第234話(激突の先に)
昼の休憩が終わり、残すところ準決勝と決勝のみとなった。アナウンスが始まると、
会場は一層騒がしくなり、否が応でも緊張感が高まってくる。
「さぁ、準決勝に進む全員が決定しました!
この四つのブロックの中から勝ち上がってきた選手の中から今回の優勝者が決まります。
まずは第一ブロックのゼッケン一番、レイ選手。彼はなんと『疾風迅雷』の一番弟子だったことが判明!
やはりただ者ではありませんでした!」
「続いては第二ブロックのゼッケン八番、犬の獣人バルク選手!
こちらも三回戦まで危なげなく突破してきた実力者です。
その圧倒的なパワーとスピード、その力がどこまで通用するのか、期待が高まります!」
「そして三人目はゼッケン十八番、ケンザ選手!豹の獣人として、その俊敏さと力を遺憾なく発揮し、
なんと優勝候補のシエン選手を三回戦で破りました!このまま優勝してしまうのか、注目が集まります!」
「最後の一人は紅一点、第四ブロックからは、ゼッケン十二番のソレン選手です!
彼女は公都の港湾施設で荒くれ者の海の男たちに混じって埠頭の荷役作業をしているプロの運び屋。
その鍛え抜かれた体力と実力で、ここまで勝ち上がってきました!」
観客はざわつき、選手たちへの期待が高まるなか、準決勝第一試合が始まろうとしていた。
「さぁ、レイ選手とバルク選手がスタートラインに立ちました!」とアナウンスが響いた。
「用意、スタートッ!」
鋭いスターターの号砲とともに、レイとバルクは勢いよくスタートした。
レイはアルのナノボットによる脚力強化で一気に加速しようとするが、荷車がずっしりと重く、
足にさっきとは違う重圧がかかるのを感じた。
レイの荷車には、今までの倍の錘が仕掛けられていたのだ。
初めはその重さに僅かに表情を曇らせたものの、「なるほど、そう来たのかよ」とすぐに気持ちを切り替え、
脚にかかる負荷を感じつつも冷静にペースを保ち、バルクの後ろにぴたりとついていった。
バルクは後ろを振り返り、レイがぴたりと後ろについているのを確認すると、進路を妨害するために
右へ左へと荷車を大きく振り始めた。
しかしレイは冷静にその動きを観察していた。残り百メルの地点、バルクが左に進路を切るのを目で追うと、
レイは素早く右側に移動し、一気に加速を開始した。
バルクの横に並んだ瞬間、「クソッ!」と叫びながら、焦ったバルクはレイの荷車に自分の荷車を
激しくぶつけてきた。車輪同士が激突し、火花が散るような激しい音が響く。
「おお、両者、接触だ!」
アナウンサーが叫ぶ中、ギャリギャリギャリギャリッ!と車輪が嫌な音を立て、激しい接触が続く。
「ギャリギャリッ」
嫌な音を立てる車輪に、レイは「これじゃ壊れちゃうよ」と判断し、素早く右にずれてから
一気にダッシュしてバルクを引き離した。
焦ったバルクが無理にレイのいた方向に舵を切ると、バランスを崩した荷車の車輪が外れ、
ガリガリと地面を削る音が響き渡る。バルクはその場で動きを止めざるを得なかった。
レイがゴールラインを駆け抜け、見事一人目の決勝進出者となった。
観客席は大歓声に包まれ、彼の勝利に沸き立ったが、その直後に物言いをつけてきた者がいた。
「おいおい、今のは反則なんじゃないか?バルクの荷車が壊れちまったじゃないか」
と、豹の獣人ケンザがゴールライン付近にいたレース関係者の係員に詰め寄り、
レイの荷車の車輪部分の傷を指差してイチャモンをつけ始めた。
係員は困惑した顔で応対していたが、ケンザはさらに食ってかかる。
「疾風迅雷の弟子なら何をしても許されるってか?」
その様子に観客もざわつき始めたが、どこからか声が上がる。
「あれは八番の方がぶつけてきたんだろ!」
「そうだそうだ!あの犬の獣人が進路妨害してただろ!」
「反則なのはあっちだ!」
と、色々なところからヤジが飛び交い、ケンザは舌打ちをして不満げに引っ込み、立ち去った。
レイはその場にいた係員から「大丈夫でしたか?」と声をかけられた。
「こっちは問題ありません」とレイは落ち着いて答えた。
係員は安堵の表情で続けた。
「過去にも接触事故は何度も起きてまして、それも含めてレースの一部とされているんです。
明らかに器物を使って進路を妨害するとか、対戦相手を直接蹴るなどの行為でなければ
反則にはならないんですよ」
レイは微笑んで「気にしていませんから」と返し、係員に軽くお辞儀をしてその場を後にした。
一方、遠くからその様子を見ていたケンザとバルク。
第ニ試合が始まるため、ケンザはスタートラインへ向かって歩き始めた。バルクは悔しそうに呟いた。
「クソッ、あの野郎、錘を倍にしてもケロッとしてやがった。」
ケンザは冷静に「そうだな。ただ、ヤツの荷車も無事じゃなさそうだ」と応じた。
「ん?どういうことだ?」とバルクが疑問を投げかける。
「さっき係員に文句を言うフリをして、ヤツの荷車をじっくり見てやったんだ。
ぶつかった車輪が少し歪んでたよ。もう一撃喰らわせれば、それで終わりだ。」
バルクは納得したように頷いた。
「なるほどな、じゃあ後は任せたぞ。」
「ああ、了解だ」
ケンザは薄く笑みを浮かべて、静かに次のレースの準備を進めた。
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