第236話(爆走荷車モンスター再び)
会場からアナウンスが入る。
「さぁ、先ほどのスタート位置の入れ替えで少し揉めていましたが、ついに決勝戦の準備が整いました!ここで今大会の頂点が決まります!」
「まずはゼッケン一番、レイ選手!彼はこれまで巧みな駆け引きと圧倒的なスピードで勝ち上がってきました。その冷静な判断力で、ついにここまでたどり着いた注目選手です!」
「そして対するはゼッケン十八番、豹の獣人ケンザ選手!俊敏さと圧倒的なパワーで、これまでの試合を圧倒してきた強敵。特に準決勝で見せたあの加速、果たして決勝ではどう出るのか!それではスタートです!」
スターターがゆっくりと手を上げ、「用意」と声をかけると、会場の緊張感が一気に高まる。
そして、その手が振り下ろされ、「スタートッ!」とともに決勝戦が幕を開けた。
ケンザもレイも完璧なスタートダッシュを決め、両者が並んでスタートを切った。
まさに決勝戦にふさわしい、息を呑むような拮抗状態だった。互いに譲らず、並走しながら進んでいった。
百メルを進んだ辺りから、ケンザが動きを仕掛けてきた。
バルクと同じように、荷車をわざとぶつけてきたのだ。
再び、車輪の辺りからギャリギャリと嫌な音が響いてくる。
「なるほど、同じ方の車輪を痛めるためにスタート位置を入れ替えたんだな」
レイは冷静に感じ取った。
荷車の負荷を避けるため、レイは右にずれる。それを追うようにケンザも同じく右に寄ってきた。
コースが狭くなり、屋台にぶつかりそうになったレイは、一瞬、スピードを緩めて様子を見ようとした。
その瞬間だった。荷車の車輪が突然、捻れだし、ギシギシと不吉な音を立て始める。
「あっ!」
思った瞬間、車輪が外れて転がり、屋台の傍まで飛んでいった。
荷車はガリガリと地面を削りながら止まってしまう。レイは状況を把握したが、どうすることもできない。
ケンザはイヤらしい笑みを浮かべ、レイを置き去りにして走り去っていった。
「卑怯だぞ!」
「狡い!」
フィオナ、セリア、リリー、サラの怒りの声が響いた。
レイの頭の中で、何かがブチッと切れる音がした。怒りを抑えきれず、反対側の車輪を蹴り飛ばして外す。荷車の取っ手を握り、魔力を循環させようとした時――視界に、シルバーが木製の馬車を一瞬で破壊する映像が映った。
それはアルが冷静さを取り戻させるために見せたものだった。だが背景は灰色一色、馬車も巨大な荷車にしか見えない。滑稽な映像に、レイは思わずツッコミを入れそうになり、その奇妙さで頭が少し冷えた。
(レイ、全力で走れば荷車は崩壊します。筋力を強化し、負荷を分散させます。闘志は熱く、頭は冷静にです)
「分かった!でもあいつは全力でぶっ潰す!」
そしてレイの猛追が始まった。
残り三百メル。レイは車輪のない荷車をギシギシと引きずりながら、徐々に加速する。最初は「ギギギ…」と重苦しい音を立てていたが、次第に「ゴリゴリッ」と地面を削る音へと変わり、砂煙を巻き上げた。
本来なら足腰にかかる負担で止まるはずなのに、アルが筋肉の収縮を最適化し、酸素供給と魔力循環を同調させていた。レイの脚はまるで鉄のピストンのように動き続ける。
観客は目を見開き、口を開けたままその光景に釘付けになった。
「まさか、車輪なしで走るのか!?」
「いや、どう見ても引きずってるだろ!あれで走れるはずが…」
荷車はガリガリガリガリッ!ズゴゴゴゴゴ!と異様な音を立て、地面に深い溝を刻んでいた。
「おい!荷車が削れてるぞ!」
「なんで速くなってるんだ!?」
誰もが信じられず息を呑んだ瞬間、会場に爆笑が巻き起こった。
「ハハハッ!信じられねぇ!」
「うそだろ!」
観客席は笑いと歓声の渦に包まれ、場内全体が熱気で揺れる。そして次の瞬間、観客全員が声を揃えて応援を始めた。
「あんちゃん!頑張れ!」
「そのまま突っ走れ!」
「ぶち抜け〜!」
「すごい、信じられねぇ!」
レイはさらに加速する。バリバリッ!ギシャシャシャアッ!と荷車が悲鳴を上げ、地面を削りながら突進。ケンザは背後から迫る爆音に何度も振り返り、そのたびに目を見開いた。
「な、な、何なんだ、あの男は…!」
次の瞬間、砂煙を巻き上げたレイの荷車がケンザの横を一気に抜き去った。ケンザはただ呆然と立ち尽くし、目で追うことしかできない。
レイは歓声を浴びながらゴールラインを駆け抜けた。最後の瞬間までガリガリッ!バリバリッ!と音を響かせ続けた荷車は、ゴール地点でようやく止まった。
会場は一瞬の静寂に包まれ、次の瞬間には大歓声が湧き上がった。
「うおおおおおおおおおぉぉーっ!」
「勝ったぁぁぁぁーっ!」
「スッゲーーーッ!」
「あいつセリンに居た爆走荷車モンスターだっ!」
「魔物を荷車に乗せてた爆走野郎だ!」
どこかの通行人の叫びも混じり、誰もがレイの常識外れのパワーと走りに圧倒されていた。
ケンザは完全に戦意を失い、ゴールに立つレイをただ見上げるしかなかった。
砂煙の中で堂々と立ったレイは、拳を天に突き上げて勝利の瞬間を全身で感じ取った。
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