第26話（気功術と言うことに…）
レイは、フィオナとサラが泊まっている宿屋に寄った。
二人の宿は、レイの泊まっている寝るだけの部屋とは対照的に、快適さと便利さを兼ね備えた場所だった。
一階にはレンガの壁に赤い実をつけた観葉植物が映える温かみのあるレストランがあり、客たちが楽しげに食事を楽しんでいる。
レストランの雰囲気は、さっきの店とは異なり、どこか家庭的で温かみがある。
地元の野菜をふんだんに使った煮込み料理や特製ワインが自慢とのことだ。大広場に面して建つだけあって、豪華さも兼ね備えている。
二人が宿泊している部屋は広々としていて、二人用のベッドがそれぞれ配置されている。
部屋には小さな応接セットも置いてあった。
さらに、バスルームも完備されていて、湯浴みができるのが良さそうだ。
一方、レイが泊まっている宿は、まさに『寝るだけの部屋』シンプルなベッドが一つ置かれているだけで、部屋は狭く、装飾も最低限だ。風呂はないので、井戸で水浴びするか、桶でお湯を買うしかない。
食事は外で済ませる必要がある。とはいえ、寝るためだけの場所としては十分なスペースで、一泊銅貨十枚と安価な宿泊費が魅力だ。
フィオナたちの宿に比べると、レイの宿は簡素だが、彼にとっては必要最低限の休息が得られる場所だった。
それでも、二人の宿の快適さを見ると、少し羨ましさを感じずにはいられなかった。
レイは女性の泊まってる部屋にきた居心地の悪さを誤魔化すように言った。
「ここの宿屋ってバスルームもあるんですね。羨ましいです」
「女が二人なのでな。外で水浴びすると色々と騒ぎになるので、バスルーム付きの部屋にしている」
淡々と返すフィオナ。
さて、なぜか上手い具合に進んでしまった。気功術という名の、ナノボットによる腱接合手術である。
しかも、フィオナに触れるのも可能になったため、ナノボットの行き来はスムーズに行えるようになった。
フィオナに内緒というわけにはいかなくなったが、気功術でごまかせるなら問題なし。
あとは何日を使って完治まで持っていくかである。
「フィオナさん、サラさん、この町には何時くらいまで滞在する予定だったんですか？」
フィオナは少し考えてから答えた。
「私たちは冒険者として各町を移動しているんだが、移動した町で人探しも行っているんだ。
なので聞き込みをしたり、路銀が足らなければクエストを受けたりしているので、この町の規模だと半月くらいは滞在することになると思う」
「そうですか。怪我によっても、人によっても完治まで差が出ると思うんです。その差は、今の状態ではなんとも言えません。やってみて判断するしかないですね」
「ふむ、時間がかかるようなら滞在を延ばすのも構わないが、まずは半月ということでどうだろう？」
「分かりました。それまでには終わるように頑張ってみます。
では、患部が見えるようにして、うつ伏せに寝てください」
とレイは指示を出した。
レイは心の中でアルに語りかける。
（アル、聞こえるか？フィオナさんの方は準備完了だよ。どうしようか？）
（まずは効果が確認できるくらい傷を修復しましょう）
レイはフィオナに触れる際、魔力を少しだけ放出しながら気功術の演出をしようとした。
（アル、魔力で傷を癒しているように見せかけるから、その間にナノボットを患部から侵入させて）
（分かりました。ナノボットは常駐させて、安静時は痛みが出ないように調整します。ただし、動いたときだけ筋肉が引き攣れるような感覚を、明日まで残しておきます。そのほうが“効いている”実感が出ます）
フィオナはスカートの腰部分にタオルを巻き、傷口だけが見えるように整えた。
ポーションで出血は止まっているが、まだ傷跡は痛々しい。
「では、始めます」
レイは患部に意識を向け、魔力を流しながら治癒の演出に集中した。
ナノボットの制御はアルに任せているが、フィオナの体が余計な反応を起こさないよう、細心の注意を払って魔力の流れを整えていく。
（ナノボット、右手に移動完了。魔力、放出開始）
フィオナが小さく「ん？」と首をかしげる。
（患部に触れました。カウントをお願いします）
レイは心の中でゆっくり数えはじめる。
それに合わせて、アルが実況するように呟いた。
「いーち」
（ナノボット、移動開始）
「にー」
（患部に到達。診断を開始）
「さーん」
（痛みの信号を遮断。修復準備完了）
「しー」
（最も損傷の大きい箇所を優先処理中）
「ごー」
（痛みを抑制。以降、自然な治癒速度に合わせて処置を継続）
レイは静かに手を離すと、穏やかに声をかけた。
「フィオナさん、一回目の気功手当は終わりました。具合はどうですか？」
フィオナは脚をそっと動かしてみる。
「……今は、全く痛くない！」
目を見開き、驚きの声を上げた。だが、もう一度動かすと表情が曇る。
「うーん、動かすとちょっと痛みが出るな。それと違和感がある。何か……引っ張られる感じ？」
「施術前と比べて、痛みの方は？」
「うむ、痛みはだいぶ楽になった。……こんなに違うものなんだな。これなら、本当に希望が持てそうだ」
そう言って、フィオナはほっと微笑んだ。
一方、サラは肩をすくめる。
「もう終わったニャ？もっと時間かかると思ってたニャ」
そして、半分冗談めかして付け加えた。
「合理的に触れるチャンスを、みすみす逃すとは何事ニャ」
レイは困ったように笑った。
「あまり長くやっても、効果は変わらないですからね」
すると、フィオナは涙ぐみながら頭を下げた。
「ありがとう、レイ殿……。もし治らなかったらと思うと、本当に怖かった。しかも命の恩人でもあるのに……。こんなに良くしてもらえるなんて、どうお礼していいか分からないくらいだ。本当に、最高の高位神官だ」
「こういう時は、ハンカチの一つも渡すニャ」
サラが気を利かせる。
レイは急いでハンカチを差し出した。
フィオナは「ありがとう」と受け取り、途端に顔を真っ赤に染める。
それが酒のせいではないことは、誰の目にも明らかだった。
レイはその様子に居心地の悪さを覚え、慌てて話題をそらすように、明日の時間を決めた。
「じゃあ、明日も今日と同じくらいに。夕方の鐘が鳴ったら、こちらに向かいます。
たぶんもう動いても大丈夫だとは思いますけど……無理に走ったりしないでくださいね」
フィオナは、真っ赤な顔のままうなずいた。
「了解した……」
その小さな声を聞きながら、レイは二人に軽く手を振り、宿を後にした。
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