第256話(第五の試練と古代文明の秘密)
「レイ殿、よくぞ第四の試練まで無事にこなされた」
ガブリエル枢機卿が厳かな声で語りかけてきた。
表情には、ここまでの成果への敬意と、次なる試練への期待が滲んでいる。
「残りは、聖なる泉への巡礼です。この試練では、ここから東の大樹林を抜け、その先にある泉へ赴きます。
そこから湧き出る聖水を――この瓶に汲んで、持ち帰ること。それが課題となります」
彼は重厚な手つきで、ひときわ古びた瓶を差し出す。
「ただし、大樹林には魔物も潜んでおります。
この時期は特に活性化しており、過去には大聖者候補の中にも幾人か、帰らなかった者がございます。
それでも、聖者とは神と人とを繋ぐ存在――過酷な旅を越え、自らの信仰と力をもって到達せねば、
聖なる泉は応えぬのです。……参られますか?」
レイが答える前に、枢機卿はさらに念を押すように言葉を続けた。
「そして最も重要なのは、自力で生き抜くということ。食べ物も、水も、すべて現地調達。
試練の間、外部からの助けは一切許されません」
レイは少し思案するように目を伏せたが、すぐに顔を上げ、まっすぐに枢機卿を見つめた。
「もちろん、行きます。これが最後の試練なら、避けては通れません」
その言葉に、枢機卿は満足そうに頷いた。
「良い覚悟です。泉の水を汲む際は、自らの足で現地まで赴き、自らの手でこの瓶に満たさねばなりません。
この瓶は古代から伝わるもの。
泉の水以外を入れるとたちまち濁りますし、逆にこの瓶を使わなければ、泉の水は瞬く間に腐敗します。
不正は決して通用しません」
レイは差し出された瓶を見つめ、ゴクリと小さく息を呑んだ。
枢機卿はさらに真剣な面持ちで語る。
「最も早く成し遂げた者でも、数ヶ月を要しました。長く厳しい道中となるでしょう。
特に、食料を調達しながら進むことの過酷さは、想像以上です」
「必ずや成し遂げます」
「分かりました。神の加護があなたと共にあらんことを。どうか、無事の帰還を」
枢機卿は深く一礼し、レイの背を見送った。
大樹林の入り口で立ち止まったレイは、背後にいる枢機卿に一礼してから、ゆっくりと森の中へ
足を踏み入れた。
その時、背後から近くにいた神殿騎士が、低く呟くように声をかけてきた。
「迷ったら、水の音を探せ。流れを辿れば、下流には必ず道がある。
この森で生きて帰る奴は、みなそうしている」
レイは一瞬驚き、振り返った。
しかし、騎士の姿はすでに木々の陰に消えており、誰だったのか確認することはできなかった。
「今の声って……炎の聖堂にいた人だ。アドバイスかな?」
呟きながら再び前を向き、迷いを振り払うように歩を進めていく。
木々が密集し、薄暗い道が続く森の中。葉の揺れる音が、どこか静寂の中で際立っていた。
まるで森そのものが息を潜め、侵入者を見定めているような気配を感じる。
そんな中、レイはふと手に持った瓶を見つめ、ぽつりと呟いた。
「なあ、アル。この瓶ってさ……迷いの森で拾ったやつと、そっくりだよな?」
アルの声が冷静に返ってくる。
(そうですね。あの時の瓶と形状・材質ともによく似ています。
古代文明において、この形が一般的だったのかもしれません。
それとも、ここ、大樹林と迷いの森の間に、何らかの繋がりがある可能性も考えられます)
「やっぱり、そうか……」
レイは瓶をもう一度しっかりと握りしめた。黙ったまま、しばらく足を進める。
「もし繋がってるなら……他にも何か、秘密があるかもしれないな」
そう呟いたあと、レイは立ち止まり、目の前の光景をじっと見つめた。
そして、気持ちを切り替えるように声を張った。
「ここが……大樹林か。思ったよりも威圧感がある森だな。こんな物騒なところは、さっさと抜けちゃおう」
***
レイはアルの支援を受けながら、試練の道を順調に進んでいった。
魔物に遭遇することもあったが、アルの正確な警告で事前に回避するか、最小限の戦闘で済ませることができた。
水の確保にも苦労はなかった。水魔法を使えば、どこでも清潔な水を作り出せる。
加えて、レイはこの旅のために、土魔法の訓練を重ねていた。
中でも「ライズ」の精度は大きく向上していた。魔力の込め方次第で、高さや太さを自在に
調整できるようになり、夜はライズで囲いを作って安全に休息を取るのが習慣となっていた。
最初のうちは、ライズ同士が干渉して崩れやすかったが、アルの指示が大きく状況を変えた。
(柱にするなら、根元を太くして三点で支える形にしたほうが良いでしょう。
また柱を形成する時に“わずかな回転”を加えることで強度が増すはずです)
