第263話(酒は飲んでも呑まれるな)
宿屋のすぐ隣に「ドゥーリンの酒場」があるなんて、まったくの偶然だった。
レイたちは「それなら幸い」と、チェックインを済ませてすぐ向かうことにした。
「こんなに早く来たら、びっくりするかな?」
レイがちょっと不安そうに言うと、フィオナが笑って返した。
「さぁな。もう二ヶ月も経ってるし、意外と驚くんじゃないか?」
「この里に来て素通りしたら、確実に文句言われるわね」
セリアが笑い、サラが続ける。
「せっかく遊びに来てやったのニャ」
みんなで笑い合いながら、店へと足を踏み入れた。
中に入ると、周囲の視線が一斉にフィオナへ向いた。
どうやら、ハーフエルフはこの里でもかなり珍しいらしい。
レイは少し気まずそうに店主らしき男に声をかけた。
「すみません、ボルグルさんに会いたいんですが…」
店主は一瞬驚いたが、すぐににやりと笑った。
「ボルグルか。夜には来ると思うが、今は工房にこもってるだろうな。
まぁ、座って待ってな。ヤツの客なら歓迎するぞ」
そう言って、彼はレイたちを席に案内した。
しばらくすると、大きな樽が運ばれてきた。
「ボルグルが言ってた。ハーフエルフと獣人を連れた客が来たら、これを出せってな」
そう言って置かれた樽には、しっかりと“ボルグル”の名が刻まれていた。
「これ、火酒じゃない?」
リリーが尋ねると、店主は胸を張った。
「そうだ。うちで一番強い酒だ」
「つまみは?」とレイが聞くと、
「炭火焼きチーズと、ホットペッパーの肉詰めが人気だな」
レイたちは素直にそれを頼むことにした。
そこへ隣の席のドワーフが声をかけてきた。
「ボルグルの知り合いか?」
「ええ、そうです」とレイが答えると、すかさず返ってきた。
「それなら飲まねばなるまい!」
ドワーフは勢いよくグラスに酒を注ぎ、レイの前に置いた。
「ど、どうしよう…」
戸惑うレイに、ドワーフの表情が少しずつ険しくなっていく。
これはまずい、と判断したレイは意を決して一気に飲み干した。
(アル、アルコール分解は?)
(どうします? 酔わないように? それとも少し酔ったフリを?)
(じゃあ…ほろ酔いで)
レイはそう指示を出したが、それが地獄の始まりだった。
最初はおずおずと飲んでいたレイだったが、酔いが回ってくるとテンションが上がってきた。
「全然平気です!」
と笑いながら飲み干すレイに、隣のドワーフは大喜びでどんどん酒を注ぐ。
「レイ、大丈夫?」とセリアが声をかけるも、
「大丈夫ですって! さぁ、サラさん、乾杯!」
「少年、なかなかやるニャ!」
グラスを掲げるサラ。すでに宴モードである。
気づけば、ボルグル印の酒樽は空っぽになっていた。
「おかわり持ってきてー!」と叫ぶレイ。
「いいニャ、それでこそドワーフの酒場ニャ!」とサラもご機嫌。
フィオナは呆れ顔で、「本当に大丈夫か…?」とつぶやき、リリーも苦笑する。
だが、レイとサラがあまりに楽しそうなので、ついに彼女たちも杯を手にした。
「まぁ、たまにはこういうのもいいか」
乾杯が重なり、店内はどんどん賑やかに。
「次はこっちも行くぞー!」
隣のドワーフが叫び、さらに大きな酒樽が運び込まれた。
完全に宴会である。
やがてボルグルが現れる頃には、リリー、フィオナ、セリア、サラ、店中のドワーフたちが酔い潰れていた。
ただひとり、レイだけがまだ元気にグラスを傾けていた。
「おい、ボルグルよ。あの人間……本当に人間か?」
店主がぽかんとしながらボルグルに言った。
「他は全滅なのに、こいつだけ平然と飲んでるぞ」
ボルグルはレイの姿を見て苦笑する。
「まさかレイが、こんなに酒に強いとはのぅ」
レイは笑顔でボルグルに手を振った。
「ボルグルさん、遅いよ! 一緒に飲もう!」
「お前さん、この店、高いんじゃぞ?」
苦笑いするボルグルに、レイはふと不安になる。
「……いくらですか?」
店主はしばらく腕を組んで考え、ニヤリと笑った。
「んー、金貨三十枚ってとこか?」
その瞬間、レイのほろ酔い気分が一気に吹き飛んだのだった。
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