍の方へと突進する。

しかしその直後、魔物たちは進路を変更せざるを得なかった。


レイの土壁が、三角形に並んで彼らの進行を阻んでいたのだ。


先頭のオークソルジャーたちは最初の壁にぶつかり、やむなく左右の壁に沿って二手に分かれた。

その様子を見たゴブリンたちも、慌てて後を追う。


「よし! 二手に分かれた。ここからが本番だ!」


レイは壁の裏から状況を注視しながら、手応えを感じていた。

左のルートに進んだ魔物の半数は、さらにその先でまた分断された。


先には、以前設置された肥溜めがあった。


魔物たちは異臭に気づかず進んでいったが、ほどなくして異変が起こる。


先頭のオークたちが足を止め、強烈なアンモニア臭に戸惑い始めた。

後続の魔物が止まらずに突っ込んでくるため、先頭は押し潰されそうになり、嫌々ながら前進を再開する。


だが、嗅覚に強く訴える悪臭により、魔物使役薬の効果が急激に弱まっていった。

やがて魔物たちは制御を失い、混乱し始める。


「ブモオォォォ!」

オークが咆哮し、暴れ出す。


「ギャギャッ!」「ギャィィ!」

ゴブリンたちは叫びながら逃げ惑い、コボルトも右往左往し始める。


「キャン! キャン!」

混乱の波は部隊全体に波及し、突撃の勢いは完全に崩壊した。


魔物たちは肥溜めの周囲で激しくぶつかり合い、前進も後退もできず、大渋滞を引き起こしていた。


「今です! 魔法撃てーーッ!」

レイの号令とともに、エヴァルニアの魔法使いたちが一斉に範囲魔法を発動する。


マークも満面の笑みで応じた。


「ド派手な火力、いつでも出せますよ!」

その声とともに、強力な火魔法フレアバーストが放たれる。


次々と降り注ぐ炎の柱が、混乱する魔物たちを焼き尽くしていく。

動けない魔物たちは次々と倒れていった。


「どうっすか?」 マークはドヤ顔でレイに振り返った。


その表情には、自分の魔法の威力に対する絶対的な自信が満ちていた。


一方、罠にかからなかったもう半数の魔物たちは、右側のルートを選んでいた。

だがその先にも、複数の土壁が待ち構えていた。


彼らは進むたびに壁に阻まれ、隊列を崩され、次第に連携を失っていく。


そこに、エランガの風魔法が襲いかかる。

エランガは冷静な表情のまま、《ウインドカッター》を次々と放った。


鋭利な風の刃は魔物たちの急所を的確に貫き、一撃ごとに確実に仕留めていく。

その動きに無駄はなく、まさに熟練の技だった。


オークやホブゴブリンたちは、力任せに突破を試みたが、壁を越えるたびにさらに分断されていった。

待ち構えていた冒険者たちと魔法使いたちが、四方から攻撃を加え、魔物たちは一体、また一体と倒れていった。


「よし、これで残りも片付けられる」


レイは冷静に戦況を確認しながら、確かな手応えを感じていた。


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