第243話(旗と指輪、どちらが有効?)
一行はようやく、王都まであと一日の距離にある街――ミルドブラの門前に辿り着いた。
リバーフォード村から別の村を一つ経由して、ここに到着したのは九月二十日。
王都にはまだ入っていないが、旅における一つの節目となる地点だった。
「ここまで来るのに一ヶ月でしたけど、結構寄り道しましたよね」
レイがぽつりと呟いた。
「それだけ、シルバーの移動が早かったのだろうな」
フィオナが静かに頷く。
「そうよね。普通は村から村への移動だけでも一日かかるのに、シルバーだと次の村に着いても、
まだ余裕あったし」
セリアも微笑みながら同意する。
門前には長蛇の列ができていた。
門番たちは通行税の徴収に追われ、旅人たちは苛立ちを隠しきれずにいる。
「こんなに長い列……いつまでかかるんだろう?」
レイが不安げに呟いた。
「ここは王都の玄関口じゃわい。人が集まるところじゃから、仕方あるまい」
ボルグルが答える。だがその顔には、かすかな険しさが浮かんでいた。
「通るたびに気に入らん街じゃわい。門番のやり方がいけ好かん」
「どういうことですか?」
レイの問いに、ボルグルは短く言い放った。
「門を通る時にわかるわい」
やがて、レイたちの番が来た。
門番たちの目は、一瞬で馬――いや、スレイプニルに釘付けになる。
「……なんだこの馬は? 足が八本!?」
「筋肉のつき方が異常だぞ……魔物か?」
「見ろよ、この毛並み……下手すりゃ王族でも乗れねぇぞ」
恐れと興奮が入り混じった視線が、スレイプニルに集中する。
次いで、彼らの視線は馬車へと移った。
「馬車も異常だな。彫りが入ってる……帆布の質も極上……車輪、四つじゃねぇぞ?」
「おいおい。お前ら……こんな贅沢な馬と馬車で旅とは、いいご身分だな?」
「通行税とは別に――贅沢税も、払ってもらおうか」
「嫌なら、その馬と馬車、置いていけよ」
「そ、そんなの無理です!」
レイが即座に抗議する。
「馬車は俺たちにとって必要なものですし、シルバーだって……!」
「必要かどうかを決めるのは、こっちだ」
門番の一人が前に出てきた。
「馬車で金貨一枚、馬で金貨一枚。合計で二枚。さっさと払え」
レイは唇を噛み、フィオナとセリアに視線を送る。が…
「で? 払えないなら、物納でもいいぜ?」
もう一人の門番が下卑た笑みを浮かべる。
「そっちの猫耳の嬢ちゃん――一晩、俺たちと――」
「おいッ!!」
鋭く張り詰めた声が門前を裂いた。
門番たちはビクリと肩を跳ねさせ、あわてて振り返る。
革鎧に身を包んだ男が、重い足取りで近づいてきた。
門番の上官だ。
彼はレイたちをざっと一瞥し、馬車の後部に掲げられた旗に目を留める。
「……どういうつもりだ?」
ただ一言。それだけで空気が変わった。
「い、いえ、ちょっとした確認で……」
「黙れ。来い」
上官は門番の腕を乱暴に掴み、そのまま人気のない場所へ引きずっていった。
もう一人の門番は顔面蒼白となり、その場に凍りついたまま動けない。
「お前、御者台の後ろの旗、見えなかったのか!?」
距離があるのに、怒声は漏れ聞こえた。
「あれはセリン子爵家の紋章だぞ! あそこと揉めたらどうなるか、分かってるのか!?
鉄も、小麦も、紙も止まる。ミルドブラなんか一週間で干上がるんだぞ!」
「で、でも……贅沢税って、もう……」
「いいから黙って通せ! なにがあっても余計なことは言うな。
『通っていい』だけ言え。……それで終わりだ」
「は、はいっ……!」
数分後。門番は引きつった顔のまま戻ってくる。
「……お前ら、もう通っていいぞ。早く行け」
その声は、虚勢を張るように硬かったが、背後には恐怖が滲んでいた。
「なんか……急に態度が変わった。何だったんだ……?」
門を通りながら、レイがぽつりと呟く。
「レイは気づいてなかったのニャ?」
サラが肩をすくめて笑った。
「セリン子爵の旗、ちゃんと掲げてあったニャ? あれ見て、門番たち、顔面蒼白だったニャ」
「え、そうなの?」
「そうニャ。初めて旗が役に立ったニャ!」
サラは誇らしげに尻尾を左右に揺らした。
(レイ、どうやらセリンの鉄や小麦がなければ、この街も困るらしいです。
紙も貴族や商人たちに人気があるようで、それを止められるのが何より怖かったんでしょうね)
レイは門を振り返りながら、感心したように呟いた。
「ふーん……旗一つであんなに態度が変わるなんて。セリンって、凄かったんだな」
すると、ボルグルがふんっと鼻を鳴らして言った。
「なんじゃい? お前さんらはセリンに住んどるんじゃろ?
あそこは古い商家の出でのう、爵位こそ“子爵”じゃが、実際の影響力は伯爵並みじゃわい。
下手な上級貴族より、よほど金も力も持っとる。王家でさえ口出しできんくらいじゃ」
サラが門番の方を振り返りながら、笑いを含んだ声で続ける。
「あの門番たち、セリンって気付いた途端、完全に“関わりたくない”って顔してたニャ」
サラが笑いながら言ったその時――
「ふふ……じゃあ、指輪も見せたら面白かったかもね」
リリーがニヤリと笑う。
「……やめてくださいよ。それはミストリアの商業ギルドで懲りましたって」
レイはポケットから銀の指輪を取り出し、肩をすくめた。
「あの時、この指輪見せたら、受付の人がカウンター飛び越えてジャンピング土下座してきたんですよ?」
「えっ!? あの奇抜なテントを作ってもらっただけじゃないのか?」
フィオナが驚いて声を上げた。
「いろいろあったんです……」
レイは遠い目をしながら、そっと指輪をポケットに戻したのだった。
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