第23話(詐欺師の才能)
セリンの町に戻ると、荷車から降りたフィオナがサラの肩を借りてこちらへ歩いてきた。
「レイ殿、助けてくれて感謝する」
真剣な表情で頭を下げられ、レイは少し照れたように笑った。
「気にしないでください。命に別状がなくて、本当に良かったです」
フィオナの状態は気になっていたが、それを口には出さなかった。
フィオナは微笑んだ後、少しだけ表情を曇らせた。
「ただ、この怪我がどこまで治るか、まだ分からない。最悪、後遺症が残るかもしれないと聞かされた」
レイは不安になり、率直に尋ねた。
「……元通りには、ならないんですか?」
フィオナは小さくため息をつき、肩をすくめた。
「半年経っても回復しなければ、前みたいには走れないかもしれない。完全に治すには、ダンジョンの中でごく稀に見つかる霊薬か、高位神官の治癒術が必要だそうだ」
「そうなんですか……」
レイはその言葉の重さに、しばし言葉を失った。
「だが、そんな治療は、普通の冒険者には到底手が届かないのが現実だ」
沈んだ声でそう続けたフィオナに、レイは何かできないかと考えたが、すぐに現実に引き戻された。
フィオナは深く息をつき、レイの目を見つめた。
「それと、オークジェネラルの件でギルドマスターに報告しなければならん。どうやらギルド内で新たな魔物の情報が錯綜しているようで、混乱しているらしいんだ。ただ……私の記憶が曖昧でな。できれば一緒に来てくれると助かるのだが、どうだろうか?」
(オレのせいだ……どうしよう……)
心の中で呟きながら、レイはまず考える時間が欲しいと思った。
足元の荷車や物資に目をやり、自然と行動が思い浮かぶ。そうだ、まず片付けを済ませなければ、次の行動に移せない。
「分かりました。でも、まず荷車と物資の片付けをしないと。それが済んでからでもいいですか?」
「構わん。片付けが終わったらギルドに来てくれ。私たちはそこで待っている」
フィオナはうなずき、サラと共に建物の方へと歩いていった。
彼女たちの背中を見送ったレイは、荷車の前で立ち尽くす。
「ふぅ、何とか時間を作れた。フィオナんさんの事も何とかしてあげたいけど……オレに、何ができるんだろう」
その時、アルが念話で話しかけてきた。
(レイ、この先、怪我をした人を全て治すつもりですか?)
(いや、さすがにそれは無理だろう)
(それを聞いて安心しました。おそらく、治癒の力が知られると、権力者や政治家の注目を浴びることになるでしょう。今は力を隠しておく方が良いです)
(そうだね。でも、こうやって話をしちゃうと、彼女を治してあげたいって思っちゃうんだよ。けど、それは難しそうだな)
レイはギルドに向かう途中、フィオナの状況について考え続けながら、アルとのやり取りを続けていた。
(それと、ギルドマスターへの報告はどうしますか?)
(それも問題だよな。前にセリアさんに話した時みたいに、何か良いストーリーがないかな?)
(レイ、治癒は別としても、俊敏さや体力はこの先、隠し通せない能力です。それについては覚悟を持って対処する必要があります)
(そうだよな…)
(では、私が言う通りに話してください。ただし、相手はギルドマスターなので一度は注意を受けると思います。覚悟しておいてください)
レイは少し緊張していた。足取りが自然と重くなり、ギルドに向かう足がぎこちなく感じられる。
「やっぱり怒られるのかぁ、まぁしょうがないよな」
***
ギルド内は騒然としていた。ジェネラル討伐は完了していたが、そのジェネラルが何者かに半死状態にされたという噂が広まり、新たな魔物の仕業ではないかと囁かれている。森の閉鎖がさらに延びるのではないかと、冒険者たちはざわついていた。
レイは、一刻も早くこの混乱を収めなければならないと覚悟した。足早にフィオナとサラに合流し、三人でギルドマスター室に入る。レイは、アルと考えたストーリーから外れないよう、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「ギルドマスター、オークジェネラル討伐の件についてお話ししたいことがあります!」
ギルドマスターは少し興味深そうにレイを見つめた。
「新たな情報か?続けてくれ!」
レイは一瞬、深呼吸をして、心臓の高鳴りを抑えながら話し始めた。
「実は、最初にオークジェネラルを見つけた時、フィオナさんが襲われそうになっていました。そこで、私の師匠から教わった方法を使い、一時的に力や俊敏さを高め、オークジェネラルの頭を膝で蹴り飛ばしました。その隙にフィオナさんを抱えてその場を離脱しました」
ギルドマスターの眉が少し動き、疑念を抱くようにレイを見つめる。
「おい、つまり、オークジェネラルが怯んでいたのは君の仕業だったということか?しかし相手はジェネラルだぞ?その方法というのは一体何だ?」
レイは緊張を隠しつつ、言葉に力を込めて答えた。
