第27話(首のシミを消すため)
昨日は、濃い一日だった。
朝からオーク討伐に向かい、ジェネラルを含むオークを探しての討伐任務に参加し、後始末をして森から戻り、ギルドマスターに説明して、なんとか納得してもらったら、フィオナさん達から夕食に誘われて、その後、怪我の治療まで行った。
(なぁ、アル)
レイは宿屋のベッドの上で腕で目を覆いながら問いかけた。
(はい、何でしょう?)
(昨日は、結構ハードな一日だったと思うんだ)
(まあ、そうですね。普段あまり出来ないことを色々と経験しましたからね)
「そんなハードな事があった次の日なのに、なんで朝の鐘が鳴らないうちに起こされなきゃならないんだよ!」
と不機嫌を隠さず伝えた。
(昨日、ギルドマスターから、ランクアップするための依頼を用意するからギルドに来いと言われていましたので、早めに起こしたのですが?)
アルは当たり前でしょうと言わんばかりに返してくる。
「依頼掲示板を漁るわけじゃないんだから、大丈夫だろう?いくらなんでも早すぎだよ!もう少し寝てたかったのに…」
レイは不満を漏らした。
(なら、朝食をしっかり摂ってからギルドに行きましょう)
「…もう、わかったよっ!」
勢いをつけてレイはベッドから飛び降りた。
井戸に行き顔を洗った後、いつもの露店で小さなパン一つとチーズの欠片を買ってそれを食べようとしたが、そこへアルが話しかけてくる。
(レイ、そのパンはまだ食べないで、大広場に行きましょう)
(なんでだよ。ギルドから離れていくだろう?)
(食事で必要な栄養素を摂取しきれていませんので、このままだと栄養不足で倒れると言いましたよね)
呆れ気味にアルが言う。
(ああ、確かに言われた。けど、何が良いかなんてオレには分からないからな、今日の朝食はアルに任せるよ。
どうすればいいんだ?)
(ふむ、言質は取りましたよ。大広場の露店で必要な栄養素を摂ってもらいます。さぁ行きましょう!)
と、アルは急にテンションが跳ね上がる。
(アル、なんでそんなに嬉しそうなんだよ)
(いいえ、何でもありません。さぁ急ぎましょう♪)
朝食のメニューを任せただけで、ここまで機嫌が良くなるとは……とレイは心の中で呆れつつも、大広場の露店街へと足を運ぶ。
以前にも見た光景だが、干し肉、ソーセージ、フルーツ、チーズを売る露店や、パン粥やスープの店まである。食材は多彩で目移りしてしまいそうだ。
(レイ、まずあそこの露店で干し肉を一枚購入してください)
「おじさん、この干し肉を一枚ください」
「はいよ。銅貨二枚ね」
(そこのスープに入ってる葉野菜も一枚欲しいですね。スープを買うついでに付けてもらってください)
「お姉さん、スープ一杯ください。あとその葉野菜も一枚欲しいんだけど」
「あらやだ、お姉さんだなんて。スープ一杯銅貨二枚ね。この葉で良ければ持っていきな。飲み終わったら器は返してね〜」
「はーい、ありがとう、お姉さん」
(次は昨日の宿屋に行ってください)とアルが言う。
(え? 宿屋? フィオナさんとの約束は夕方だぞ)
(いえ、用があるのは一階レストランの前に植えてある観葉植物です)
(はぁ?観葉植物?)
意味はよく分からないが、アルに任せた以上、逆らえずに宿屋一階のレストラン前へ。
(そこの今にも落ちそうな赤い実を一つ貰ってください)
(アル、この実って食べられるのか?)
(私が作られた世界でも、この実と同じ見た目のものは食べられていました。ヘタや葉にはお腹を壊す成分がありますが、実そのものには害はありません。むしろ、医者要らずと言われるほどの優れものです。シミにも効果テキメンですよ)
さらにアルは言葉を添える。
(それに、普通の人がダメでも、レイに実害はありません)
(えぇ?)
