第253話(第二の試練)
第二の試練としてレイが選んだのは、炎の聖堂を通過する「神聖なる炎の試練」だった。
その回廊を抜け、出口まで辿り着くという内容だ。
レイが炎の聖堂の入口に立つと、圧倒的な熱気が彼の顔を撫でた。
中からは絶え間なく吹き上がる炎が轟音と共に響き、空気が震えている。
神殿騎士が指さした先には、炎が激しく吹き上がる試練の道があり、その先に出口がぼんやりと見えていた。
一応、アルディア側で試練用に燃えにくい服をガブリエル枢機卿が用意してくれたのだが、
実際にはレイの普段着の方が防熱性に優れており、結果的にはそれ以上だった。
いつもの服ならば、この灼熱の試練の道も、もっと楽に通り抜けられただろう。
「うわっ、これが炎の聖堂……なんかかなり暑そうだなぁ」とレイが呟いた。
神殿騎士が一歩前に出て、低く静かな声で告げた。
「ただ炎を越えるだけではない。ここでは、心と魂もまた試されるんだ」
レイは少し驚いた様子で騎士を見やり、けれどすぐに頷いて答えた。
「はい、わかってます」
――と、そのとき。
(レイ、この施設……古代のものですが、構造は完全に焼却炉です。点検通路もそのまま使ってますね)
アルの冷静な声が、いつもの調子で脳内に響いた。
レイは一瞬驚いたものの、すぐに苦笑した。
(いやいや、ここは“神聖なる炎の試練”の場なんだぞ。そんなこと言ったら怒られるって……)
(どう考えても、私のいた世界にあった廃棄施設とまったく同じ構造です。煙突の位置、燃焼室の区画、通気口の配置……古代文明の遺産とはいえ、用途は明らかです)
少し間を置いて、アルが補足する。
(それに、点検用通路にまで炎が吹き出しているのは、おそらく点検窓の破損によるものでしょう)
レイは試練の道を見つめながら、ぽつりと呟いた。
(……そういう知識があると、こういう場所も全然違って見えるんだな)
(でも、見た目はどう考えてもゴミ処理施設です。神殿騎士が“ここを通れ”と言っていた場所は、
明らかに点検用の通路ですし)
再び視線を前方に戻すと、高温の通路が不気味な熱気を放ちながら続いていた。
レイはその道を見据え、心の中で確認する。
(でも、火の精霊の加護がないと通り抜けられない場所なんだろう?)
(ええ。並の人間では、この高温には到底耐えられません。
おそらく、ここでは“魔力の適性”、特に火の資質があるかどうかを見ているのでしょう)
アルの声は冷静だったが、そこに含まれる情報の重さに、レイは眉をひそめる。
(つまり、ここが試練の候補に選ばれている時点で、レイが“火魔法に秀でた資質を持つ者”だと
周囲に認識されているわけです)
(でも、実際に火魔法を使ってるのは……アルだよな?)
(その通りです。ナノボットと熱制御技術で、レイの身体を守っています。
ですが、外から見れば、“火の精霊の加護を受け、なおかつ自らの資質で炎を制御している”ように
見えるでしょう)
(……なんか、いろいろ誤解されてそうだなぁ)
レイはため息をつきつつ、炎の揺らめく通路を見つめた。
(もしかすると、大聖者候補は、それぞれ自身の魔力の属性に応じた試練を課されるのかもしれません。
火だけでなく、水や土、風といった属性の試練もあるのでは?)