「その方法は、火事場の馬鹿力を自分の意思で発揮できるようにする訓練です。その結果、力や俊敏さが向上しますが、完全にコントロールできているわけではありません。危険を感じた時はすぐに発動しますが、普段は失敗することも多いのです」
「おい、色々新しい情報が出てきたな…。まず、その『師匠』について詳しく聞かせてもらおう。誰からその訓練を受けたんだ?」
ギルドマスターはさらに追及するように問いかけた。
レイは一瞬、心臓が早鐘を打つのを感じたが、冷静さを保つよう努めた。
「師匠の名前は明かせません。彼は隠遁の身であり、他人に知られることを望んでいません。しかし、その訓練のおかげで力と俊敏さが向上し、私には非常に役立ちました」
ギルドマスターの目が鋭くなり、少し疑念が深まったように見えた。
「それはギルドにとっても有益な情報だ。その訓練で力や俊敏さが向上するなら、他のギルド員にも教えたいんだがな?」
レイはギルドマスターの申し出に驚き、焦りを感じたが、必死で冷静さを保ち続けた。
「ギルドマスター、そのお気持ちは非常にありがたいです。しかし、その訓練は非常に危険です。正しい指導がなければ、逆効果になる可能性があります」
レイは慎重に言葉を選びながら説明した。
ギルドマスターは興味深そうに頷いた。
「具体的にどう危険なのか、説明してくれ!」
レイは少し黙ったあと、頭をブルブルと振ると、落ち着いて答え始めた。
「その訓練は、極度の緊張状態を無理やり作り出し、心身に大きな負荷をかけることで力を引き出す方法です。体力や精神力に大きな影響を与えるため、下手をすると深刻な怪我や後遺症を引き起こす可能性があります」
フィオナとサラも驚いた表情を浮かべた。フィオナは心配そうに尋ねた。
「そんなに危険な訓練をやっているのか?」
「はい。実際にその訓練の中で、多対一でオークと戦わされました」
そう言いながら、前に倒した時のオークの魔石を五個、テーブルの上に置いた。
「訓練では、自分より格上の魔物と対峙することもありました。私も何度も失敗し、師匠に助けられました。だから、その訓練を他の冒険者に勧めることはできません」
ギルドマスターは深いため息をつき、やがてうなずいた。
「分かった。君の言う通り、その訓練を広めるのは慎重に考えるべきだろうな。しかし、君の行動は軽率だったことも否めない。オークジェネラルと対峙した時、君の師匠はそこにいなかったんだろう?」
「そうですね。軽率な行動を取ってしまい申し訳ありませんでした。今後、師匠がいない時は、自分のランクに見合った行動を心掛けます!」
「今回は結果として誰も死なずに済んだが、もし能力がうまく発揮できていなければ、君自身も危険だったかもしれん。今後の依頼では、それを肝に銘じて慎重に行動してくれ!」と言い聞かせた。
レイがホッとした顔をすると、ギルドマスターは腕を組み、真剣な表情でレイを見つめた。
「後で検分に立ち会ってもらって、オークジェネラルの死因を確認できたら森の封鎖は解除しよう。それと、討伐報酬はどうする?ラーヴァもトドメを譲られて気持ち悪いと言っていたが、君も報酬は必要か?」
レイは慌てた。
「いやいやいや、オレはオークジェネラルを蹴っただけです」
「蹴るだけでも相当な勇気だがな。まあ、通常ボス戦では、トドメを刺した者が報酬の半分を持ち、残りは参加者で分けるんだが、今回はその通りでいいな?」
ギルドマスターは笑いながら言った。
「それでお願いします」
レイはうなずいた。
ギルドマスターはさらに続ける。
「それと、そのテーブルに置いたのはオークの魔石だろう? 五体も倒して、オークジェネラルを瀕死にする腕を持っているのに、いつまでもEランクのままというのはおかしいな」と言いながら、ギルドマスターはニヤリと笑った。
「ランクアップのための依頼を用意するから、後でまたギルドに来い」
ギルドマスターの言葉に、レイはうなずき部屋を出た。
廊下に出ると、アルと念話でやり取りした内容がほぼそのまま進行していることに、少し驚きながらも安心感を覚える。
レイはアルに念話を送った。
(アル、ほとんど想定通りの話だったぞ。あまりに想定通りすぎて逆に心臓がドキドキした〜)
(必死に冷静さを保ってましたね)
(真剣な顔をしてないと笑いそうだったんだよ。ホントびっくりだよ!アルが言ったこととギルドマスターが同じように話すから、まるで台本を読んでるみたいに聞こえたよ)
(首を振って笑いに耐えてましたね)
(危なかった。あそこで吹き出しそうになったのを必死で止めたんだ)
(ギルドマスターも、レイの話に驚いたかもしれませんね。これでしばらくは問題ないでしょう)
レイはほっと一息つきながらも、これじゃまるで詐欺師みたいだな…と内心で思った。
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