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第245話(教会内のヒエラルキー)

「四大神教会イシリア王国総本部」には、千人近くの教会関係者が詰めている。

この教会の最上層には大司教が君臨し、その下には上級司祭、司祭、助祭司、シスターたちが

厳格な序列に従って組織を支えていた。


もっとも、教会の最高位である教皇や枢機卿たちは、普段は神聖都市に居を構えており、

総本部に姿を見せることはほとんどない。


総本部に仕える者たちは、それぞれが重要な役割を持ち、日々の儀式や貴族の特別な行事を滞りなく

運営している。内部は常に厳格な規律に満ち、階級ごとに明確なヒエラルキーが存在していた。


上級司祭は威厳をもって信徒を導き、シスターたちは日々の務めに従事する。

だが、そうした動きがすべて合わさってこそ、この巨大な教会組織は成り立っているのだった。


レイが足を踏み入れたその空間は、威圧的なまでの荘厳さを持ち、まるで“場違い”と告げられているようだった。


「ここでは対応できませんね。あちらの窓口に行ってください」


冷たい目をした助祭司が、型通りに言い放つ。

レイは肩を落としながら、教会内の広大な廊下を移動する。次の部屋で、また同じことを言われた。


「その件については、奥の部屋で話を聞いてください」


仕方なく奥の部屋へと向かったレイは、そこでさらに別の担当者に案内される。


「そちらの司祭にご相談ください。きっとお力になれるかと」


「ええ、またですか……」


レイはげんなりとした顔を見せる。教会の中は豪華で清潔だが、目的を果たすためには、

この終わりなきたらい回しに耐え続けなければならないらしい。


(レイ、相手にされていないようです。冒険者の格好だと、誰も見向きもしないのでは?)


「うーん、アル、オレもなんかそんな気がしてきた」


ため息をつきながら答えたレイは、教会内を再び歩き出す。だが――


「……ん?」


通された先の部屋は、最初に案内された場所と同じだった。レイは思わず足を止め、天井を見上げる。


「あれ?ここさっきと同じ部屋じゃ……」


(これは困りましたね。迷路みたいですね)


「違う部署だって言ったのに?って、今オレ、ぐるっと回されただけ?!」


混乱と疲労で頭を抱えながら、レイは再び説明を繰り返す。


何度も、何度も同じ話をしながら、窓口から窓口へと歩かされる。そのたびに、レイのため息は重くなっていく。


「結局どこに行けばいいんだよ……」


(これは……かなり効率が悪いですね)


「悪いどころじゃないよ!なんなんだ、ほんと!」


ついに、次に案内された司祭のもとで、またも同じ対応をされる。


「お待たせしました。ですが、これについては別の部署でしか扱えませんので……」


「……もしかして、また最初の部屋じゃないだろうな?」


さすがにレイも黙ってはいられなかった。

言葉にならない怒りを飲み込みつつ、足を引きずるようにして案内された扉を開けると――


「またここかよぉぉ!!」


(この分だと、今に神殿内を一周することになるかもしれません)


「なんなんだ、ここは?全く相手にされてない。まさか、昔、シスターに読んでもらった物語みたいに、

 普通の格好だと冷たくされて、上質な服やローブに着替えて聖者の指輪を光らせたら対応が変わるなんて

 こと……ないよな?」


レイは不安を抱きながらも、神殿でもらったローブを羽織り、聖者の指輪を指にはめた。


次の部屋に入り、挨拶もそこそこに要件を切り出す。「実は、私はこういう者なのですが……」と言いながら、

指輪を光らせ、ローブを翻してみせると、司祭は目を見開いた。


「しょ、少々、お待ちください!」司祭は慌てて立ち上がり叫び始めた。


「誰か、誰かおらんか!聖者様が来ておられるぞっ!」


(対応が変わりましたね、これは物語の流れそのものになるのでは?)


「やっぱり、指輪とか服装次第なのか……服の方が偉いってことなのか!」


レイは呆れながらも、どういう対応になるのかじっと待った。そして、心の中でぼんやりと考えた。


「大司教にいつになったら会えるんだろう?」


しばらくして、神官が慌ただしく戻ってきた。


「聖者様、大司教がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへおいでください。」


レイは思わず笑いを堪え切れず、大司教が現れるなり、彼の前でローブを脱いで指輪をその上に置いた。


「どうされましたか、聖者殿?」


大司教デラサイスが困惑した表情で尋ねた。


「いえ、私は冒険者のレイと申します」


レイは落ち着いた口調で答えた。


「“聖者様”はこちら――このローブと指輪です。どうぞ、何なりとお話しください」


その言葉に、デラサイスは言葉を失った。

ローブと指輪に視線を落とし、再びレイの顔を見る。

しばらく沈黙したのち、ようやく口を開こうとしたが――言葉が出てこなかった。


レイはその様子を見届けてから、丁寧に語り出す。


「私は冒険者の姿で、神殿長と司祭の紹介状を持って、この教会を訪れました。

 大司教にお目通りを願い出ましたが、対応した皆さんは取り合わず、たらい回しにされました。

 その時は、紹介状も提示していました」


「……ですが、このローブと指輪を身につけただけで、対応は一変しました。

 信じてもらえるかどうかは身なりではなく、紹介状の内容ではないのでしょうか?」


その声は、怒りではなく、ただ静かな疑問だった。

そこに、思い切って一人の司祭が口を開いた。


「大司教様、これは何なんでしょう?」と、戸惑った表情で尋ねた。


デラサイス大司教は待ってましたとばかりに口を開く。


「あなた方は、紹介状を持ってきた本物の聖者様を邪険に扱い、ローブと指輪を見ると慌てて聖者様と

 申したそうですね。では、さぁ答えてください。どちらが本当の聖者様なのですか?

