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第261話(揺らぐ平和)

船が港に着くと、レイはイーサンに引っ張られるようにして、純白に金糸の入った豪華なローブを

身につけさせられた。


そのまま盛大な歓迎式典に臨むことになり、港には人々の歓声が響いていた。


イーサンから手渡された挨拶用のメモを、レイは半ば必死に丸暗記し、その場をなんとか乗り切った。

次に向かったのは、公都にある教会。そこで感謝の祈りを捧げる流れになった。


祈り自体は、孤児院で慣れ親しんだ形式のもので特に問題はなかったが――

その後に待っていたのは、公都の代表者との食事会だった。


その代表者というのが、この地の領主であり、現国王の叔父でもある人物。

グラフィア・イシリア公爵である。


公爵との会食となれば、さすがに緊張せずにはいられなかった。

レイはすっかりガチガチになってしまい、会話の中身もあまり覚えていなかった。


しかし、面会が終わる頃には――


「いやぁ、君は面白いな!」

そう言って、公爵がレイの肩をバンバンと叩いてきたのだ。


思っていた以上に、親しげな雰囲気になっていた。


会場を後にし、レイは困ったような顔でつぶやく。


「アル……自虐ネタ、完全にやりすぎたよな? まさかあの公爵が、あんなにフランクになるなんて……」


アルの声が、冷静に返してくる。


(公爵が特に反応したのは、シスター・ラウラに叱られた話です。

 夜にこっそりお菓子を食べて、見つかったときのエピソード――

 『お前は神の目から逃げられん!』という叱責が、大聖者となった今のあなたとの対比になって、

 彼のユーモア感覚に刺さったのでしょう)


「その話……広まらないよな?」

レイは思わず頭を抱える。


(どうでしょう。公爵は『大聖者でも逃げられなかったか!』と笑っておられましたから。

 良いエピソードとして誰かに話すつもりかもしれませんね)


「シスターに聞かれたら完全にアウトだって……やばいって……!」


(もう過ぎたことです。気にしても仕方ありませんよ、レイ)


