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第281話(未来を守るための備え)

レイたちは教会の新年を迎える祭壇作りを手伝い、一息ついていた。

その時、イーサンが旅の埃を払いながら、すぐにレイたちの元へ歩み寄ってきた。


「レイ様、ただいま戻りました」

少し疲れた表情で頭を下げるイーサン。


「イーサン、おかえりなさい。無事でよかった」

レイは微笑みながら迎え入れた。

フィオナ、セリア、サラ、リリーも口々に「お疲れさま」「無事で何より」と労う。


しかし、イーサンは少し緊張した面持ちで前に立ち、真剣な表情を浮かべた。

「皆さん、状況は思ったより複雑です」

そう言って、静かに報告を始めた。


「レイ様、帝国の駐屯地で分かったことをお伝えします。

 帝国は和平交渉を受け入れるつもりですが、これはあくまで時間稼ぎのための行動です。

 指揮官たちの話によると、マルコム中佐という人物が新たな作戦を指揮していて、その準備が整うまでの間、

 交渉を引き延ばす計画だそうです」


「マルコム中佐?」

レイはその名前に引っかかりを覚え、少し考え込んだ。


その時、頭の中でアルの助言が響いた。

(レイ、以前ファルコナー伯爵が話していた帝国訛りの商人が『マルコム』でしたね)


