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第275話(イシリアの決断)

レイはイシリア王国への口添えは出来ると約束をして教会に戻ってきた。

国々の間に立って争いを調停するのも大聖者の役目だ。ならば平和を保つために自分が出来ることを

しようと思った。


「司祭様、ここからイシリア王国にスカイホークを送れますか?」


「いえ、直接飛べるスカイホークはおりません。アルディアを経由するしかありません」


「ならば、アルディア経由でイシリア王国に手紙を送り、ザリア自治領の存続をお願いしてみます」


レイは静かに手紙を書く準備をし、ゆっくりと筆を走らせ始めた。

フィオナやセリアたちは、そんなレイの姿を静かに見守っていた。

しばらくして、レイはペンを置き、手紙を書き終えた。


「ねぇ、レイ君ってそんなに手紙を書いてたの?」セリアが驚いたように言う。


レイは少し戸惑いながら周りを見回した。


「いや、ほとんど書いたことがないですけど…」


セリアは目を細めながら、感心した様子で続ける。


「そんなこと言って…それにしてはあまりにも流れるように書いてたから驚いたわ」


リリーも腕を組んで首をかしげながら、驚きを隠せない様子で聞いてきた。


「国王に宛てる手紙なんて普通は慎重に何度も書き直すものよ。

 それを一度も迷わずに書き上げるなんて…信じられないわね」


「考えすぎると逆に手が止まってしまうんですよ。思ったことをそのまま書いた方が早いんです」

レイは少し照れたように笑った。


「ほんとに不思議な人ね、レイ君は」とセリアは微笑んでいた。


「でも、それがレイの素晴らしいところだな」

フィオナも笑みを浮かべ、付け加えた。


「少年らしく無いニャ、いつもならもっと考えてたニャ!」とサラは言った。


レイは少し考え込むように頭をかしげ不思議そうにつぶやいた。


「そういえば、なんでスラスラ書けたんだろう?自然と頭に言葉が浮かんできたような…」


その時、アルが静かに声をかけた。

(レイ、これは知識の試練でナノボットがあなたの脳をサポートした結果です。

あの時、ナノボットが視覚処理能力を強化し、ページ全体の情報を瞬時に把握できるようにしたのを

覚えていますか?その際、短期記憶の容量も拡張し、脳内のシナプスを最適化して、情報を効率よく

定着させていました)


レイは少し驚いた様子で心の中で問いかけた。

(そうか、だからあの時、どんどん本を読めたんだ。でも、それが今、長期記憶に影響しているってこと?)


(ナノボットが短期記憶をサポートしたのは事実ですが、長期記憶はあなた自身の力です。

 無意識に書けたのは、レイが自分の知識を自然に引き出せるようになったからです)


レイはその説明に少し驚きながらも、納得するように軽く頷いた。


(なるほど、あの試練の時に得た知識が今こうして役立ってるんだな…)


(レイが『長期記憶に影響している』と考えたこと自体が、その証拠です)

アルは静かに付け加えた。


レイは思わず微笑んだ。

(本当に、すごいことになってるんだな…)


