第238話(驚愕の価値)
翌朝。
レイたちは馬車に荷物を積み込み、エルトニアに向けて出発した。
通常の馬車なら二日かかる距離だが、シルバーが引く馬車なら一日で到着できる。
道中、馬車はなだらかな丘陵地帯を抜け、徐々に石肌が目立つ岩場の地形へと移っていった。
御者台に座るレイの背後、馬車の屋根の上では、ボルグルが景色を見渡している。
「エルトニアから川の上流を抜けて王都を目指す道もあるんじゃが、あれはあまりオススメできんのう」
ボルグルが声をかけてくる。
「途中には大きな町が一つもない。泊まるなら野営か、小さな村を見つけるしかない上に、魔物の出現も多いんじゃわい」
レイは手綱を調整しながら少しだけ振り返る。
「なるほど、じゃあ別の道があるんですか?」
「ふむ。エルトニアから南に下って、カム川の上流を渡る道がある。少し遠回りになるが、比較的大きな村を経由できるし、魔物の出現も西側よりは少のうて済む。道幅も広く、護衛もやりやすいんじゃぞい」
「なるほど、安全第一ですね。それにしても、この辺りの景色、ちょっと独特ですね。石が多いというか…」
レイが周囲を見渡しながら言うと、ボルグルは「ふふん」と鼻を鳴らした。
「よう気づいたのう。あの先に見える崖が、エルトニアの石切場の名残じゃ。町そのものが、石材とともに築かれた土地なんじゃ」
「石切場、ですか?」
「そうじゃ。エルトニアは昔、山のふもとの巨大な石切場だったんじゃわい。今でもその名残が町に残っとる。建物のほとんどは、地元の石を切り出して建てたものじゃぞい。がっしりしとって、まるで城塞のような町並みになっとるんだわい」
「へぇ…町そのものが石で出来てるって感じですか」
「うむ。外から見れば、自然と一体化した砦のように見えるじゃろう。町の段差や建物の形も、その石切場の地形に合わせて作られておる。まこと見どころのある町じゃわい」
レイは目の前に広がる岩壁の連なりに視線を向け、唸った。
「じゃあ、宿も石でできてるんですか?」
「もちろんじゃ。あの町の宿は、夏は涼しく、冬は暖かい。気候に左右されん造りになっとる。わしも何度か泊まったが、なかなか快適じゃったぞい」
「それは楽しみですね。到着したら、宿屋を探すところから始めますか」
「まあ、わしの話は泊まった宿屋の爺さんの受け売りじゃわい。泊まる度に自慢されとるからのう。すっかり覚えてしまったわい。わっはっは」
***
安全を優先し、一行はボルグルの提案したルートを採用する事にして、
予定通り、馬車はエルトニアの石造りの門前へと到着した。
町の入口には、ちょうど道端の石に腰掛ける年配の男性がいた。レイは御者台から軽く声をかける。
「すみません。宿屋を探してるんですが、石造りの建物ばかりで、どこが宿屋か分からなくて…」
その瞬間、老人はにこにこと話し始めた。
「ほっほっほ。宿屋をお探しか。なら話は早い。……じゃがの、せっかく来たんなら教えてやろう」
そして始まったのは、まさにボルグルの言っていた通りの石切場自慢だった。
「昔な、このエルトニアはシラネー山脈のふもとの石切場だったんじゃよ。石を削ってな、段々の地形ができて、その平らな場所に町が築かれたんじゃ。建物も段差に沿って建てられ、全部あの石切場の石を使っとる。まるで砦のような町じゃろう?」
「はあ、すごいですね。でもその、宿屋は…?」
「じゃから言うたじゃろ? わしが宿屋じゃが?」
「ええっ!?」(言ってないって!)
レイの素直な驚きに、老人は自慢げに胸を張った。
「うちの宿はの、石切場の石で造られとるから、夏は涼しく冬は暖かい。町でも評判の宿なんじゃ。頑丈でな、風ひとつ通さんぞ」
「……!」(繰り返し聞かされてる気分。覚えてしまいそうだ)
「馬車はそっちに止めなされ。繋いでおけば安心じゃ。受付はこちらじゃから、ついてきなされ」
レイは思わず馬車から飛び降りた。良いか悪いかはさておき、宿屋はあっさり見つかった。だが――
目の前にあるその建物は、まるで町役場のような威圧感を放つ立派な石造り。
装飾も少なく、堂々とした四角い建築は一見して宿には見えない。だが、確かに宿らしい。
「ちょっと待ってください。荷物を下ろしますから」
レイは馬車から細長村のビッグマロンとトクニ梨を取り出した。悪くなる前に食べきってしまおうと思った矢先、爺さんが目を丸くして勢いよく近寄ってきた。
「おい!そ、その箱は…ビッグマロンとトクニ梨じゃと!? おぉ、まさか、どうやってそんな貴重なもんを!」
「えっと…細長村のレースの賞品です」
すると、爺さんの目が輝いた。
「半分で良いから売ってくれ!金貨四枚でどうじゃ?」
「ええぇぇっ!?」
「いやいやいや、栗と梨ですよ!?なんでそんな値段に…!」
「少年、それ知らなかったのかニャ?」
サラが不思議そうに問いかけた。
「レイは知らなかったのだな」
フィオナも静かに呟く。
レイは戸惑いながら、視線を彷徨わせた。
そのとき、宿屋の爺さんが乗り出すように言った。
「それを分けてくれるなら、金貨四枚に加えて宿代もタダにしてやるが、どうじゃ?」
爺さんがさらに条件を上乗せしてきた。
「えぇっ!?ほんとにそんな価値が!?」
サラもフィオナも、その申し出に驚きの声を漏らす。
宿の外観からして、ここが銅貨で泊まれるような場所ではないことは明らかだった。
「わ、分かりました。持ってきたのは悪くなる前に食べたかっただけなので、半分はお譲りします。代わりに、今日の夕飯に調理して出してもらえますか?」
レイの提案に、爺さんは嬉しそうに頷いた。
「やったニャ!今日は幻のビッグマロンとトクニ梨が食べられるニャ!」
「幻の?」
リリーとセリアが顔を見合わせる。
するとボルグルが頷いて答えた。
「…ああ、あれは貴重な代物じゃわい。滅多に手に入らん。特に細長村の品は、伝説的な味わいじゃ」
レイが振り返ると、ボルグルはゆっくりと頷きながら続けた。
「だからこそ、あの荷車レースには一攫千金を狙ってあれだけの人が集まるんじゃぞい。品物の価値を知っとる者にとっては、あれはただの遊びや運動会じゃないんじゃわい」
「でも、お昼にマロンのパンと梨ジュースがありましたよね?」
「あれは普通のマロンと普通の梨じゃ。それでも絶品じゃったろ?それよりずっと希少価値があるんじゃ」
「もらったとき、正直しょぼい賞品かと思ってましたけど…そんなすごいものだったんですね」
レイは納得したように頷いた。
サラとフィオナがさらに補足する。
「特にトクニ梨は、貴族でも入手困難なのだぞ!」
「王宮にだって、専用の輸送手段で届けられるくらい貴重なんだニャ!だから私も必死で走ったんだニャ!」
「なるほど、サラさんが四回も出場する理由が分かりました」
レイはようやくすべてを理解したのだった。
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