第267話(重責を背負う者の席)
レイは重々しい表情でイーサンに尋ねた。
「イーサン、ダメ元で聞くんだけど、今日の晩餐会って、出なきゃダメなの?」
イーサンは控えめに頷き、説明した。
「レイ様が大聖者として新たにその地位についたため、今夜の晩餐会が開催されます。
大聖者の存在は守護者としての役割も担っているので、その祝賀や功績を讃える儀式的な意味合いがあります。
キャンセルすると、それが原因で騒ぎになります」
レイは肩を落とし、ため息をついた。
「はぁ…やっぱり逃げられないのか」
「はい、そうですね。大聖者としての責務ですから」
「でもさ、着ていくものなんて持ってないよ」
「それについては心配いりません。アレクシア様から、この衣装を着るようにと預かっています。
さらに、その上から大聖者のローブを羽織っていただければ良いとも言われています」
イーサンは手元の衣装を差し出しながら説明した。
「これ?…。なんだか、白すぎて、オレには似合わない気がするけど…」
「大丈夫です。アレクシア様が選んだものですし、きっとレイ様にお似合いです」
イーサンは微笑みながら、手際よく衣装を着せ始めた。
レイは大きくため息をつき、腕を通していった。
イーサンはシワを伸ばし、肩にローブを掛けていく。
「こうして見ると、しっかり大聖者らしく見えますね」
イーサンは誇らしげに言った。
「なんかこの服、物凄く真っ白だから晩餐会で汚しそうで怖いな…」
「確かに真っ白ですね。ですが、似合っていますよ。それより、普段お召しの服のほうが不思議です。
洗濯しようとしましたが、汚れが全くない。どうしてでしょう?」
レイは言葉に詰まり、曖昧に返した。
「ああ、それは…気にしなくていいから」
(エンチャントパイルのことは説明できないもんな)
(魔法の掛かった服で、ダンジョンの宝箱から出たと説明すれば?)
(なるほど…でも嘘っぽくないか?)
(嘘ではありません。ダンジョンから出たのは事実です。それを着せられたまま寝ていたのですから。
そして宇宙船という名の宝箱から出たという点も間違いありません)
レイはアルの言った言葉に苦笑しながらも、イーサンに向き直った。
「ああ、それは魔法がかかってて、昔ダンジョンの宝箱から出てきた服なんだ。だから汚れないんだよ」
イーサンは驚いた様子を見せたが、すぐに納得して頷いた。
「なるほど、そんな貴重なものだったのですね。さすが大聖者様です」
レイは内心で、無理やりだな…と思いつつ、ほっと胸をなで下ろした。
その時、ホテルの従業員が部屋をノックした。
「レイ様、玄関に馬車が到着いたしました」
教会が用意した専用の馬車で、側面には教会のシンボルマークが刻まれている豪華な馬車だった。
レイはイーサンと共に階段を下り、玄関へ向かった。
下の階に降りると、フィオナが正装で待っていた。
彼女はいつもよりきりっとした表情で控えめに微笑んでいる。
フィオナは少し緊張した様子で言った。
「ま、待っていたぞ、レイ。ちゃんと護衛するからな」
太腿に隠した短剣をちらりと見せようとしたが、レイが慌てて止めた。
「フィオナさん。わ、わかったから、大丈夫だから!」
フィオナは照れくさそうに微笑み、少し顔を赤らめていた。
二人は教会の馬車に乗り込み、ゆっくりと王宮へ向かって進んだ。
馬車の中は静かで、外の喧騒とは違い、心地よい揺れが二人を包んでいた。
レイは窓の外を見つめ、不安げな表情を浮かべた。
「イーサン、晩餐会ってオレはどうすれば良いの?」
イーサンは落ち着いた口調で答えた。
「レイ様、まずは王や主要な貴族の方々との挨拶から始まります。
大聖者として簡単な挨拶をしていただくだけで結構です。
その後は席に着き、食事が始まります。特別なことは必要ありません」
「挨拶か…なんだか頭が真っ白になりそうだ」
レイは緊張しながら自分を落ち着けるように言った。
「ご安心ください。アレクシアさんからも簡単な挨拶の内容を頂いています。
『皆様の支えに感謝し、これからも精進していく』という短い内容です」
隣のフィオナは真剣な表情で言った。
「私もちゃんと護衛するからな、レイ」
「大丈夫、ちゃんとわかってるから!」
再び短剣をちらりと見せようとしたがレイが止めた。
馬車は王宮の正門に近づいていった。
宮廷の周りには厳重な警備が敷かれ、華やかな夜の雰囲気が漂っている。
王宮の壮麗な建物が目の前に現れ、馬車は静かに門を通り抜けた。
中庭で馬車が停まり、レイは案内役に従って晩餐会の会場へ向かう。
立派な扉を抜けると、広々としたホールが目に入った。
レイはまず隣接する控え室のような場所に案内され、しばらく待つことになった。