(なるほどな……水や土の資質もあるけど、教会が最初に知ったのは“火”だったから、
こういう試練を用意したってわけか。もしかしたら、試練の候補に水や土が入っていた可能性も
あるんだろうな)
(そのはずです。だからこそ、ここを“無傷で通過する”というのは、本来なら不可能に近い。
ましてや加護なしに炎を抑え込んで通ったなどと知られたら……)
(えらいことになるな……)
(はい。くれぐれも“実はナノボットのおかげです”などと言わないように)
「言うか!」
そう言って、熱気の揺れる出口をじっと見据えた。
***
レイは、炎の聖堂の内部へと足を踏み入れた。
すぐに熱気が彼を包み込み、周囲の壁や床からは絶え間なく炎が噴き出していた。だが、レイは落ち着いていた。アルの体温調節があれば、この熱に耐えられることを知っていたからだ。
レイは慎重に炎の間を進んでいく。時折、激しく噴き出す炎が進路を妨げるが、アルが彼を守っていた。
アルは瞬時に、レイを保護するようにナノボットで障壁を張りながら、レイの動きをサポートした。
(レイ、ナノボットがあなたの体表近くに集まって微細な熱シールドを形成しています。
このシールドは、炎の熱を吸収して外部に放散し、あなたの体表に熱が到達しないようにしています)
「そんなことできるの?」と、レイは驚きながらも炎の間を進む。
(はい。ナノボットは、熱を高速で分散させるための特殊な粒子構造を持っています。
簡単に言えば、熱エネルギーをナノスケールで拡散し、効率的に冷却するんです。さらに、
体表面の温度を一定に保つため、汗腺や血管の反応も調整しています)
レイはそれを聞いてさらに驚いた。
「つまり、炎が触れても俺は火傷しないってことか……まるで俺の周りに見えない防火壁があるみたいだな」
(その通りです。炎が直接あなたに触れることはありませんが、少しでも異常な温度を感じたら
すぐに対応しますのでご安心ください)
(ああ、これって前に言ってたサーマル…なんちゃってシステムってやつだろう?)
(いえ、サーマルレギュレーションシステムはもう古いです。
現在は「アドバンスト・エナジー・ディフュージョンシステム」を使用しています。
これはさらに効率的に熱を制御できるんです)
「ごめん、もうついていけないよ…もっと簡単なシステム名にして!」とレイは懇願した。
(簡単に言えば、あなたが暑くならないシステムです)
「うん、それならわかる!」と、レイは少し安心して炎の道をさらに進んでいった。
だが、その直後だった。
「うわっ!」
左手の壁面――小さな点検窓のような場所から、突如として炎が吹き出した。
亀裂の入ったガラスの隙間から、不規則に赤い火柱が走る。
レイは反射的に身を引いたが、避けきれず、炎が肩口をかすめた。
……熱くない。
「あれ?」
ほんの至近距離を火がかすめたはずなのに、皮膚には何の感触もなかった。
(ご安心ください。ナノボットが瞬時に熱分散を強化しました。体表温度、安定しています)
アルの声はいつも通り淡々としていた。
「……いや、さっきの、オレけっこうヤバかったよな?
ほら、借りた防護服、肩のところが燃えて焦げてるし」
(皮膚への熱は完全に遮断しましたが、服の表面までは完全に保護できません)
「……これ、肌に何も影響が無いから本当に“神の加護で無傷”って言われても信じちゃうな」
(ええ。だからこそ、余計なことは言わないでください)
「はいはい、わかってるって」
レイは苦笑しながら、焦げた服の肩口を軽く払った。
そして炎が吹き出している場所を通過し、無事に反対側の出口へとたどり着いた。
こうして、レイは大聖者になるための第二の試練――「神聖なる炎の試練」を無事に突破した。
外に出ると、涼しい空気が肌に心地よく当たる。
レイは深く息をつきながら、肩口の焦げ跡を見下ろした。
「こんな簡単でいいのかなぁ?
…これ、大聖者になるための試練だよね……」
***
その頃、レイが“無傷で炎の聖堂を通過した”という報告が、天聖宮の枢機卿たちに届いていた。
かつてこの試練を受けた者たちは、例外なく火傷を負い、治癒院で何度も治療を受けていた。
その中で“無傷”というのは、ありえない事態だった。
「まさか無傷で突破したと言うのか?」
ラファエル枢機卿が、驚きを隠せず声を上げた。
「過去に炎の試練を突破した記録をすべて持ってきてください。
こんなこと、今までなかったと思います」
ロドリゴ枢機卿が即座に指示を出す。
マルセロ枢機卿は腕を組み、過去の事例を思い返すように目を細めた。
「火の適性があった大聖者ですら、火を打ち消せず、火傷の治療を受けていましたな」
「ありえないことが起きているのか、それとも精霊様に愛されているのか……」
困惑の色を隠せないマティアス枢機卿の声が、会議室の空気をさらに重くする。
そして、ガブリエル枢機卿がゆっくりと口を開いた。
「これは、大変なことになってきました。
もはや最年少だから不相応、などと言っている場合ではありませんな」
その声は冷静さを保っていたが、驚きが滲んでいた。
会議の場が静まり返った中、誰ともなく、小さな呟きが漏れた。
「これほどの加護を得ている者か、あるいは神に近い存在だとしか思えない……」
その一言が、静かに、しかし確実に――天聖宮の枢機卿たちに、得体の知れない不安を広げていった。
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