第244話(壮麗なる王都)
レイたちはミルドブラを出発し、王都を目指していた。
ミルドブラでの宿泊は一泊だけだった。銀貨一枚という高額の宿泊費が理由ではない……多分。
「やっと王都ですね」
馬車の中でレイが、フィオナ、セリア、サラに向かって声をかけた。
「そうだな、レイ。でも、ここからが本番だぞ」
フィオナが軽く微笑む。
「えっ、そうなんですか?」
「ミルドブラと同じだニャ! 門に入るまで並ぶニャ!」
サラが耳を伏せて不満げに言った。
「でも、セリン子爵が優先して通れるようにしておくって言ってなかったっけ?」
セリアが首をかしげながら思い出す。
そのとき、御者席からリリーの声が飛んできた。
「大丈夫よ! 私も伯爵様から聞いてるから。別な方法があるのよ」
リリーは自信たっぷりに言い切った。
しばらく進むと、王都の巨大な外壁が視界に入った。
その門前には、驚くほどの行列ができている。
「うわー、あれ何人並んでるんですか?」
レイが目を丸くする。
「さぁ、何人居るんだろうな?」
フィオナは肩をすくめて答えた。
だがリリーは迷うことなく馬車を行列から外し、左手へと進めた。
「私たちが入る門はあっちよ!」
指さす先は、ほとんど人影のない別の門だった。
門の手前でリリーは封書を数通取り出し、門番に手渡した。
門番はシルバーの姿に一瞬ギョッとしたが、封書に目を通すと、中へ合図を送り、ゆっくりと門が開いていった。
馬車はそのまま、何事もなく王都の中へ入っていった。
「何を見せたんですか?」
レイが興味深そうに訊ねる。
「セリン子爵とファルコナー伯爵の推薦状よ」
リリーはさらりと答えた。
「でも、門番さんに渡しちゃいましたよね? もう必要ないんですか?」
「そんな訳ないわよ。ちゃんと返してもらうの」
リリーは微笑むと、封書を受け取って再び馬車を進めた。
「ものすごく得した気分ニャ!」
サラが尻尾をぴんと立てて言う。
「確かにそうね。あの行列に並ぶのかと思うと天国だわ」
セリアは座席にもたれて深く息をついた。
しばらくすると、王都の喧騒も徐々に遠ざかっていく。
馬車は石畳の上を静かに進み、やがて貴族区の内壁が見えてきた。
「教会の総本部が貴族区にあるらしいんだけど、誰か道が分かる人はいる?」
御者台からリリーが声をかける。
「貴族区までなら、わしが分かるぞい」
「あそこの道を左じゃ。内壁の門に守衛がおるから、そこで推薦状を見せれば入れるじゃろう。
ちなみに――その内壁の門を作ったのは、わしらドワーフじゃぞい!」
誇らしげに指さした門は、通常の左右に開く造りではなかった。
鉄の板が幾重にも重なり、上方へ巻き取られていく特殊な構造――まさにドワーフの技術の結晶だった。
それは門であると同時に、貴族区を外界から守る要塞でもあった。
王都は大きく二つの区画に分かれている。
中央にそびえる王城を囲むように広がるのが貴族区。
内壁によって一般区と厳密に隔てられ、その構造自体が都市の階級差を象徴していた。
貴族区には、格式ある屋敷や庭園が整然と並び、静寂と洗練された空気が漂っている。
ここには貴族のほか、王城に勤める高官、一部の特権商人も住んでいる。
一方、一般区は活気に満ち、商人や職人、旅人たちが行き交う賑やかな区域だ。
一般の教会施設もこの区画に存在し、市民に親しまれている。
だが、「四大神教会イシリア王国総本部」は違った。
それは貴族区の中、王族や高位貴族のための特別な宗教施設であり、一般人の立ち入りは厳しく制限されていた。
「ここ、お屋敷ばかりですね」
レイがきょろきょろと辺りを見回す。
「まあ、ここは王都でも貴族区と呼ばれている場所だからな」
フィオナが答える。
「これじゃ一日で全部見て回れないかも知れない」
「屋敷は貴族区だけじゃなく、さっき通った一般区の内壁沿いにもあるぞ」
「そうだニャ! 全部見ようと思ったら十日はかかるニャ。それくらい広いニャ!」
「私は王都には一回しか来たことがないからな〜。そういう情報は持ってないのよね」
セリアがぽつりと言った。
「私は父親探しで、三年くらい王都にいたんだ。それでも貴族区には入れなかったがな」
フィオナが思い出すように語る。
「そうニャ、王都と公都を行ったり来たりしてたニャ」
「そんなに往復してたんですか?」
「ああ、王都と公都は人の行き来が多いから、護衛の仕事が毎日出てくるんだ」
そのとき、リリーが前を指差した。
「みんな、見えたわよ。あれが総本部ね」
正面にそびえるのは、巨大で荘厳な建築――
「四大神教会イシリア王国総本部」
正面の壁には、四元素―火・水・風・土―を象徴するシンボルが、菱形の枠で囲まれた形で彫り込まれていた。
その圧倒的な規模と装飾は、他の教会施設とは一線を画しており、この建物が王都の中でも特別な存在であること
を如実に物語っていた。
「ここが教会のイシリア総本部…」
レイが呟いた。
「さあ、レイ君。ここからが本番よ。大司教との交渉が待ってるわ」
「そうやって言われると緊張して来ちゃうんですが…」
そう言いながら、レイはランベール司祭から預かった紹介状を手に、総本部の門をくぐった。
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