第232話(ストロングキャリッジレース)
九月十五日、この日は細長村のストロングキャリッジレースの日だ。
三月、六月、九月、十二月の各十五日に行われるこのレースは、村に初物が出回る時期に合わせて
開催されている。
春は山菜、夏は夏野菜、秋は果物、冬は冬野菜──。
その初物をいち早く手に入れようと、村人たちが荷車を引いて競ったことがレースの起源だと、
看板には書かれていた。
予選は村の入り口の向こう、荒野に設けられた特設会場で行われる。
広大な荒野にわざわざ上り坂と下り坂を設け、参加者たちは錘を積んだ荷車を引いて走る。
百名近い参加者のうち、三十二名のみが決勝に進める。
村長の長い挨拶が始まった。
「本日は天候にも恵まれ、秋晴れの中、こうして皆さんと……」
「……二十年の歴史を持つ……あれは三年前……皆さんの健闘虚しく……」
「……それでは、まだまだ暑い日は続きますが、熱中症にはくれぐれも気をつけて、楽しんでください!」
ようやく終わったが、挨拶の最中に何人かが熱中症で倒れていた。
その後、来賓席にいたサラが壇上に上がる。殿堂入りの経歴から、挨拶を頼まれていたようだ。
「こんニャちは。みんな頑張ってニャ!」
それだけ言って、サラはさっさと壇上を降りた。
「さすが殿堂入り、最速の挨拶でした!」
アナウンスがそう言うと、会場に笑いが広がった。やはり、挨拶は短いに限る。
予選が始まり、レイは最初のレースで早々に勝ち抜けを決めた。
特別な戦略を使ったわけではない。上り坂で参加者のペースが落ちる中、レイは脚力強化を使って
そのまま突き進んだのだ。
上りだけアルに強化を頼み、あとは自力で走り抜けただけで、他の参加者を圧倒した。
あの獣人二人も、後のレースで予選突破してきた。実力はある。
だが、負けた相手を嘲るような態度は、どうしても気になった。
「レイ、お疲れ様。最初、出遅れたのかと思ってヒヤヒヤしたぞ」
フィオナが微笑んで声をかける。
「いや、スタートから飛ばすのはやめようと思ってただけです」
レイは肩をすくめた。
「レイ君、お疲れ。これで決勝に進めるんでしょ?」
セリアが確認する。
「はい。決勝トーナメントの一番の枠らしいです」
「ニャ、少年、ご苦労だったニャ」
サラがにやりと笑う。
「昨日の練習の方がキツかったですよ、サラさん」
「アレは本番用ニャ!」
サラが得意げに言い返す。
「いやいや、オレ初出場ですからね? ハンデ無しですよ?」
レイが苦笑しながら言うと──
「ニャんだとッ!」
サラが驚愕の声を上げた。
そんなやり取りの最中、遠くから彼らをじっと見ている者がいた。
あの獣人二人、豹の獣人と犬の獣人である。
「アイツの枠は一番だったよな?」
豹の獣人が確認する。
「ああ、間違いない。荷車もすでにスタート位置に置かれてるはずだ」
犬の獣人が答える。
「そりゃいい。今がチャンスだな」
二人はニヤリと笑い合い、周囲を伺いながら静かに動き出した。
予選が終わり、決勝トーナメントの三十二名が発表される。
「一回戦第一試合は、ゼッケン一番レイ選手と、ゼッケン十六番ベン選手です!」
アナウンスが響き、レイはスタートラインへと向かう。
隣には、大柄な男ベンが荷車の前に立っていた。
「頑張ろうぜ」
ベンがにこやかに声をかける。
「ええ、全力でいきます」
レイも笑顔で応え、荷車の取っ手を握る。
スタートの合図と同時に、二人は走り出した──
が、一メル進んだところでレイの荷車がガクンと止まる。
「……何だ?」
荷車に目をやると、車輪に結びつけられた金属片が見えた。
「これか……」
レイは素早く紐を解き、再スタートを切る。だが、すでにベンは三十メル先にいた。
「こりゃ、最初から飛ばすしかないか……」
「アル、脚力強化お願い!」
(了解です、レイ。三割アップで良い勝負になるでしょう)
「じゃあ、行くよ!」
レイは荷車を引いて全速力で駆け出した。風が顔を打ち、地面を蹴るたびにベンとの距離が縮まっていく。
残り五十メルで並び、ラストスパートで一気に追い抜いた。
ゴールの瞬間、観客から歓声が上がる。
振り返ると、ベンもすぐにゴールしていた。彼は笑ってレイに手を振る。
だが──視線を横に向けたレイの目に、睨みつける獣人二人の姿が映った。
「やっぱり、あいつらか……」
荷車を係員に預け、応援席に戻る。
「何があったの?」セリアが不安げに聞く。
「最初のアレは何だったんだ?」フィオナも首を傾げる。
「これが車輪に付いてたんですよ」
レイは、紐に結ばれた金属片を見せた。
「何よこれ、明らかに妨害行為じゃない!」
リリーが怒りをあらわにする。
「アイツらかニャ?」
サラが睨むようにつぶやく。
「どうするんだぞい?」
ボルグルも眉をひそめる。
レイは静かに笑った。
「妨害されたって、負けませんよ。こっちだって奥の手があるし──逆にギャフンと言わせてやりますよ!」
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