このアドバイスによって土柱の内部に螺旋の締まりが生まれ、強固で崩れにくい構造となった。
「これなら安心して眠れるな」
レイは試練の環境に少しずつ慣れ始め、手応えを感じていた。
水魔法や土魔法を駆使して安全を確保しながら、大樹林での生活にも適応しつつある。
ただし、問題は食料だった。
当然ながら、外部からの補給はなく、すべて自分で調達しなければならない。
木の実や果実を拾っては試してみるが、栄養価が高そうでも、味には難があるものが多い。
ある日、濃い紫色の実を口に入れたレイは、顔をしかめた。
「うわっ、不味っ……何だこれ、エグみがすごい……」
思わず手にしていた実を放り投げようとした、そのとき――
(ちょっと待ってください。味覚を調整します)
「味覚を……? そんなのもできるの?」
(はい。ナノボットが味覚受容体の反応を補正すれば、刺激の方向性を変えることは可能です。
ただし、味覚音痴になると困るので、この森の中限定にしておきます)
「……なるほど、限定仕様ってわけか。じゃ、もう一口」
レイは慎重に、さきほどの実を再びかじる。
さっきまでの強烈なエグみは薄れ、ほのかに甘みすら感じられるようになっていた。
「……あれ、意外とイケる。やるな、アル」
(ありがとうございます。今後も必要に応じて調整します)
こうしてレイは、大樹林の食糧事情においても少しずつ対応策を得ていった。
また、戦闘の際は、可能な限り土魔法を用い、経験を積むことを意識していた。
アルが周囲を常に監視していることで、安全と成長の両立が可能になっていた。
(レイ、上空からマンティコアです)
上空から、木々を揺らすバサバサッという羽音。
続いて、枝がバキバキッと軋む音と共に、獣の唸り声が響いた。
アルの声が告げると同時に、レイは無言で地に手を伸ばした。
「ライズ」
ズガッ!
突き上げる石のように尖った柱が、着地寸前の魔物を下から貫いた。
骨の砕けるバキッという音。地面に叩きつけられたマンティコアは、声も出せずに動かなくなる。
「よし!上手くいった」
そして三週間が過ぎる頃には、レイは驚異的な速度で森の中を進んでいた。
アルによる身体能力の強化と、レイ自身の魔法による補助。
それに、土魔法ライズを利用して足場を形成し、枝から枝、岩から岩へと軽やかに飛び移っていく。
まるで風のような動きだった。
さらに、魔力鞭の訓練の影響で、魔力を指先から伸ばす動作が定着し、そのまま土魔法を使うと、
土の山が瞬時に現れるようになっていた。
この新技術により、魔法の応用性は飛躍的に高まり、彼の旅はさらに効率的なものになった。
「これなら、どんな障害も関係ないな」
レイは余裕の笑みを浮かべ、次々と前へ進んでいった。
ただ一つ、「テラ・クエイク」だけは、どうしても発動できなかった。
地面を揺るがすその大魔法は、何度試しても兆候すら見えない。
「まだ、何かが足りないってことか……」
(そうですね。仮に発動できても、小さな揺れでは“上級魔法”とは認められないでしょう。
この魔法の本質は、大地そのものを動かす圧倒的な力にあるはずです)
そして四週目。ついに、聖なる泉に辿り着く。
「思ったよりも楽だったな……アルのおかげだよ」
レイが泉を見つめながらつぶやくと、アルは静かに答えた。
(神殿騎士のおかげでもあります。私は水音を常に意識しながら、ルートを選びました)
その言葉にレイは一瞬驚き、森の入り口で聞いた言葉を思い出す。
「あの言葉……やっぱりアドバイスだったんだな」
レイは慎重に古代の瓶を取り出し、泉の水を汲んだ。
「せっかくだから、こっちも試してみよう」
そして、自分が迷いの森で拾った、同じ形のもう一本の瓶にも水を注ぐ。
その時、アルが静かに報告する。
(レイ。興味深い結果が出ました。祈りの洞窟の礼拝堂の水、迷いの森の温泉、そしてこの聖なる泉の水。
そして、その二本の瓶、いずれも、迷いの森で見た転移陣に含まれていた微量鉱物と一致しています)
レイは驚きの声を漏らし、眉をひそめる。
「それって……どういうこと?全部ダンジョン? いや、転移陣と繋がってる?」
(断定はできませんが、共通するこの微量鉱物こそが謎を解く鍵かもしれません。
ここと迷いの森、祈りの洞窟には何らかの繋がりがある可能性が高いです)
レイは泉の水面を見つめながら、ゆっくりと呟いた。
「もし全部が繋がってるなら、古代文明が何か大きな目的でこれらを設計してたのかもな……」
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