第262話(スチームパンクな里)
次の日、レイたちは王都への出発を控えていたが、予定では二日かけて行くことになっていた。
「イーサン、シルバーなら一日で王都まで行けるんだけど、なんで二日かけるんだ?」とレイが疑問を口にした。
「はい、レイ様。実は、王都に向かうのは我々だけではなく、昨日公都にいた方々も一緒に
移動することになっております」
「そうなの?先に行っちゃったらまずい?」
「護衛もいますし、先行されるとその方々が困るかと」
「レイ、早く行けば行ったで、周りに迷惑をかけるかもしれないから、ここは合わせておいた方が良いだろう」
フィオナが穏やかに言った。
セリアも続けた。
「そうよ、それに途中でドワーフの里に寄るみたいだし、ボルグルに会えるかもしれないわ」
「そうニャ、ドワーフ料理が楽しみニャ!」
サラが興奮気味に応じた。
出発の準備が整った頃、公爵がレイのところにやってきた。目の前に立つのは、レイの伝説の馬、シルバーだ。
「これが伝説の馬か!素晴らしいな…まさに噂に聞く通りだ」
公爵はシルバーに感心し、近づいてその滑らかな体を眺める。
「本当に美しい馬ですね、そしてその力強さも感じられる…」
公爵の言葉に続いて、周囲の騎士たちも興味深そうにシルバーを見つめていた。
金属製の馬車にも視線を注ぐ者が多く、頑丈な造りと異彩を放つデザインに驚いていた。
「さすが大聖者殿の持ち物だ…どこか神秘的な輝きさえ感じますね」
一人の騎士が呟き、他の者たちも頷きながらそれに同意していた。
隊列が整い始めると、公爵の乗る馬車や、ファルコナー伯爵や他の貴族たちの馬車が次々と並び、
全体で何台かの馬車が連なる。そのほぼ真ん中に、レイの馬車が配置された。
周囲には騎士団や雇われた冒険者たちが馬に乗って護衛し、王都への道を守るようにして進んでいく。
馬車が出発し、レイはフィオナとセリアに挟まれて真ん中に座っていた。
両端が空いているのに、二人は妙にレイにくっついて座っている。
対面にはリリーとサラが座っており、御者席はイーサンが担当していた。
「これ、なんか狭くないですか?」
レイが不思議そうに声を上げると、セリアがにっこり笑って答えた。
「いや、大丈夫よ」
フィオナも続けてうなずく。
「うむ、まったく問題ない」
とはいえ、二人とも妙に端の方に寄っている。
「フィオナさんもセリアさんも、なんでそんなに端を開けてるんですか?」
レイが疑問をぶつけると、フィオナはあっさりと答えた。
「まあ、冬だからな」
セリアも「そうね、こうしてた方があったかいし」と自然に返してくる。
レイは少し考え込みながら、窮屈そうに体を動かした。
「でも、三人だと狭いし……オレ、屋根に上がりましょうか?」
その言葉に、セリアが間髪入れずに反応した。
「大聖者が屋根に上がったら格好がつかないでしょ」
すかさずフィオナも続く。
「レイ、そんなことさせられるわけがない。あなたがこの馬車にいることが、私たちにとって
どれだけ安心できるか、わかってるのか?」
サラもちゃっかり口を挟む。
「大変だニャ、少年。でも二人の気持ちもわかってやるニャ!」
リリーもくすっと笑いながら言った。
「そうね、二ヶ月間、フィオナとセリアはずっとあなたに会いたがってたから、
その気持ちを汲んであげなきゃ」
レイは少し目を伏せる。
「でも……大聖者の試練で外とは隔離されてましたから、連絡も取れなかったんですよ…」
フィオナは肩をすくめながら、落ち着いた声で言った。
「わかってる。でも、それでも心配してたんだ」
セリアも頷きながら続ける。
「そうよ。会えない間、いろいろ想像しちゃって……ちゃんと無事でいるのか気が気じゃなかったんだから」
その言葉に、レイは少し反省した表情になり、真剣な声で答えた。
「そうですね。確かに、自分だって誰かが二ヶ月も音沙汰なかったら心配しますよね……
オレが間違ってました。ごめんなさい」
フィオナは穏やかな笑みを見せた。
「気にしないでくれ。無事に戻ってきたんだから、それが一番だ」
セリアも微笑みながら同意する。
「そうそう。ちゃんと帰ってきたんだから、それでいいのよ」
隊列は整然と王都へ向かって進んでいた。
雄大な景色の中、護衛隊が規律正しく周囲を囲み、その動きは無駄がない。
やがて、ドワーフの里に近づくにつれて、行軍のスピードが少しずつ緩やかになっていった。
その里は、遠くにそびえる山の麓に広がっている。
立ちのぼる蒸気に包まれたその姿が、次第にはっきりと見えてきた。
「うわ…すごいな。ここがドワーフの里か。完全にカラクリ仕掛けの街だな」
レイは思わず声を漏らしながら、馬車の窓から外を眺めた。
村は石造りと金属の建物に囲まれ、煙突から白煙が絶え間なく立ち上る。
空へと揺らめく蒸気の中、あたりには低く響くような唸り音が漂っていた。
通りの両側には、頑丈な石と金属で組まれた家々が並び、その前にはさまざまな機械装置が置かれている。
歯車やパイプが複雑に繋がり、無骨ながらも緻密な設計が目を引いた。
その構造はどこか古めかしいのに、妙に未来の技術を思わせる。
地面からは鋼鉄のパイプが幾重にも伸びており、道端では「プシューッ」と蒸気が勢いよく噴き出していた。
人々はその蒸気を器用に避けながら、慌ただしく行き交っている。
このドワーフの里は、鍛冶の街シルバーホルムとよく比較されるが、得意分野はまったく異なる。
シルバーホルムが日用品や一部の武器に特化しているのに対し、ここは精密なカラクリ仕掛けや
大型の機械装置が主力だ。
この村の職人たちは、鍋やフライパンより歯車とピストンに夢中だ。
そのせいか、生活用品の扱いは弱く、鍋を買うためだけに王都まで足を運ぶドワーフも珍しくない。
もちろん武器職人もいるにはいるが、少数派でしかない。
この里にとっての本領は、やはり大型機械の設計・製造・保守にある。
その分野に誇りを持ち、日々腕を磨いているのだ。
広い工房には職人たちが集まり、複雑な歯車を組み上げ、巨大なカラクリを稼働させてみせる。
その技術力の高さは、他のどの地域とも一線を画している。
だからこそ、こんな言葉が生まれた。
「鍛冶を極めたいならシルバーホルム。機械とカラクリを学びたいならドワーフの里だ」
そんな機械仕掛けの村に、レイたちは一泊することになった。
偶然にも、公爵グラフィアが普段利用している宿がこの村にあり、そこに泊まる手配が取られていたのだ。
石材で作られた、見るからに立派な宿だった。
そして、その宿屋のすぐ隣には――
ボルグルが言っていた「ドゥーリンの酒場」があったのだった。
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