第250話(神聖都市への招待)
レイたちは、巡礼者たちと一緒に船を降りた。
狭い場所からようやく解放されたシルバーは、鼻息荒く甲板を踏みしめる。
港から続く石畳の街道を、巡礼者たちは整然と歩いていく。
レイたちもそれに倣い、馬車を引いてゆっくりと進んだ。
シルバーの堂々たる姿や異国風の馬車に驚いた巡礼者たちは、何度も振り返ってくる。
だが、レイたちはそんな反応にはすっかり慣れていた。
やがて、大陸の広大な草原と林の向こうに、巨大な城塞都市の輪郭が見え始める。
「大きいなぁ。ここが神聖都市アルディアか……」
レイは見上げるように城塞を眺めながら、つぶやいた。
近くを歩いていた巡礼者が、笑顔で応じる。
「違いますよ。
ここはエルセイド王国の城塞都市です。神聖都市アルディアは、この都市の中央にあります」
「え? ここがアルディアじゃないんですか?」
「そうですよ。アルディアはこの城塞都市の中に隠されています。
巡礼者たちはこの拠点を経由して、聖地へ向かうんです」
巡礼者の説明に、レイはフィオナとセリアに視線を向けた。
「ん? どういうことだ?」
フィオナは首をかしげながら、城塞を見上げる。
「まさか、都市の中にさらに都市があるのか?……入れ子みたいな感じだな」
「確かに、こんな構造は予想してなかったわね。つまり、まだアルディアには着いてないってことか……」
と、セリアが静かに応じる。
「ニャ〜、城塞都市に入ってからが本番だニャ!」
サラは楽しげに尻尾を揺らしながら言った。
その時、別の巡礼者が近づき、目を輝かせて声をかけてきた。
「おいおい兄ちゃん、この馬すごいな! これって魔物なんだろ?」
「こんなに立派な馬車を持ってるなんて、あんたたち、どんな冒険者なんだ?」
今度は別の巡礼者も話に加わる。
突然の質問攻めに、レイは少し焦った様子で答えた。
「えっと、シルバーは従魔で……」
言いかけたところで、さらに別の巡礼者たちが割り込むように話しかけてきた。
「神聖都市アルディアは日中、巡礼者や聖職者で溢れかえるんですが、夜になると一気に静かになるんですよ」
情報通らしい巡礼者が、話の流れとは無関係に語り始める。
レイは困惑しつつも、無下にはできず耳を傾けた。
「そうそう!夜になるとほとんどの人が宿や家に戻って、神殿騎士だけが残るんだ。
私も初めて来たときは驚いたよ」
リリーが興味深そうに尋ねた。
「なぜ、夜になると静かになるんですか?」
「アルディアは聖地ですからね。夜には“聖なる静寂”が大事なんです。
巡礼者もそれを尊重して、夜は外を歩かないんですよ」
さらに別の巡礼者が、誇らしげに口を開いた。
「三回目の巡礼だけど、毎回新しい発見があるんだよね。
宿に入ったら、アルディアの見える窓がある方の部屋を頼むといいよ!
特に夜のアルディアは一見の価値があるから!」
その横で、シルバーは巡礼者たちに囲まれながら、にんじんをもらって尻尾を振っていた。
満足げな顔でのんびりと歩き続けるその姿に、また人だかりができていく。
レイはその様子を見て、「やっぱり目立つよな……」と内心でため息をついた。
***
城塞都市の門前では、巡礼者たちが順番を待っていた。
一人ひとり、巡礼の証明書を門番に見せ、寄進を行いながら都市へと入っていく。
レイたちもその列に加わり、静かに順番を待った。
やがて、レイの番が回る。
「次の方、目的地がアルディアの方は、証明書の提示をお願いします」
門番が促すと、レイはゆっくりと懐から一通の書状を取り出した。
それは巡礼証明書ではなく、大司教から預かった“教皇への紹介状”だった。
書状を受け取った門番は、目を見開いた。
「えっ……教皇様への紹介状!?」
その言葉に上官が駆け寄り、周囲の巡礼者たちがざわめき始める。
視線が一気にレイたちに集中した。
「教皇様に会うって? 一体何者なんだ?」
「兄ちゃん、ただの巡礼者じゃなかったのか……?」
人々の視線には、驚き、興味、尊敬、警戒――さまざまな感情が入り混じっていた。
フィオナが小さくため息をつき、レイの肩に手を置く。
「できれば穏便に入りたかったが、騒ぎになるのも仕方ないな……」
サラは尻尾を揺らしながら、嬉しそうに言った。
「ニャ、みんなレイたちを見てるニャ。まるで舞台の上に立ったみたいニャ」
セリアは少し眉をひそめてつぶやく。
「これじゃあ、普通に歩けないわね……」
レイは上官に近づき、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、あんまり目立ちたくないんですが……ここを通してもらえますか?」
上官は一瞬戸惑ったものの、すぐに真剣な表情で応じる。
「教皇様への紹介状を持つ方が、目立たずに通過するのは難しいです。
ただ、できる限りの配慮をいたします」
「普通に通してくれるだけで良かったのに……」
レイは苦笑し、小さくため息をついた。
だが事態はすでに拡大していた。
上官は一歩退き、敬意を込めて深く一礼する。
「馬車にお乗りください。私が先導して、神聖都市アルディアの門までご案内いたします」
「こうなったら仕方ないな」
フィオナが頷き、レイたちはシルバーの引く馬車に乗り込んだ。
上官は馬車の前に立ち、進行を開始する。
街道に入ると、周囲の人々が目を止め始めた。
ひそひそと話し合う声、指さすしぐさ、驚いた表情――騒ぎは徐々に広がっていく。
「なんだ、あれは?」
「すごい馬車だな!」
「あの人たち、何者なんだ?」
レイは馬車の中で額に手を当て、ぼそりとつぶやいた。
「目立ち過ぎだよ……」
シルバーは鼻を鳴らし、堂々と街道を進んでいく。
レイたちは多くの視線を集めながら、神聖都市アルディアの門へと向かった。
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