第252話(始まっていた試練)
広間に残され、緊張の余韻がまだ漂う中で、レイはひと息ついて立っていた。
すると、一人の司祭が静かに近づいてきた。
「それでは、試練の詳細について説明いたしますので、こちらにおいでください」
司祭は落ち着いた声でそう言い、一礼してから丁寧に歩き出す。
レイは頷き、フィオナ、セリア、サラ、リリーと共にその後を追った。
静かな廊下を進むうち、やがて彼らは広間を抜けて外へ出た。
外の空気は涼しく、広間の厳粛さとは対照的に、開放感があった。
だが、レイはそこで小さな違和感を覚えた。
「ここではなく、別の場所で話すんですか?」
レイが尋ねると、司祭は振り返り、微笑んで答えた。
「はい。試練の詳細については、天聖宮ではなく、少し離れた場所で説明いたします。
ここではお話ししにくい内容もございますので」
司祭に導かれながら、彼らは石畳の道を静かに進み、小さな建物へとたどり着く。
外見は質素だが、木の温もりを感じさせる内装で、重要な話をする場にふさわしい雰囲気だった。
司祭が扉を開けて中へ招く。
「どうぞ、こちらでお話をさせていただきます」
レイたちは示された椅子に腰を下ろし、司祭は静かに口を開いた。
「まず最初にお伝えしなければならないことがございます。
大聖者の試練に立ち会うことは、いかなる者も許されておりません。
そのため、レイ様以外の方達には神聖都市アルディアを離れていただく必要がございます」
その言葉に、フィオナ、セリア、リリーが驚いた表情を浮かべる。
サラも耳をピンと立て、尻尾を軽く揺らしながらつぶやいた。
「ここを出ないといけないニャ?」
レイが困惑して尋ねる。
「離れる…って、どこに?」
司祭は淡々と答える。
「聖なる試練が行われる間、外部からの干渉や俗なる影響を避けるためです。
神聖都市の外には宿がございますので、そちらに滞在いただくことが可能です」
少し不安そうな声で、セリアが尋ねる。
「でも…レイ君、一人で全部やるの?」
司祭は穏やかな笑みを浮かべた。
「大聖者の試練は、候補者が一人で挑むべきものです。
これもまた試練の一部であり、レイ様の力と意志を問うものです。
ですから、ご友人の皆様にはしばらく神聖都市を離れ、ご自身の道を進む準備をお願い申し上げます」
レイは静かに頷いたあと、仲間たちを見渡して言った。
「心配かけるかもしれないけど、城塞都市で待っていてください。それと、シルバーをお願いします」
フィオナは戸惑いを見せたが、すぐにしっかりと頷いた。
「分かった。あなたの無事を信じている。終わったらすぐに連絡をくれ。いつでも駆けつけるからな」
サラとリリーも黙って頷き、セリアが静かに声をかける。
「気をつけてね、レイ君」
司祭は彼女たちに向かって、改めて丁寧に告げた。
「試練の詳細については、レイ様にのみお伝えいたします。ご友人の皆様は、心安らかにお過ごしくださいませ」
そして、退出を促した。
フィオナたちが部屋を出ると、司祭はレイの前に一通の封書を差し出した。
「この中に、今回の試練の詳細が記されています。
全ての試練を受けるのも、一部を選んで受けるのも、貴方様の自由でございます。
ただし、半数以上の枢機卿が同意しない限り、大聖者の道は閉ざされますので、どうか慎重にお考えください」
レイは封書を手に取りながら問いかけた。
「開けてみても?」
「どうぞ、ご覧になってください。試練の内容をご確認の上で、慎重にお選びくださいませ」
司祭は穏やかに頷く。
レイはゆっくりと封書を開き、中の紙に目を通し始めた。
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【神聖なる炎の試練】
神聖な火の前に立ち、炎を恐れずに身を投じる覚悟を示す。
信仰の力が真に試され、神の加護がなければ焼かれる危険がある。
【知識の試練】
四大神教の教え、歴史、魔法や儀式の知識を問う。誤答は許されない。
【沈黙の修道院での孤独試練】
十日間の完全な沈黙と孤独の中、自身の内面と向き合う。精神集中が求められる。
【魂の審判】
過去の罪や迷いを暴かれ、清算される。心の純粋さを確認される。
【病人の癒し】
病や怪我を負った者を癒す試練。慈悲と治癒力が求められる。
【勇気の試練】
神殿騎士団の敵に立ち向かい、信仰と勇気を示す。
【聖なる泉への巡礼】
神聖都市から離れた泉への巡礼。自然や魔物の脅威を越える試練。
【正義の試練】
生死の境にある罪人に対し、正義を執行する。裁く覚悟が問われる。
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レイは一覧を見つめ、やや気軽な気持ちで考え始めた。
(魂の審判…?これ、簡単そうじゃないか?
病人の癒しに勇気の試練、これもアルの力があれば楽勝かも…)
一瞬、気が緩みかけたそのときだった。
(待てよ…)
内なる声が警鐘を鳴らすと同時にアルからも念話が届いた。
(レイ、これらの試練で簡単そうなものもありますが、「大聖者として」と書かれていないものもあります。
そこに隠された意図があるようです)
(…確かに。「大聖者として」って言葉が無いのは、逆に罠ってことか…)
自分の安易な発想に少し冷や汗がにじむ。
(あぶなかった…試されているのは、力じゃなくて、選ぶ判断そのものかもしれない)
(ええ、すべてを受けるという選択肢も慎重になるべきです。
試練の本質は、大聖者にふさわしい判断力や慎重さを試すものかもしれません)
レイは改めてリストに目を戻し、深く息を吐いた。
(簡単に見える試練ほど、真の道から逸れている可能性がある…選ぶこと自体が試練なんだな)
(よし、「大聖者として」と明記されているものを選ぼう)
レイは慎重に試練を見極め、
神聖なる炎の試練、知識の試練、病人の癒し、聖なる泉への巡礼
この四つを選び、司祭に提示した。
すると、司祭は満足げに頷いた。
「第一の試練は合格です」
「……やっぱり、選ぶこと自体が試練だったんですか?」
レイが確認するように尋ねると、司祭は静かに答えた。
「試練は、選ぶところから始まっていたのです。貴方は、よく見抜かれた。
適切な選択をされたこと、確かに確認いたしました。これこそが最初の試練だったのです」
司祭は一歩前に出て、深々と一礼した。
「申し遅れました。私は枢機卿の一人、ガブリエルと申します。この試練を取り仕切る役目を担っております」
「……失礼しました。そんな高位の方が、直々に試練を?」
レイの問いに、ガブリエルは頷いた。
「ええ。この試練は形式的なものではなく、大聖者となるべき者の資質を見極める重大な意味を持ちます。
そのため、私のような立場の者が責任を持って立ち会うのです」
ガブリエルはそこで一拍置き、静かに続けた。
「第一の試練は簡単に見えますが、もし選択を誤れば、その時点で道は閉ざされていたでしょう。
では、次の試練について詳しくご説明いたします」
そう言って、司祭――いや、ガブリエル枢機卿は、次なる試練の説明を始めた。
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