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第284話(和平交渉の裏)

完全にミスって284話を飛ばして投稿していました。(m_ _)m

帝国中枢の広間。

その奥深く、仮面をつけた皇帝が玉座に沈み、側近らの報告を黙して待っていた。


やがて扉が開き、バガン少将配下の伝令官が一人進み出る。


「陛下、バガン少将より伝令です。エヴァルニア国境方面、攻撃態勢はすでに整っております。

 いつでも進軍可能とのことです」


皇帝は反応を見せなかった。

ただ仮面の奥で、その目がわずかに細められる。


数秒の沈黙ののち、低い声が空気を裂いた。


「……まだだ」


伝令の背がこわばる。

しかし皇帝は続ける。


「せっかちだな。和平を望む者たちに、少しくらい夢を見せてやれ。

 地獄が始まるのは、マルコムの“おもちゃ”が揃ってからでいい」


そして、仮面の奥で冷ややかな笑みを浮かべた。


「バガンには、“和平交渉に応じるフリをしろ”と伝えろ。信じたい者には信じさせておけばいい。

 教会でも、エヴァルニアでもな」


「は……仰せの通り、陛下」


「その信念とやらが深いほど、砕ける音も美しい」


伝令は深く頭を下げ、命を背負って広間を後にした。


***


一月五日、朝の鐘が鳴る頃、ラドリア帝国とエヴァルニアの間で和平交渉が中立地帯で行われることとなった。


四大神教会からは大聖者レイ、マルセラン大司教、そして帝国側からはグレゴリウス上級司祭が出席。


エヴァルニアからは国王エヴァル、バルタザール宰相、グレゴール国防大臣が参加し、

帝国側からはバガン少将、ドレイガス大佐、クレイン少佐が現れた。


護衛は許されず、参加者たちは天幕から五百メルほど離れた場所に降り立ち、徒歩で会場に向かった。


交渉が始まると、帝国側はまずエヴァルニアが国境沿いで行っている工事、特に大規模な穴を

掘っていることに疑念を投げかけた。


「エヴァルニア軍が国境沿いで何やら大規模な穴を掘っているようですが、これは何のための工事ですか?

 まさか、陣地を強化しようとしているのでは?」


帝国側のバガン少将が厳しい口調で問いかけた。

これに対して、バルタザール宰相は冷静に返答した。


「その件に関しては誤解があります。我々が掘っているのは、農地の拡張に伴う肥溜めの工事です。

 戦略的な目的は一切なく、農業のための純粋な工事です」


その言葉に、バガン少将が眉をひそめたが、バルタザール宰相は続けて指摘した。


「それよりも、そちらこそ中立地帯に軍を駐屯させていることについて、どう説明するおつもりですか?

 中立地帯に駐屯すること自体、和平交渉を進める上で非常に疑わしい行動に見えますが」


帝国側はこの指摘に、ドレイガス大佐が反論の姿勢を見せた。


「我々の駐屯はあくまで近くの村の安全確保のためです。あの場所もかつて我々の村があった場所ですし、

 駐屯は魔物防衛の一環にすぎません」


エヴァルニア側は、扇状地の頂上部に駐屯している帝国兵に対して強く抗議した。

この中立地帯は、山に囲まれた盆地のような地形で、帝国軍はその高低差を利用して有利な

拠点を確保していたため、エヴァルニア側はその不公平さに強い反発を示していた。


エヴァルニアの撤退要求に対し、帝国は一見すると応じるかのように見えたが、すぐに条件を加えた。


それは、

「帝国軍が扇状地の上部から撤退する代わりに、エヴァルニア軍も同様に国境から後退すること」

だった。


さらに、エヴァルニア軍を都市近くまで後退させることまで求めてきた。

この提案は、エヴァルニアの防衛力を明らかに削ぐことを目的としていた。


帝国の提案に対し、エヴァルニアも一度は譲歩を見せ、帝国軍と同じ距離を取ることを合意した。

両軍は五日後に同時撤退を開始することで一応の決着がついた。


交渉を終えたレイたちは、天幕を後にし、国境沿いの道を馬車で移動していた。


「こんなにあっさり引くなんてやはり裏があるとしか思えないよな」


その声は誰に向けたわけでもなく、半ば自分自身に言い聞かせるようなものだった。


レイは、イーサンが単身で帝国の駐屯地に潜入し、命懸けで持ち帰った情報をもとに、

帝国の真の狙いを探っていた。


(なぁ、アル。もし帝国が南進を狙っているなら、間違いなくエヴァルニアを通るよね。

 この中立地帯から降りれば一番効率的だもんな?)


(その通りです。盆地の地形は進軍に適しています。山を越えるのは厳しいし、回り込むと距離が倍増します)


(じゃあ、ここを通る可能性が高いな…帝国が撤退を装って、魔物で奇襲を仕掛けてくるとしたら?)


