第258話(五代目大聖者)
レイが泉から戻ると、その知らせは瞬く間にアルディア中に広まった。
彼が携えていた瓶には、確かに聖なる泉の水が入っていた。それは巡礼の完遂を証明する、疑いようのない証だった。神官たちは中身を確認し、すぐに巡礼の成功を正式に認定した。
「……これで、すべての試練が終わった」
レイはそうつぶやき、安堵の息を漏らした。
神官たちは彼を一室に案内し、休息の場を与えた。整えられた寝具と静けさに包まれながら、レイはようやく肩の荷が下りたように感じた。
試練のひとつひとつを思い返しながら、深く息を吸い込む。そして目を閉じた。
その静寂の中、アルが優しく語りかけてくる。
(レイ、お疲れさまでした)
(ありがとう、アル。君のおかげだよ)
(私も素材が手に入りました)
(でも……あれだけ探しても、転移場所は見つからなかったな)
(それは仕方ありません。泉の周辺は十分に調査しました。あれ以上は時間がかかるばかりでしょう)
(……また謎が増えちゃったな)
(さぁ、久々のベッドです。今日はゆっくりお休みください)
レイはベッドに身を沈め、ようやく訪れた安らぎに身を預けた。
*
一方その頃、枢機卿たちは聖なる泉への巡礼があまりに早く終わったことに驚き、教会内は一時
騒然となっていた。
正式な検査の結果、持ち帰られた聖水が確かに本物であることは証明された。
しかし、それでもこの異例の速さには疑念が残った。
「たった一ヶ月半で聖水を?」
「大樹林を越え、泉を発見し、無事に帰還したと?」
会議室には重苦しい沈黙が漂っていた。
五人の枢機卿たちは報告書に目を通しながら、それぞれの考えを巡らせていた。
やがて、進行役のガブリエル枢機卿が口を開く。
「さて、試練はすべて終了した。今、問うべきは――彼に大聖者たる資格があるか否か、である。
試練を通じて彼が示した資質を確認していこう」
その言葉に、他の枢機卿たちも身を乗り出した。
まず、マティアス枢機卿が勢い込んで言った。
「“神聖なる炎の試練”では、彼は何事もなかったかのように回廊を歩いたそうだ。
火の精霊の加護があったにしても、無傷で通過した者など前例がない。本当に只者ではないぞ」
ロドリゴ枢機卿が補足を入れた。
「私も気になって“炎の試練”の記録を確認したが、無傷で突破した者など誰もいない。
誰ひとりも、だ」
ラファエル枢機卿がすかさず言葉を継ぐ。
「その上、“知識の試練”でも驚かされた。我々が用意した最難関の問いに、次々と正確に答えた。
十八歳で、あの理解力……信じがたい」
「いや、私が驚いたのは“癒しの試練”の方だ」とマルセロ枢機卿が口を挟む。
「中年の女性を若返らせたと報告されている。そんな治癒魔法、聞いたことがない。
それに、たった一人で五十人以上を癒したという。魔力量も桁外れだ。本当に彼は人間なのか?」
ロドリゴが頷きながら、静かに続ける。
「“知識の試練”において、私は彼の答えに、単なる暗記ではない洞察力と応用力を感じた。
我々が用意した、過去に前例のない問いに対しても、聖典外文書を引用し、筋道立てて答えてみせたのだ」
マルセロがそれに応えるように言った。
「確かに。答えには自信があったし、理解も深い。そして、“まだ知らぬものに怯える自分”を認めた。
あの歳でだ。
未熟さを知り、それを語るだけの冷静さ……すでに人の域を超えかけているのかもしれん」
マティアスが再び言葉を発した。
「それにしても、“聖なる泉への巡礼”の件だ。過去の巡礼者は、どれほど早くても半年はかかっていたはずだ。
あの大樹林を、一ヶ月半で往復したなど、正気の沙汰とは思えん。
どうやったらそんな真似ができる? 空でも飛べたのか……いや、何か特別な力が働いていたとしか思えない。
いったい、彼の出自は何なのだ?」
枢機卿たちは互いに顔を見合わせ、しばし沈黙した。
ガブリエル枢機卿は、全員の発言を静かに受け止めたあと、改めて言葉を紡いだ。
「――それでは、彼の試練における資質を確認しよう。
“神聖なる炎の試練”では自己犠牲の精神を、
“知識の試練”では洞察力と理解力を。
“癒しの試練”では慈悲の心を持って病人を癒し、
“聖なる泉への巡礼”では強靭な意志で旅を成し遂げた。
さらに彼は、火・土・水の三属性の魔法を自在に扱っている。これは大聖者の資質としても、極めて重要な点だ。
何よりも、一年はかかることが常識とされる五つの試練を、わずか二ヶ月足らずで達成した。
この事実が、彼の特異性を物語っている」
枢機卿たちは静かに頷いた。
ガブリエル枢機卿は一度息を整え、全員に向けて問いかける。
「この者に大聖者の資格を認めるか否か――今、ここで決定せねばならぬ。異議ある者は述べよ。
さもなくば、その沈黙をもって同意とする」
数秒の静寂の後、誰も異議を唱えなかった。枢機卿たちは互いに目を合わせ、沈黙のまま頷いた。
沈黙が同意を意味した後、ガブリエル枢機卿が厳かな声で言葉を続けた。
「では、これをもって我々の判断は固まった。彼の試練の記録と共に、教皇陛下へ伺いを立てることとしよう」
その瞬間、静まり返った会議室に、重厚な扉の開く気配が走る。
「その必要はないぞ」
扉の先から現れたのは、教皇アウレリウスその人だった。
枢機卿たちは思わず身を乗り出し、ざわめいたが、教皇は落ち着いた足取りで前へ進み出る。
そして、静かに言葉を発した。
「私は彼のすべての試練に目を通してきた。
若き身でありながら、彼の内には驚くほどの冷静さと深い思慮があった。
一時の感情に流されず、信仰に従い、他者を救い、己を省みる力を持っている。
それは、年齢とは無関係な“心の成熟”というべきものであろう。
私は彼を、大聖者として迎えるにふさわしい人物と認める」
誰もがその言葉に頷き、会議は静かに終息した。
こうして――
神聖都市アルディアにおいて、第五代大聖者として「大聖者レイ」が正式に誕生した。
第八章 完
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