「同一人物か…?」

驚きながらも、思考を整理しようとした。

「あ、ごめん。イーサン、続きの報告を聞かせて」


イーサンは頷いて口を開いた。

「はい。帝国の指揮官たちは、ラグナス少佐が以前の作戦に失敗し、更迭されたことを話していました。

 マルコム中佐がその後を引き継いでいるとのことです。

 指揮官たちも、マルコムの作戦内容は極秘で詳しくは知らされていませんが、明らかに警戒心を

 抱いていました」


レイはじっと耳を傾け、考えを巡らせる。


「ラグナス少佐の失敗に続いて、マルコム中佐が指揮を取っているか。

 何か大きな作戦が進行しているんだろうな。

 それに、あの商人と同じマルコムなら、ただの交渉では済まないかもしれない」


「そうですね」


イーサンは慎重に言葉を続けた。


「彼らがどんな動きをするにせよ、エヴァルニアが準備を整える前に何か仕掛けてくる可能性もあると思います。

 ただ、具体的な時期や内容は掴めていません」


「レイ君、もしあのマルコム中佐が噂のあのマルコムなら、どこかで魔物を仕掛けてくるんじゃない?」

リリーが鋭い表情で言った。


「更迭されるほどの失敗ってのも引っかかるわね。帝国軍が動いた形跡が全然ないのに…」

セリアは考え込みながら続けた。


「和平交渉を引き延ばしているってことは、向こうもまだ準備が整っていないのかもしれないな」

フィオナは冷静に分析する。


「そういう可能性もありますね」


レイが頷き、考えを重ねた。


「もし、帝国軍が裏で動いていたけど、何かの失敗で魔物を使う計画に切り替えた。

 そして準備が整うまで時間稼ぎをしている……って考えるのは飛躍しすぎでしょうか?」


「それが意外と筋が通るニャ。じゃあ、魔物対策も考えておかないとニャ!」

サラが元気よく声を上げた。


「でも、まだ薬の全成分が分かっているわけじゃないし、魔物対策と言っても難しいわよ?」


リリーは現実的な問題を指摘する。


「薬の分析結果ならありますよ」

レイは頭を指してニッと笑った。


「ああ、なるほどね。ファルコナーの時の情報ね。教えてちょうだい」


レイはメモを書き出し、前置きを入れてから成分名を列挙した。

「これはケイルさんの時のデータなので、魔物使役薬と同じかどうかは分かりませんが……」



・神経毒素を含む『スティンガーネット』

・幻覚を引き起こす『ミスティマッシュルーム』

・中枢神経系を抑制する『ドリームワード』

・催眠誘導効果のある『ムーンリリー』

・アドレナリンを抑える『シャドウブロッサム』


リリーはじっくりメモを眺めた後、ふと閃いたように顔を上げた。


「神経を抑制する成分ばかりね……だったら、アンモニアが使えるかもしれないわ」


セリアが目を瞬かせる。


「アンモニア?」


「ええ。アンモニアの強烈な刺激臭なら、一時的に神経を覚醒させて、抑制効果を打ち消せるかも。

 化学的に見れば理屈は通るし、副作用も比較的少ないわ」


セリアは首を傾げた。


「でもリリ姉……そんなもの、今からどうやって?」


「ここなら調達は簡単よ」


「えっ、どう言うこと?」


「肥溜めよ!」

リリーはきっぱりと言い放った。


「肥溜め……確かに、それならたっぷり手に入るな」

フィオナも納得顔で頷いた。


リリーはさらに冷静に続けた。


「もちろん、これは一時しのぎに過ぎないけど、魔物が操られている間なら

 混乱させて動きを鈍らせるには十分よ」


「ニャハハ!肥溜めで魔物をやっつけるなんて、面白い戦法ニャ!」


サラは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。

リリーは微笑みながら頷いた。


「ま、現地調達の戦略ってわけよ。じゃ、準備を始めましょうか」



「情報ありがとう、イーサン。これだけ情報があればかなり色んなことができそうだよ。

 で、どうやってこの情報を仕入れたの?帝国の駐屯地に忍び込んだんだよね?」


レイは嬉しそうに問いかけた。

イーサンは少し微笑みながら答えた。


「はい、帝国の駐屯地に忍び込みました。国境の町で手に入れた帝国の軍服が役に立ちました。

 巡回中の兵士に紛れ込んで、警戒の厳しい指揮官テントの近くまで接近しました。

 そこで彼らの会話を盗み聞きしましたが、さすがに少しヒヤヒヤしました」


レイはその言葉に納得した様子で頷いた。


「やっぱり、密偵は変装が基本だよな。うん、そっかそっか」



***


一方、イシリア王国の砦では、ザリア自治領を守るための義勇軍の募集がすでに締め切られていた。


帝国の侵攻を阻止するため、王国は表向きには関与を避けつつ、志願者による義勇軍を組織していた。

しかし実際には、王国が軍事的な支援を裏で行っており、有事の際は、ザリアを盾として帝国の進軍を

食い止める意図があった。


義勇軍の募集が始まると、真っ先に名乗りを上げたのがサティとセドリックだった。


二人にとってこの戦いは、単に国を守るだけのものではなかった。

それは、遠く離れた場所で和平交渉に動いている息子レイと、もう一度会うための機会でもあった。


大聖者となったレイは帝国との交渉に動いていたが、サティとセドリックは、軍からの駐屯命令によって

レイと接触することができずにいた。

その状況を打開するため、義勇軍に加わることで彼に少しでも近づく手段を見つけようとしていたのだ。


「少しでもレイのそばに行きたい。そして、彼を守りたいの……今度こそ」

サティはその思いを、ためらうことなく言葉にした。


その隣で、セドリックは彼女の手を握り返す。

「ああ、今度こそ、レイを守り抜こう」

静かに、だが確かな決意を込めて答えた。


義勇軍には多くの志願者が集まっていたが、サティは王国随一の火魔法使いであり、

セドリックもまたその実力を認められた護衛騎士だった。


二人の参加は義勇軍の士気を大いに高め、周囲の志願者たちの間でもその存在感は際立っていた。


だが、砦の司令官は二人の参加に良い顔をしなかった。


「ブラゼンハート男爵、あなたの力が義勇軍に加わるとは頼もしい限りです。

 だが、正規軍も重要な任務を抱えています。慎重に行動していただきたいのだが」


司令官は遠回しに、彼らが砦を離れることへの懸念を伝えた。


しかしサティは、落ち着いた声で返す。


「司令官、私も正規軍の大切さは理解しています。

 でも、今は義勇軍として、少しでも帝国の侵攻を防ぐために力を尽くしたいのです。

 私たちの戦いの意味は、どこにいても同じです。国と国民を守ること……それだけです

 今回の表向きの理由と、裏の事情を鑑みて、私たちはこの決断に至りました」


司令官はその言葉に、サティの確かな覚悟を感じ取った。


その日から、義勇軍の行軍訓練が始まった。


サティとセドリックは、訓練中の指揮を担いながら、他の志願者たちを導く立場となる。

彼らにとってこの戦いは、国を守るためであると同時に、息子との再会を果たすためのものでもあった。


義勇軍の本格的な活動開始は、王国全体の士気を高める大きな契機となった。

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