レイはイシリア王国の国王宛の手紙に封をし、続けてもう一枚の手紙を書いた。

それはアレクシア宛のもので、ザリア自治領で得た情報を詳細に記録した。

ラドリア帝国の狙いがイシリア王国の特定の地域にあること、その地域さえ手に入れれば

他の土地や民には興味がないこと。

そして、帝国がその地域を手に入れるまで侵攻を止める気がないという私見も加えて書き上げた。


手紙を完成させると、レイは二通を確認し、アレクシア宛の手紙を司祭に託してスカイホークで

送るよう依頼した。


アレクシアは、レイから届いた手紙を手に取り、慎重に読み終えると、傍らに控えていたセバスに

それを手渡した。セバスは黙って一読し、静かに頷いた。


「アレクシアさん。この情報も、あわせて王国に送った方がいいでしょう。

そうすれば、先方も動きやすくなります」


「そうですね。帝国の狙いがイシリアにあると知れば、イシリアも対応せざるを得ません。

睨み合いが始まれば、その分だけレイ様が介入する時間を確保できます」


アレクシアはすぐに筆を取り、レイの私見を要点ごとに丁寧にまとめた文面を添えた。

その書状では、ザリアの現状を慎重に伝えると同時に、帝国の狙いがイシリア王国の特定地域に向けられている

事実を明記していた。


「これで、王国も迅速に対応してくれるはずです。セバス様、ありがとうございます」


アレクシアはそう言って頭を下げ、手紙を王国へ送るための準備に取りかかった。





***


イシリア王国では、レイからの手紙を受け取ってから五日後に緊急会議が招集された。


国王アルヴィオン、エイデリン宰相、グラフィア・イシリア公爵をはじめとする最高権力者たちは、

近隣の領主や王都に残っていた貴族らを集め、国家の進退を決する議論に臨んだ。


冒頭、国王アルヴィオンが簡潔な挨拶を述べ、続いてエイデリン宰相が、レイからの手紙と

その私見を要約した文書を朗読した。その内容が終わると、会議室には短い沈黙が流れた。


最初に声を上げたのは、ファルコナー伯爵だった。


「ザリアが助けを求めているというのは、帝国の圧力がいよいよ現実のものとなった証拠です。

 魔物を使った侵攻もあり得る。ここでザリアを見捨てれば、次に狙われるのは我々自身です。

 国境の安全保障を考えるなら、放置などありえません」


「それは理屈としては正しいが」と、ミスト伯爵がすかさず反論する。


「ザリアはかつて王国に背いた領地。支援を表明すれば、国民の反発は必至ですよ。

 貴族の中にも反対する者は多いでしょう。義に殉じたつもりが、内部からの批判で政局が揺らぐのは

 避けねばなりませんね」


エルトーニ子爵が小さく息をつき、冷静に口を開く。


「確かに、世論の問題は無視できません。しかし、ザリアが陥落すれば、防衛線が大幅に後退するのも事実です。

 結果として我が国が直接脅威に晒されます。それを国民にどう説明するかを考えるべきではないでしょうか?」


「いや、言い訳はいくらでも立つだろう」と、やや苛立った様子でグリムホルト侯爵が声を張る。


「我々がザリアを助けることで、自国の防衛が強化される。そう言えばいい。実際その通りなんだからな。

 問題は“どう助けるか”だ。兵を出せば過剰反応になる。だが義勇軍として民間の形を取れば、王国の立場も

 守れる」


「だが、それも国民の目には王国の関与と映るかもしれません」と、ミスト伯爵が再び釘を刺す。

「慎重に事を運ばねば、我が国が帝国との対立を望んでいると誤解されかねない」


「誤解を恐れて何もせずにいる方が危険です」と、ファルコナー伯爵が語気を強める。

「帝国が動けば、躊躇している時間などありませんよ。敵はこちらの隙を突いてくるのです」


「それは前提として誰もが承知している」

 エイデリン宰相が低い声で割って入った。視線を資料から上げ、全員を見渡す。


「ならば、“王国が動いた”とは見せずに、しかし実際には戦略的に動く方法を詰めるべきです。

 義勇軍という形は極めて現実的です。ただし、軍資金の流れや指揮系統に王国の名が出ぬよう

 徹底しなければなりません」


会議室の空気が再び張り詰める中、グラフィア公爵が初めて口を開いた。


「ザリアを助けることが国防の一環であるなら、もはやこれは“情”ではなく“戦略”の問題。

 過去の因縁に縛られて判断を誤れば、後悔するのは我々だ」


最後に、国王アルヴィオンがゆっくりと頷き、口を開いた。


「確かに、ザリアを見捨てるという選択肢はない。それは防衛線を我が国の中へ引き込むに等しい。

 敵を国内に迎え入れることだけは、絶対に避けねばならぬ……

 グリムホルト侯爵の案は現実的であり、また、宰相の指摘も至極もっともだ」


そして椅子に深く腰を沈めたまま、続けた。


「我々は、表に出ることなくザリアを支援する。義勇軍の編成と砦への兵の増派を進めよ。

 帝国の動き次第では、さらに一段階上の対応も視野に入れる」


エイデリン宰相が即座に頷き、端末の書類に目を落とした。


「了解しました。各方面に密かに連絡を取り、準備を進めます。

 義勇軍の人員と物資の調整については、軍部と連携して進めます」


こうして、イシリア王国は公には沈黙を保ちつつも、ザリアを支援するための動きを水面下で本格化させた。

それは同時に、帝国との対峙に向けた第一歩でもあった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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