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第280話(夜の潜行)

十三月二十七日の夜、レイは大聖堂の一角にある静かな部屋で、窓の外を見つめていた。


以前は教会近くの宿屋に滞在していたが、毎日通う必要があるため、マルセラン大司教の配慮で

それぞれ部屋が用意された。


何より、仲間たちの安全を考え、不特定多数が出入りする宿屋より教会の方が安全だと判断したからだ。


外では冷たい風が吹き、先日降った雪が街路を白く覆っている。

街の灯りがぼんやり揺れ、風に乗って静かな音が窓越しに届く。明日は大晦日で、街はどこか慌ただしかった。


レイは無心で風景を見つめながら、数日前からの出来事を振り返った。


戦争の影が迫る中、仲間と共に準備を進めている。物資の確保や避難計画、民間の協力者の調整。

フィオナはギルドで傭兵を集めている。周辺諸国との連携も同時に動いている。

やるべきことは少しずつ片付いてきたが、まだ二つの大きな問題が残っていた。


「帝国の返事はいつ来るんだろうな…」と小さく呟く。


スカイホークを送り出して数日経つが、帝国からの返答はまだない。

交渉に応じるのか、それとも裏で何かを企んでいるのか、何も見えず、ただ時間だけが過ぎていく。


もう一つの懸念はイーサンだ。

彼は帝国内部に潜入し、動向を探っている。まだ報告はなく、無事を願うばかりだった。


「イーサンも…どうか無事でいてくれ」


不安が胸を締めつけるが、今できるのは信じて待つことだけだ。

レイは心の中で祈り、イーサンの帰還と帝国からの返答を待っていた。すべてが揃えば、次の一手を決められる。


「やるべきことは、ほとんど終わったよな…」


レイは深く息を吐き、机の上に広げた地図を見つめる。

国境近くの中立地帯が示されていた。帝国が交渉に応じれば、ここで和平の場が設けられるだろう。

だが、帝国が姿を見せなければ、戦争の道が開かれる。


「戦争は避けたいけど、万が一に備えないとな」


そう呟き、レイは教会の裏庭に向かい、魔法の練習を始めた。

戦争を回避しようと動きつつも、どんな状況にも備えて自身の力を高める必要を感じていた。



***


イーサンは冷たい夜風の中、帝国軍の駐屯地に忍び込んでいた。


国境近くの町で情報を探したが有用なものはなく、危険を承知で駐屯地への潜入を決めた。

帝国軍の軍服を手に入れ、闇に紛れて兵士の巡回を避けて進む。


兵士に紛れることで不自然さを減らし、駐屯地の中心にある指揮官のテントに近づいた。

周囲の警戒が緩む隙を狙い、音を立てずに動いた。


やがて一つのテントから指揮官たちの声が漏れてきた。


「……に決まったらしい。黙らせるために……それで和平交渉に応じたが、時間稼ぎだ」

一人の指揮官が低く話す。


「時間稼ぎか。しかし、その間にエヴァルニアが準備を整えるのでは?」と別の声がした。


イーサンは耳を澄ましつつ周囲を警戒した。緊張が高まる。


「マルコム中佐の準備が整うまで猶予が必要だ。詳細は極秘だが、彼が新たな作戦を指揮する。

 ラグナス少佐は失敗して更迭された。あの件で神経が尖っている」


「ラグナス少佐が更迭?初めて聞いた。で、マルコム中佐の作戦は?」


「知らされていないが、動けば状況は変わるはずだ」


イーサンは、ラグナスの失敗とマルコムの新たな作戦が重要だと理解した。

さらに情報を得ようと耳を澄ました。


「何もしないのもリスクが大きい。エヴァルニアが動けば先制攻撃される可能性もある」


「承知している。今は耐えつつ様子を見て、準備を整えるしかない」


イーサンは情報がこれ以上得られないと判断し、静かにその場を離れた。

焦りを感じながら駐屯地の外縁に向かって移動を始めたその時だった。


「おい、そこの兵士――待て」


低く鋭い声に、イーサンは一瞬だけ足を止めた。

振り返ると、見張りと思しき若い兵士がこちらをじっと見ている。表情には疑念が浮かんでいた。


(まずい。怪しまれたか?)


イーサンは即座に判断を下し、帝国兵らしく胸を張って応じた。


「巡回中にテントの灯りが気になってな。指揮官が残っているか確認していた」


声は落ち着いていたが、心拍はわずかに早まっていた。

兵士はしばしイーサンを観察するように目を細めたが、やがて少し眉をひそめながら言った。


「……ああ。確かに今夜は交代が多くて混乱してる。だが、持ち場に戻った方がいい」


「ああ、すまない。すぐ戻る」


会釈をしてその場を離れる。

背後からの視線を意識しながら、イーサンは角を曲がり、闇に紛れるように駐屯地の外縁へ進んだ。


完全に視界から外れたと確信した瞬間、緊張で張りつめていた全身の力がほんのわずかに緩んだ。


(危なかった……)


見つからずに済んだのは、軍服と態度が自然だったからだろう。

だが、これ以上滞在すれば、さすがに命の保証はない。


焦りを感じながら、イーサンは駐屯地を離れたのだった。

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