第264話(男爵の申し出)
酔いがまわって寝てしまった仲間たちを、レイはアルに頼んで順番に起こしていった。
アルコールは魔力でほどよく分解、みんなほろ酔い状態に戻っていた。
「みんな、ボルグルが来てるよ」
声をかけると、フィオナたちはゆっくり目を開け、懐かしい顔ぶれに
「うわっ、本物!?」「生きてた!」と歓声を上げた。
飲食代はパーティ資金から支払われた。
「資金は増える一方だし、これくらい使った方が健全だ」
とフィオナがさらりと言い、レイは内心、ホッと胸を撫で下ろした。
少し場が落ち着いたところで、サラがボルグルに興味津々でたずねた。
「ねえボルグル、最近は何してるニャ?」
「最近はのう、工房にこもって船を作ってるんじゃ。じゃが、どうにもスピードが出なくて困っておるんだわい」
リリーが乗ってきた。
「え、船も作れるの?すごい!」
「おう、そこの港に停まっとった外輪船、あれもワシが手がけたやつじゃよ。
ちと自慢の品じゃが、スピードだけが課題でのう…なかなか思うようにいかんわい」
「えっ、あれってボルグルさん作だったんですか?」
と、レイは驚いたように言った。
「そうじゃ。もうちょい速けりゃ完璧なんじゃがな」
その話を聞きながら、レイは心の中でアルに語りかける。
(アル、船ってもっと速くできない?)
(蒸気タービンを使えば、効率はずっと上がります)
(たーびん?)
(蒸気で細かい羽根を回して回転を生み出す仕組みです。
その回転で、外に付けた“ねじ”のような羽根――スクリュー――を動かせば、
水を押して船を進ませられます)
(ねじを……回して水を押す?)
(レイ、プロジェクションを使って図解します)
アルが視界に投影してくれた映像を見ながら、レイは頭の中で仕組みを整理していった。
「えっと……今の外輪って、水を叩いてる感じですよね?
でもこの方法なら、筒の中で細かい羽根を蒸気で勢いよく回して、
その回転で“ねじのような羽根”をぐるぐる回せるんです。
そいつが水の中で回ると、水を後ろに押し出して、船が前に進むってわけです」
ボルグルは腕を組んでしばらく唸っていたが、やがて目を見開いて言った。
「なるほど、その“ねじ羽根”が水を押すわけか!
たしかに、外輪でバシャバシャするより無駄が少なそうじゃな!
それに、回転軸が通ってりゃ、蒸気の力を直接伝えられる――こいつは面白い!
試してみる価値はありそうじゃわい!」
そこからボルグルは、さらに熱っぽく語り始めた。
「今は魔石を燃焼室に置いて蒸気を作っとるんじゃが、外輪よりねじ羽根の方が効率ええかもしれんのぅ。
それに、高温に耐える油を触媒に使えば、もっと出力を上げられるかもしれん。
オーク油とか、ミノタウルス油とか……ふむ、実験する価値は十分あるぞ!」
技術の話に夢中になって目を輝かせるボルグルを見て、レイはふっと肩の力を抜いた。
アルのアイデアが役に立ったんだ――そう思うと、少しだけ誇らしかった。
「よっしゃ!さっそく試作に取りかかるぞい。おいプリクエル!いくぞ!船のいい案を思いついたんじゃい!」と元気に工房へ戻っていくボルグルを見送りながら、レイは小声で尋ねた。
「本当に、船ってもっと速くなるの?」
(ええ。エンジンがあるなら、次はタービンの時代です)と、アルは自信たっぷりだった。
レイは、よく分からないまま「へえ」と頷いた。
でも、彼がこの船の完成によって、ある“探し物”をしやすくなるのだが、それは先の話。
***
その夜、宿に戻ったレイは、玄関先でイーサンに呼び止められた。
「レイ様、少しお話が…」
「どうかしたの?」
イーサンは眉をひそめる。
「先ほど、ガメイツ男爵という方が面会を希望されていました。
公都から同行してきた方ですが、ちょっと怪しい雰囲気がありまして…
家令の方が来たのですが、念のためお断りしておきました」
レイは一瞬驚いたが、
「ああ、昨日の食事会にいた人でしょ?一緒にここまで来たんだから、さすがに門前払いはまずいよ」
「……そうですか」
「挨拶くらいなら、いいと思うよ。部屋は、どこ?」
イーサンに部屋番号を聞いたレイは、指定された部屋の前まで向かい、ノックした。
しばらくしてドアが開き、ガメイツ男爵が満面の笑みで出迎えた。
「おお、これは大聖者様ではありませんか!よく来てくれた…くださいました。ささ、中へどうぞ!」
レイは少しだけ警戒しながらも、礼儀として部屋に入った。
だが、その瞬間、思わず息をのむ。
テーブルにもソファにも、男爵が持ち込んだと思われる金刺繍のクロスやカバーが掛けられていた。
ここは一泊の宿なのに、部屋の中は派手すぎて居心地が悪い。強い香りも漂い、どこか落ち着かなかった。
「いや〜、来ていただき感謝ですな。実はちょっとしたお願いがありましてね…というか、提案というか…」
「お願い、ですか?」
「うむ。あなたの将来を考えてのことなのですが…わたくしの家の養子になっていただきたいのです。
私の家は由緒ある名門でして、貴族社会でも大きな影響力を持っております。
あなたの立場にとっても、大いにプラスになるはずですぞ」
急な申し出に、レイは目を見開いた。
「養子…?えっと、それって今ここで決めるような話じゃないですよね…」
「もちろん、もちろん。急にすぎたかもしれませんが…これはお互いにとって非常に有益な話なのです。
私はあなたを後継者として迎え、最高の環境と支援を約束しますし、あなたの地位向上のために力を
惜しみません」
「えーと…ちょっと、そういうのは…」
レイがやんわり断ろうとしたその時も、男爵の勢いは止まらなかった。
「なにも今すぐ決断せよとは言いません。ただ、少し考えていただきたい。
我が家の影響力は王国全体に及びます。あなたの未来を盤石なものにするには、後ろ盾が必要ですからな」
レイは内心で(ああ、イーサンが言ってた通りだ…)とうんざりしながら、なんとか一言。
「考えておきます」
「うむ、ぜひ!あなたのため、我が家のため…これは非常に重要な話なのですぞ!」
部屋を出て廊下に戻ったレイは、ようやくため息をついた。
「やっぱり、イーサンの判断は正しかった…すっごい胡散臭い…」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。
⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直なご感想を残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、ぜひよろしくお願いいたします。