ソファに腰を下ろし、深呼吸をしていると、扉が静かに開く。
公爵が姿を見せた。
「レイ殿、わしの甥っ子でこの国の国王を紹介しよう。
今は公式な場ではないから、気楽にしてくれ!」
公爵はにこやかに笑い、若い国王と王妃、さらに宰相と大司教を連れてきた。
国王は三十代と見られる若々しい男性で、気品に満ちた王妃と並んで立っている。
レイは若さに驚いたが、気を引き締め、王と王妃に四大神教の挨拶をした。
国王も同じ挨拶を返す。
「初めまして、大聖者レイ殿。あなたの功績は聞き及んでおります。
今日はゆっくりお話しできるのを楽しみにしておりました」
国王が温かい笑みで話しかけた。
「こ、こちらこそ、光栄です」
レイは丁寧に返答し、緊張を感じつつも落ち着こうと努めた。
宰相ベルノルト・エイデリンが一歩前に出て礼儀正しく言った。
「大聖者様、あなたのお力と知恵が今後もこの国に大いに役立つことを期待しております」
最後に四大神教会代表のデラサイス大司教が前に進み、教会の挨拶を無言で交わした。
控え室の空気は和やかだったが、レイは国の重要人物と対面していることに緊張していた。
そんな中、デラサイス大司教が優しい笑顔で口を開いた。
「レイ殿、まもなく晩餐会が始まります。国王陛下を筆頭に、貴族の方々が皆様をお迎えする準備が
整っています。私どもも一緒に入場いたしますので、安心してお進みください」
レイが頷くと、扉が静かに開き、晩餐会の入場が始まった。
晩餐会会場に厳かな雰囲気が漂う中、上座の扉が開いた。
最初に入ってきたのはアルヴィオン・イシリア国王だった。
堂々とした歩き方で、周囲の視線を一身に集めながら、会場の中心へ進む。
隣には優雅で気品に満ちた王妃が静かに寄り添っている。
続いて王族を支える公爵が威厳ある佇まいで進むと、会場の空気が引き締まった。
その後、国政を掌握する宰相ベルノルト・エイデリンが入場し、教会の最高権威デラサイス大司教が
神聖な雰囲気をまとって姿を見せた。
最後に、大聖者レイが護衛のフィオナと共に入場した。
レイは注目を浴びて緊張していたが、肩の力を抜くように意識し静かに歩く。
フィオナは少し後ろを歩き、冷静な表情で彼を護衛した。
それぞれが定位置に着き、王族、貴族、教会の要職者が席に着いた。
レイは大聖者として王や高位の貴族と同じ中央席に案内され、フィオナが隣に座る。
イーサンは目立たない位置で控え、いつでもサポートできるように待機した。
全員が席に着くと、会場の視線がレイに集中した。
彼が挨拶をする瞬間だった。
レイは喉を鳴らし、深呼吸して心を落ち着ける。
そして立ち上がると、声を出した。
「四大神のご加護のもと、このような貴重な場を与えていただき、心より感謝いたします。
大聖者を務めております、レイと申します。
まだまだ力不足ではありますが、神々の導きと、皆様のお力添えのおかげでここまで来られました。
これからも精一杯努めてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
言葉は簡潔ながら、若さを感じさせつつ、礼儀をわきまえた落ち着いた語り口だった。
レイが一礼して席へ戻ると、会場は一瞬だけ静まり返る。
次の瞬間、あちこちから拍手が広がり、やがて大きな波のように場内を包んでいった。
王や貴族たちも穏やかな笑みを浮かべている。
堅苦しい雰囲気が少しやわらぎ、ようやく晩餐会が始まった。
まもなく料理が運ばれてきた。
白い皿に盛りつけられた料理はどれも手が込んでいて、金細工のカトラリーがきらりと光る。
ふわりと立ち上る香ばしい匂いに、緊張していた空気も自然とほぐれていく。
レイもひと息つき、そっとナイフとフォークに手を伸ばした。
フィオナがそっと声をかけた。
「立派な挨拶だったな。いつの間にあんな堂々とした挨拶ができるようになったんだ?」
「いや、なんとなく浮かんだ言葉で話しただけです。でもちゃんと伝わったならよかった」
「ちゃんと伝わってたぞ。少なくとも私は感動した。皆も同じだろう」
「フィオナさんにそう言われると心強いです」
レイの挨拶が響く中、会場の隅でひとり、静かに視線を動かす宮廷魔導士がいた。
彼女の目は、大聖者の姿にかつて失った息子の面影を重ねて離せずにいた。
「……レイ……?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。
⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直なご感想を残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、ぜひよろしくお願いいたします。