第240話(この川は何処に続く?)
一行はエルトニアを出発し、カム川を南下するルートを進んでいた。
カム川の上流に差し掛かると、川幅もそれほど広くなく、水深も浅い。シルバーが引く馬車でも十分に渡れそうだった。
「これなら問題なく渡れそうですね」
レイが馬車の先を見ながら言う。
「そうだな。水の流れも緩やかだし、シルバーなら難なく渡れるだろう」
フィオナが馬車の中から様子を確認しつつ答えた。
そこへボルグルが警告を発した。
「川を渡るのは簡単じゃわい! でも、この先は魔物が出るんだぞい!」
「シルバーに追いつけるかしら」
リリーが訝しげに呟く。
「後ろから来るとも限らんのじゃぞい!」
ボルグルがさらに注意を促す。
そのときだった。カム川の浅瀬を進んでいた一行の前で、水面が突然波打ち、不穏な気配が漂い始めた。シルバーが少し警戒したように足を止める。
そして、次の瞬間――川の中から、ぬるりと大きな影が現れた。
「でかい蛇だッ!」
レイが叫ぶ。
(川の中に潜んでいたようです)
アルが冷静に状況を分析する。
一同が臨戦態勢に入ろうとした瞬間、シルバーが一歩大きく踏み出した。
「バシャーン!」という音とともに、川の水を大きくかき回し、水しぶきが飛び散る。
「えっ……?」
レイが驚く間もなく、巨大な蛇の姿はシルバーの一踏みによって水の中に沈んでいった。
「あら、終わっちゃったわね……」
セリアが肩をすくめ、呆気に取られて笑う。
「シルバー、強いニャ」
サラがにやりと笑いながら、誇らしげにシルバーを撫でた。
「ま、まぁ、こういうこともあるぞい……気をつけて行くんだわい」
ボルグルの言葉とは裏腹に、その表情には明らかな驚きが浮かんでいた。
シルバーはそのまま川を渡り、反対岸に到達した。馬車を止めると、レイが馬車を降りて川へ向かう。
「ちょっと待っててください。蛇を引き上げます」
そう言って、レイは川へと入っていった。水は太腿まで浸かるほどあり、思ったよりも深かった。
「レイ君、危ないわよ!」
リリーが心配そうに声をかける。
しかしレイはそのまま川底を探り、蛇の体をつかんだ。
「うわ、結構大きいな、この蛇……」
驚きながらも力を込めて蛇を引っ張り上げ、そのまま岸へと運び上げる。
引き上げられた蛇を目の当たりにし、一同はその大きさに目を丸くした。
「まさかこんなに大きかったとは……」
フィオナが感心したように呟く。
「なんていう蛇なんですか、これ?」
レイが興味深そうに尋ねる。
「ふむ、わしも知らんぞい。だが、なかなかの獲物じゃな。これなら良い皮も取れるかもしれんぞい。ただ、毒があるかも知れんから肉は諦めるしか無いぞい」
ボルグルが蛇をじっくり観察しながら答えた。
ボルグルが見事に蛇の皮を剥いでくれたので、それを馬車に積み込み、一行は再び進み始めた。やがて川岸を離れ、林の中へと入っていく。
その途中、突然後方からウルフの群れが追いかけてきた。
だがシルバーは即座にペースを上げ、距離を広げていく。
馬車の扉から半身を乗り出したフィオナが素早く弓を構えた。風を読み、矢を放つ。
一本目は先頭のウルフの頭部に命中。続けて放った二本目、三本目も次々と命中し、追跡していた三頭のウルフは倒れた。
フィオナは静かに馬車の中へ戻り、軽く息を整える。
「残りは逃げたな。もう追ってこないだろう」
その言葉を受け、馬車の屋根からボルグルの声が響いた。
「普通はもう少し手こずるもんじゃぞい……わしが護衛になっとるか心配になってきたわい」
セリアがくすりと笑った。
「ボルグルさんがいてくれるから、安心して戦えるんですよ」
「ふむ、じゃが、もう少し活躍の場をくれんかのう……」
ボルグルはぼやいた。
「ボルグルさん。次はお願いします」
レイが笑いながら応じる。
「私の出番は? 私も立場上は護衛なのよ?」
リリーが口を挟む。
「リリーさんもお願いします!」
レイが即座に返すと、リリーは満足げに微笑んだ。
そんな和やかなやりとりが続く中でも、空は徐々に朱に染まり始めていた。
会話を続けながらも、一行は日が暮れる前に野営の準備をしなければならなかった。
林を抜けてしばらく進むと、左手に川が見えてきた。
「あれ?これはカム川ですか?」
レイは川を指さして質問をした。
「いや、本流はカム川だが、こっちはトム川という派川になるんじゃぞい」とボルグルが説明する。
「『はせん』ですか?」
「うむ。派川というのは、本流から分かれた小さな川のことを言うんじゃぞい。
しかも、このトム川は作られたように真っ直ぐな派川なんじゃわい」
「確かに真っ直ぐになってますね。まるで用水路みたいだ!」
「しかも、この川は途中で地下に潜ってしまうんじゃぞい」
「へぇ、それ観てみたいです」
「残念だが、今回はそこまでは行かんぞい。地下に潜るのはかなり先じゃわい」
とホルグルは苦笑いを浮かべた。
「あら、グリムホルトの近くもそんな感じになってるわよ」
リリーが思い出したように口を開く。
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、私も知ってるわ、カム川が二つに分かれて片方は海まで続くけど、
もう片方の川は、グリムホルトの南の草原からだんだん細くなって、最後は川が地下に潜っちゃうのよね」
とセリアが捕捉した。
「その水、どこに行っちゃうんでしょうね?」
「まぁ、気になるだろうが、今は日が暮れる前に野営準備をしよう」
とフィオナが促した。
レイは頷き、川沿いの適当な場所を探し始めたのだった。
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