レイは思わず目を丸くした。
(いや、金貨まで食べた人が驚かないでください)
(それはアルが必要だからって言うからじゃないか)
(この実も必要と言うことです)
レイは半ば諦め、レストランの女性店員さんに声をかけた。
「すみません。この落ちそうな赤い実なんですけど、一個、もらえないでしょうか?」
「え? この実をですか? ……何に使うんです?」
店員が訝しげに眉を寄せた。
「ちょっと食べてみようかなと」
「えぇっ? いやいや、それはダメです。この実、観賞用なんですよ。食べたらお腹壊しますって!」
「そこを何とか……」
「無理ですって。毒があるのを知ってて譲ったなんて話になったら、うちの信用が吹っ飛びますよ。
絶対にお渡しできません」
「参ったな……」
レイが頭をかきながら困っていると、ちょうど二階の宿屋からフィオナとサラが降りてきた。
「あら、おはようございます」
「おはようニャ」
「あ、おはようございます。お二人とも」
軽く会釈を交わすと、フィオナが声をひそめるように聞いてきた。
「なんだか言い合っていたようだが、どうかしたのか?」
「おはようございます、お客様」
店員が頭を下げたあと、事情を説明する。
「実はですね、この方が赤い実を食べたいと仰るんですが……毒があるのでお譲りできないと、お断りしていたところなんです」
「ああ、そういうことか」
フィオナはうなずき、レイは小さく笑って言った。
「毒があるのはヘタと葉の部分だけで、実そのものは問題ないんです。ちゃんと下処理すれば、むしろ栄養価が高い野菜ですよ。“医者いらず”って呼ばれるくらいで、肌のシミにも効くって師匠…が言ってました」
「……何?」
「何ニャって?」
「え? 本当ですか?」
三人がいっせいに聞いてきた。
「え、オレ何か変なこと言いました?」
レイはきょとんとする。
「最後の部分が気になったのだが……」
フィオナが首をかしげる。
「毒があるのは実ではなく、ヘタと葉の部分……ですか?」
「いや、その後だ」
「“医者いらず”って呼ばれてる野菜ですか?」
「いや、もっと後だ」
「肌のシミに効くって……師匠が言ってた、ってところ?」
「それだ!」
「それニャ!」
「それです!」
(レイ、シミやシワ、肌の老化予防に効果的だと、追加してください)
「えっと、師匠は……シミやシワの予防、あと肌の老化にも効くって、言ってました」
「何!よし、食べよう!」
「食べるニャ!」
「すぐ食べましょう!」
いつの間にか、欲しがっていたのは自分だったはずなのに、状況が逆転していた。
(レイ、今がチャンスです。食べ方を説明して仲間に引き込んでください。
葉野菜、干し肉の薄切り、赤い実を横にスライスしてパンに挟みます)
三人が赤い実をうっとり見つめながら、
「この実が……」
「若返るニャ……」
「老化の予防に……」
とつぶやいている間に、レイはナイフで実をスライスしていた。
「アル、とりあえず切ったけど、種はどうすれば?」
(そのままで大丈夫です。パンに挟んで、がぶっとどうぞ)
言われた通り、レイはスライスした赤い実をパンに挟み、三人に向かって声をかけた。
「この実の食べ方の一例です。まずオレが毒がないことを証明します!」
そう言ってパンを口元に運ぼうとしたその時、背後から声が飛ぶ。
「おいおい、大丈夫か?」
「チャレンジャーだな!」
振り返ると、数人が立ち止まり、こちらを注目していた。一連の会話が、どうやら周囲に丸聞こえだったらしい。
「レイ殿……!」
フィオナも、いざ食べるとなると不安げな表情を浮かべている。
「では、いただきます」
覚悟を決めてかぶりついた瞬間——
「……うおぉ!なんだこの味のバランスは!肉の塩気と、この赤い実の酸味が絶妙に絡み合う!めちゃくちゃ美味い!」
思わず声が漏れたとたん、周囲の空気が一変する。
すると、レストランのコック帽をかぶった恰幅のいい男が近づき、パンをひょいと奪って一口。
「本当だ、うまい!酸味と塩気、甘味、シャキシャキの食感……すべてが重なり合って、完璧に調和してる!」
その一言をきっかけに、露店の人々が次々と動き出す。
「おいおい、どんな味なんだよ!オレも食いたくなってきた!」
「おーい、レタスと干し肉持ってきたぞ!」
「パン、誰かパンはある?」
いつの間にか、店員まで巻き込んで即席の試食会に。
(アル、ちょっと……収拾つかなくなってきたけど、大丈夫か?)
レイは心の中で問いかけつつ、パンの端をもう一口かじる。
(まあ、大丈夫です。解析しましたが、実に毒はありませんでした。これで町の名物になれば、皆が手軽に栄養を摂れるようになります)
アルは冷静そのものだ。
……というか、実のところ、この赤い実を欲しがった理由はただ一つ。レイの首筋のシミを根本から改善するためのリコピンのためだけだ。その他には、まったく興味はないアルだった。
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