 この服を着て指輪をすれば、誰でも聖者様になれるのですか?」


司祭たちは顔を見合わせ、何も言えないまま頭を垂れた。

緊張した空気が漂う中、再び大司教が静かに問いかける。


「どうしたのです?答えてください」


一人の司祭が震える声で口を開いた。


「それは……私たちが、装いに囚われていたのかもしれません…」


デラサイス大司教は深く頷いた。


「その通りです。装いに惑わされるのではなく、本質を見極める目を持つことが大事です。

 今日、皆さんが学んだことを忘れないように」


レイはそのやり取りを見て、思わず苦笑した。


「大司教様、あまり厳しくはしないでください。たしかに、このローブと指輪は効くんです。

 効き過ぎて封印したいくらいには…」


デラサイス大司教は微笑んで、レイに向き直った。


「私も、あまりに厳しいやり方は性に合いません。

 ですが、それだけに──今回のことは、教会としても自省すべきだと感じました。

 この出来事を無駄にせず、教会そのものを改めていく必要があります」


レイは軽く肩をすくめて笑った。


「そうですね。まぁ、これで少しは話を聞いてもらえると信じます」


そう言って、ローブを手に取り指輪をしまい込んだ。


デラサイス大司教は静かに頷き、落ち着いた声で言った。


「それでは、聖者様……どうかこれからのお話を伺いましょう」


レイは微笑みながら答えた。


「もう、聖者様はやめましょう。普通に話ができればそれでいいです」

そして、大司教の対面に座った。


大司教デラサイスは「分かりました」と応じると、書箱から何枚もの手紙や絵のようなものを取り出した。

その表情には緊張がにじんでいたが、確かに敬意がこもっていた。


「実は、最初にレイ殿のことを知ったのは、東部神殿での出来事からです。

 消えかけていた聖なる核を復活させ、東部一帯をお救いになられた。


 エゼキエル神殿長から、その詳細が何度も手紙で届いておりました。

 レイ殿が歩まれた聖者としての道は、実に素晴らしいものでした」


そう語りながら、デラサイスは手紙を読み、次々に書状や絵を広げていく。


「東のファルコナーからセリン、グリムホルト、ミストリア……。

 それぞれの地で、聖者様として偉業を成し遂げられた。

 ファルコナーでは、あのシーサーペントをご自ら討伐されたとか。

 その戦利品はオークションにかけられ、高値で落札されたと聞いています。


 グリムホルトでは誘拐犯を一網打尽に。

 ミストリアでは治癒魔法を発現させ、不治の病の患者を全快させたと──そう報告されています」


さらに手紙を手にしながら、デラサイスは続けた。


「北部神殿では試練を難なく突破され、この通り、サイラス神殿長から試練の様子を描いた絵も届いております。

 また、精霊様から新たに二つの魔法を授かったとも」


一息ついた彼は、柔らかく笑んだ。


「まだあります。神殿前の村で行われたレースでは優勝されたそうで。

 三日に一度は、こうして聖者様に関する報告や手紙が届いておりました。

 正直、どれほどの器の方が現れるのか──お会いできる日を心待ちにしていたのです」


その言葉のあと、デラサイスはふと表情を曇らせた。

視線はレイの顔に注がれ、その細部をじっと見つめている。

そして一瞬、目に既視感が宿る。だが彼は言葉にせず、沈黙のまま考え込んだ。


(この顔……どこかで見たことがあるような……?)


だが、深く追求することなく、再び微笑みを浮かべた。


「本日の件、誠に申し訳ありませんでした。

 聖者様として教会を導いてくださること、私自身、学ぶところが多いと感じております。あっはっは!」


レイは少し困ったように笑った。


「いえいえ、オレ……じゃなかった、私なんて、そんな力はありません。

 実は、教会の庇護を求めてここに来たんです。

 それと、仲間たちを紹介したいと思っているのですが、呼んでもよいでしょうか?」


「もちろんです。お仲間にお会いしましょう」


デラサイスは快く応じ、扉の前に立っていた教会の騎士に目配せした。

騎士は無言で頷き、静かに部屋を後にする。どうやら仲間たちを呼びに行ったようだ。


レイは内心で安堵の息をついた。


(これ以上話していたら、ボロが出てたかもしれない……)


厳粛な教会の空気にのまれそうになりながらも、レイはなんとか平静を保とうとしていた。


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