(その可能性は十分にあります。

 エヴァルニア軍が引いた後、安心したところで魔物を送り込むのが彼らの手でしょう)


(やっぱりそうなるよな〜。となると、こちらは正規兵を引いた後も、防衛を強化する必要があるな。

 それも目立たないように…)


(ええ、偵察部隊や範囲魔法が放てる魔法使いを潜ませ、魔物の侵攻を予測し、

 迅速に対応できる準備を整えるべきです)


(範囲魔法が撃てる人ってかなり限定されちゃうんだけど、もっと雇うべき?)


(そうですね。相手の数が分かりませんから、多い方が良いでしょう。

 ただし、帝国の内通者が紛れる可能性もありますから、エヴァルニアより南の地域で

 募集をかけた方が安全でしょう)


(了解。じゃあ馬車を使ってイーサンに集めてもらおう)


レイは、両軍が同時撤退を開始する五日後までに魔法使いを集めるようイーサンに頼んだ。


「時間がないんだ。……シルバー、頼むぞ。

 イーサンも、何度も使いに走らせてすまない」


レイがそう言うと、イーサンは力強く頷いた。


「任せてください、レイ様。必ず多くの魔法使いを集めてみせます」


レイは愛馬シルバーに期待をかけて送り出した。


シルバーとイーサンが最初に向かったのは、エヴァルニア南部に位置するザリア自治領だった。

そこにはイシリアの義勇軍が駐屯しており、その中にサティとセドリックの姿もあった。


二人が通りを歩いていると、教会のシンボルを掲げた一台の馬車が、恐ろしい速度で目の前を駆け抜けていった。


馬車を引いていたのは、八本脚の神獣スレイプニルだ。

その圧倒的な速さと、美しさを備えた姿に、サティは思わず声を上げた。


「……もしかして、レイが使ってる馬車じゃない?」


もしそうなら、あの中に乗っているのは大聖者レイ本人のはずだ。

サティの直感にセドリックも頷き、二人は義勇軍の仲間に一声かけると、すぐに馬車の後を追い始めた。


馬車は、ザリア自治領の道を信じがたい速度で突き進んでいく。

セドリックは馬を並走させながらぼやいた。


「ちょっと、あの馬車速すぎないか……?」


いくら全力で追っても、あっという間に見えなくなってしまった。


それでも二人は諦めなかった。

通りがかる町の人々に次々と声をかけ、行方を尋ねて回る。


「金属製の馬車がここを通ったはずですが、どこに向かったかご存知ですか?」


そう訊ねると、ある住民が答えてくれた。


「さっき、ギルドの前で一度止まっていたよ」


ようやくたどり着いたギルドの前に、しかし馬車の姿はなかった。すでに出発した後だった。


「ギルドの前で止まったって言うけど……何か目的があったのか?」

セドリックが首を傾げる。


「わからないわ。でも、あの速さじゃ追いつけるわけないわね……」

サティは疲れた声でそう返し、息を整えながらギルドの扉を開いた。

そして中に入り、すぐに受付へ向かう。


「先ほど、教会の人が来ていなかったかしら?」


サティの問いに、受付係は丁寧に答えた。


「はい。範囲魔法が使える魔法使いを探しているようでした。特に、魔物退治に関して急いでいる様子で……」


少し間をおいて、受付係は続けた。


「四日後までに、できる限り多くの魔法使いを集めたいとのことです。

 魔物が大量に出現する可能性が高い、と言っていました」


その言葉に、サティの目が変わった。

彼女は一歩前に出て言う。


「私はイシリアの宮廷魔導士です。冒険者ではありませんが、範囲魔法も使えますし、

 魔物でしたら力を貸せると思います」


そう言って、懐から宮廷魔導士の証明書を差し出した。


受付係は一瞬困惑したような顔を見せたが、証明書の名を見た瞬間、表情が変わった。


「宮廷魔導士の方が参加されるのは光栄ですが……えっ、サティ様ですか!

 少々お待ちください、ギルドマスターに確認してまいります!」


受付嬢は慌てた様子で立ち上がり、奥へと駆けていった。


サティは少し呆気に取られたように目を丸くしたが、すぐにセドリックに目を向けた。


「セドリック、もし私が魔法使いとして雇われることになったら、義勇軍の方を頼めるかしら?」


セドリックは苦笑しつつ、ため息まじりに返す。


「相変わらず君は無茶をするな……」


だが、すぐに表情を引き締め、言葉を続けた。


「でも、君がギルドの仕事を受けてエヴァルニアに行くことになれば、それは帝国の動きを探るためでもある。

 義勇軍には、そう伝えておくよ」


そして、真剣な目で付け加えた。


「ただし、サティ。無理はするなよ」


サティはわずかに微笑んで応える。


「わかってるわ。自分の力でできる範囲でやるから、心配しないで」


だがセドリックの目には、最後まで不安が残っていた。


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