と、そんな“やらかし”のあったイシリア到着初日だったが、実はこの日、もう一つ重要な予定が残っていた。


夕食会には、ファルコナー伯爵も参加しており、会の終わり際に「少しお話したい」と

レイたちに伝えてきたのだ。


夕食後、レイとリリーは伯爵のゲストルームへと向かった。


公爵主催の食事会では顔を合わせただけだったが、ここでようやく三人が落ち着いて話せる機会が訪れた。


「食事会ではご挨拶だけでしたが、こうしてお時間をいただけて光栄です」

リリーが丁寧に一礼する。


「こちらこそ。改めてお話できることを嬉しく思う」

ファルコナー伯爵も静かにうなずいた。


「今日はお時間ありがとうございます」

レイも軽く頭を下げた。


だが、伯爵の表情はすぐに真剣なものへと変わり、部屋の温かな雰囲気とは裏腹に、

どこか重苦しい空気が漂い始めた。


ファルコナー伯爵が手にしていた古い手帳を静かにテーブルに置くと、低く重い声で話を始めた。


「実はドクタークラウスの屋敷の中から十三年前の古い手帳が出てきたんだが、

そこにはリンド村への魔物による襲撃が計画されていたことが記されている。

そして、リンド村とは聖者殿が滞在していた村ではないか?」


レイの表情が一瞬で曇り、手元に目を落とした。


レイはその手帳に目を向けた。ページは黄ばんでおり、長年使われてきた形跡がある。

伯爵は慎重にページをめくり、ある箇所を指差した。


「ここに記されているのは、帝国訛りの商人がクラウスに依頼した内容だ。

 魔物を使ってリンド村を襲撃し、できれば子供を生け捕りにするよう書かれている。

 商人の名前はマルコムだと分かっているが、それ以上の素性は掴めなかった。

 彼の名前以外、特定できる情報は記されていない」


伯爵の指示した箇所には、襲撃計画の詳細が生々しく綴られていた。

どの時間帯に襲うか、どのルートを使って魔物を潜入させるか、そして村を恐怖に陥れる計画が

細かく書かれている。


その言葉に、レイの心臓は一瞬止まったかのように感じた。

リンド村…。自分が居た村が襲われた日を鮮明に思い出した。

養祖父母がその犠牲となり、自分だけがかろうじて生き延びた、あの日の悪夢。


レイは拳を握りしめ、声が震えていた。


「…その商人、マルコムという男が犯人なんですね?」


伯爵は静かに頷きながら答えた。


「ああ、そうだ。だが、それ以上の情報は乏しい。手帳には彼の名前以外、特に目立つものは記されていない。

 我々も調査を続けているが、手がかりは少ない。」


レイの胸に込み上げてきた感情は怒りと悲しみで混ざり合っていた。

あの日のことが脳裏に浮かび、再びあの悪夢が現実に蘇る。

レイは深く息を吸い込み、必死に感情を抑え込もうとしたが、その抑制は一瞬で限界を迎えそうだった。


すると、レイの頭の中で、冷静なアルの声が響いた。


(レイ、今は感情に流されないようにしましょう。あなたが冷静でいられるよう、少しだけサポートします)


レイは胸の中に微かな安堵を感じた。アルが介入し、感情の波を抑えてくれていたのだ。

レイは一息つき、少しだけ平静を取り戻した。


「…あの時の苦しみを、奴に味わわせてやる。必ず見つけ出して、正義を下してやる」

レイは冷静を装いながらも、怒りを抑えた声で誓った。


その言葉を聞き、リリーも黙っていられなかった。

「それと、もう一人。黒いローブを着た男については何も書かれていませんか?」


ファルコナー伯爵は手帳を再び確認し、首を振った。

「いや、黒いローブの男についての記述はない」


リリーは少し悔しそうに唇を噛みしめ、呟いた。

「そうですか…もしかしたらあの黒いローブの男もリンド村の襲撃に関わっていたんじゃないかと

 思ったんですが…」


ファルコナー伯爵は再度手帳に目を落とし、静かに答えた。


「確かに、帝国に繋がりがあるかもしれないが、時期も違うし、今のところは何とも言えないな。

 情報が足りなすぎる」


「そうですか…」とリリーは肩を落とし、悔しそうな表情を浮かべた。


伯爵はレイに向き直り、意を決したように口を開いた。


「この襲撃事件は明らかに子供を狙っていた。

 そこで、過去の記録も調べたんだが、レイ殿には、その…何か心当たりはないだろうか?」


レイは、すぐに首を振った。

「わかりません。覚えていることはほとんどないんです…」


伯爵は微笑みを浮かべて、

「いや、当時はまだ五歳だったんだから、心当たりが分かるとは思っていなかったし、気にせんでくれ」

と優しく言葉をかけた。


伯爵は重々しい口調で話を続けた。


「この事件の動機はまだ不明だが、少なくとも帝国の人間が関与していることは明らかだ。

 そして、これは別件だが、帝国が小国家連合を見限り、逆に侵攻を仕掛ける可能性が浮上しているという

 話もある。大聖者になったレイ殿にもいずれ情報が入るとは思ったが、先にお知らせしておこうと思ってな」


リリーが鋭い視線を伯爵に向けた。

「それって、例の魔物使役薬が使われる可能性が出てきたってことですか?」


伯爵は一瞬、深く考えるように視線を落とし、ゆっくりと頷いた。


「そうだ。その可能性は十分にある。

 帝国がその薬を手にしている以上、戦局を一変させるために使うかもしれん」


リリーは思わず息を飲んだ。


「そんな…」


「ただ、王国は小国家連合と停戦しているとはいえ、小国家連合も敵国だ。仮に小国家連合と

 帝国の争いが起きても、王国軍は動かないだろう。現時点では、王国としても戦に巻き込まれることは

 避けたいというのが本音だろうしな」と伯爵は静かに続けた。


「でも、もし帝国が魔物使役薬を使ってきたら、小国家連合だけじゃなく王国にも影響が出ますよね。

 傍観している場合じゃないと思いますが…」


「その通りだ。しかし、王国としてはまだ動く決断を下せる状況にない。

 現状は、砦に駐屯しながら事態を見守っている。だが、もし事態が悪化すれば、我々も動かざるを

 得なくなるだろう」と伯爵は重々しい口調で答えた。


「このことは一応、他言無用で頼む。軍とごく一部の者しか知らない情報だ。

 大聖者になられたレイ殿だからこそ、お知らせしたまでだ」


慎重に言葉を選びながら伯爵は深く頷いた。


レイとリリーは少し驚いた表情で、静かに頷いたのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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今後の作品作りの参考になりますので、ぜひよろしくお願いいたします。


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