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第246話(神聖都市アルディアへ)

「なるほど、迷いの森を抜けて帝国側に転移ですか。ランベールから、神聖都市アルディアの力を

 借りたいという話が来ていましたが……確かにこれは、イシリアだけの問題ではありませんね」


デルサイス大司教は静かに頷いた。


「はい。ランベール司祭様からお話を伺って、その方が良いと判断しました」


セリアは慎重に答える。


この厳かな空間には、レイジングスピリットの面々と、デラサイス大司教、カエノール司教が集まっていた。

入り口では、ボルクルと神殿騎士二名が警備に立ち、場には緊張が漂っていた。

誰もが、この打ち合わせが極めて重要なものだと感じ取っていた。


「帝国との協力が必要になるのは間違いありません。神聖都市アルディアも関与せざるを得ないでしょう。

 我々も早急に対応を進める必要があります」


デラサイスが重く口を開く。


「帝国と協力できるのでしょうか?」


セリアの声には不安が混じっていた。


「転移先で見つけたものの中には、魔物を使役する薬を量産する話がありました。

 そんな国と手を組むなんて、考えられません」


「ただ、イシリア王国はラドリア帝国とは国境を接していないのも事実です」


デラサイスが返す。


「前の戦争では、小国家連合と帝国が協力していました。その薬を他国に売る可能性もあるんです」


セリアが言葉を継ぐ。


「それは推測に過ぎませんが……」


カエノール司教が静かに割って入った。


セリアがさらに口を開こうとしたとき、デラサイスが穏やかに制するように語った。


「ただ、今回の目的はその話を広めるためではないですね?」


「そうですね。最大の目的は、聖者様の庇護です。どこかの国に囲われたり、利用されたりするのが

 一番の懸念です。それが世界のバランスを崩す恐れもあります」


セリアは真剣な表情で応じた。


「つまり、聖者様がどの国にも属さない、誰にも手出しできない存在となれば安泰ということですね?」


デラサイスが確認するように言った。


「それってどういうことですか?」


レイが不思議そうに尋ねた。


「サイラス神殿長が、あなたを大聖者に推していることをご存知ですか?」


デラサイスは微笑を浮かべる。


「ええ、神殿長から『大聖者様』と呼ばれ続けています」


レイは苦笑しながら答えた。


「あっはっは、それは彼らしいですね。ただ、大聖者という称号は、地方から推薦された後に

 神聖都市アルディアの枢機卿の半数以上の賛成と、教皇の認定がなければ正式に名乗れないのですよ」


デラサイスは朗らかに笑ったあと、やや真顔になった。


「それは知りませんでした。でも、そんな大げさな称号はオレには……」


レイが口にしかけたとき、デラサイスが真剣な表情で言葉を重ねた。


「自分を卑下しないでください。あなたは聖なる核を修復し、この国の東部一帯を救いました。

 聖なる核の光が弱まり、神殿一帯の地を揺らしていたのをご存知ですか? 

 二年で爆発すると、あなたは仰っていましたね。その兆候は、すでに観測されていたのです。

 あなたが核を復活させ、それを救ったのです」


「いや、それは偶然です。上手くいっただけで……」


レイは戸惑いがちに否定する。


「それだけではありません。

 攫われた女性たちを救い、火、土、水の属性魔法を操り、特に治癒魔法を使えるのは驚異的です」


デラサイスは力を込めて言った。


「治癒魔法は少し使えるようになっただけで、そんな大したことじゃ……」


「謙遜しすぎです。

 治癒魔法を使える者は稀です。あなたの功績は、驚くべきものです」


デラサイスは微笑んだ。


「でも、自分が大聖者なんて、やっぱりピンと来ません……」


レイは視線を伏せるように言った。


「レイ様。大聖者になれば、ただの冒険者として過ごす日々とは違います。大聖者は、誰もが敬い、

 手出ししようとすら恐れる存在です。あなたがどこの国にも属さず、利用される心配がなくなるのです」


デラサイスは静かに、しかし力強く語りかける。


「大聖者という称号は、それ自体が盾となり、あなたを守るのです。逆に、誰かがあなたを利用しようと

 するなら、その行為は神への冒涜と見なされ、各国は手を引くしかありません」


――デラサイスの口ぶりは穏やかだったが、それが“表向きの理屈”であることは、彼自身が

誰よりもよく理解しているようだった。


レイはやや驚いた表情で尋ねた。


「つまり、誰もオレに手を出さなくなるってことですか?」


「その通りです。大聖者という立場があれば、誰にも利用されず、権力者たちはあなたに逆らえなくなる。

 怯えて暮らす必要もなく、真の自由を得ることができるのです」


デラサイスは力強く頷いた。


「だからこそ、私の紹介状を持って神聖都市アルディアに行き、教皇様にお会いしていただきたいのです。

 そこで、真の大聖者かどうかが決まります。私からも推薦させていただきます」


レイは困惑した表情でため息をついた。


「その神聖都市アルディアって場所が、どこにあるのかもオレは知らないのですが……」


「公都から船で行くのが一般的です。隣の大陸にありますから」


デラサイスが穏やかに笑った。


「えっ、そんな遠い場所まで行くんですか?」


「巡礼地の最後として信者たちが訪れる場所です。それほど驚くことではありませんよ」


デラサイスが優しく頷くと、レイは少し困ったような顔をした。


「そんな遠い場所に自分が行くなんて……」


「安心してください。あなたはすでに多くの信者に認められています。

 神聖都市で、さらにその信頼を固めていただければと思います。

 これは、あなたの次なる試練かもしれませんね」


デラサイスの声は静かに温かかった。


話し合いが終わり、レイは神聖都市アルディアへ向かうことを決意する。

教会の大きな扉を出ていくその背中を、三階の窓からデラサイス大司教がじっと見つめていた。

レイの姿が、徐々に遠ざかっていく。


「レイ殿と言ったか……」


大司教は小さく呟く。


「どこかで見たような既視感のある青年だったな……」


彼の言葉は風にかき消えた。

静かな窓辺には、ただ佇むその背中だけが残された。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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