第224話(神殿と試練はセットです)
神殿は村から歩いて一刻ほどの距離だった。
道は緩やかな起伏を繰り返し、やがて丘の向こうに神殿の塔が姿を現した。思っていたより近い。
東部の神殿と同じく、門の前には守衛が立っている。
レイたちは神殿の扉に近づき、指輪を掲げて守衛に取り次ぎを願った。
しばらくすると、司祭が現れる。ゆっくりと右手を開き、左手を胸に当てて、軽く会釈をした。
「ようこそおいでくださいました、聖者様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「精霊様に祈りを捧げたいのですが……」
レイが答えると、司祭は少し考え込んだ。
「巡礼であれば、外殿とその中にある精霊の庭まではお進みいただけます。
ただし、魔法を授かった者は聖域内には入れません。それは聖者様でも変わりません」
「聖域の中には入れないんですか?」
レイが聞き返すと、司祭は渋い表情になり、慎重な口調で答えた。
「聖者様、精霊は非常に気まぐれで、魔法を使える者に対して特に試練を課します。
もっと直接的に言えば――精霊様が魔法を使って攻撃してくるのです。
覚悟のない者が入れば、命を落とすこともあります」
「じゃあ、覚悟があれば入れるんですか?」
レイの問いに、司祭は言葉を選ぶように続ける。
「……どうか、もう一度お考えください。確かに、試練を受けるための“覚悟を示す方法”はございます。
しかし、それで命を落とした者も少なくありません」
するとセリアが、レイの袖を掴んで小声で囁いた。
「ちょっと、レイ君、試練を受けるつもりなの?」
「多分、アルがいれば耐えられると思うんです」
レイの答えに、フィオナが心配そうな声を向けた。
「レイ、本当に大丈夫なのか?」
サラも黙ってレイに近づき、リリーとボルグルも無言のまま見守っていた。
「その試練とは具体的にどういうものなんですか?」
レイが問うと、司祭は一息ついて説明した。
「試練を望まれるのであれば、まず“誓いの巻物”に署名していただきます。
内容は――“精霊の水の中で一日耐える”というものです」
「精霊の水……?」
「これは神殿の地下から引かれる特別な水で、体を浄化し、魂を試す力を持ちます。
極めて厳しく、多くの者が耐えきれずに脱落します。
心身が鍛えられていなければ、この試練を受けることさえ許されません」
レイは、迷いのない声で言った。
「大丈夫です。受けます」
司祭はその決意を確認し、静かに頷いた。
「かしこまりました。準備いたしますゆえ、どうぞ中でお待ちください」
案内されたのは、神殿内の参拝者待機室のような部屋だった。
司祭が去ると、すぐにリリーとサラがレイの元へやってくる。
「なんで試練なんて受けようとしたの?」
リリーが問いかけると、レイは少し躊躇しながら言った。
「ちょっと耳を貸してください」
ちらっとボルグルの方を見やる。リリーとサラが耳を寄せると、レイは静かに打ち明けた。
「実は……オレ自身はまだ魔法を使えないんです。だから、精霊に会って力を得たいんです」
「えっ?でも、ファイヤーボール使ってなかった?」
リリーが目を丸くする。
サラはレイの意図をすぐに理解し、リリーに耳打ちした。
「レイは魔力を供給してるだけニャ。魔法を使ってるのはアルなんだニャ!」
リリーはますます混乱した表情で首をかしげた。
「こっちでちゃんと説明するニャ!」
そう言って、サラはリリーを連れて行ってしまった。
その様子を見ていたセリアがやってきた。
「あの二人、どうしたの?」
「ファイヤーボールのからくりを、サラさんがリリーさんに説明するために引っ張って行ったみたいです」
レイが答えると、セリアは納得したように頷いた。
「ああ、そうよね。リリ姉、そのときいなかったもんね」
レイは一度呼吸を整え、心の中でアルに語りかけた。
(なあ、アル。“精霊の水の中で一日耐える”って……大丈夫だよね?)
(はい。まったく問題ありません。一日であれば氷の中でも快適に過ごせます)
(よかった……大丈夫だとは思ってたんだけど、アルに確認せず即答しちゃってさ)
(問題ありません、レイ。すでに耐久性を強化するための調整を施してあります。
精霊の水でも、氷の中でも、あなたの身体には影響ありません)
(そうか、安心した。前に“なんとかシステム”で体温調整できるって言ってたから絶対大丈夫だと思ってた。
でも、次からはちゃんと聞いてから答えるようにするよ)
その時、戻ってきたリリーが声をかけてきた。
「レイ君、聞いたわよ。ファイヤーボールの話。ずいぶん大変だったんじゃないの?」
レイは少し気まずそうに笑った。
「そうですね。使えるようになるまで、何日も練習しました」
リリーは微笑んで、さらに問いかける。
「そうらしいわね。それと、聖域に入りたい理由も……。でも、もう一つ聞いたわ」
「えっ? 他に何か……教えてないことってありましたっけ?」
リリーはにやりと笑う。
「ツイィーン・フレアーよ!」
「うわーっ! 何教えてるんだサラさん! リリーさん忘れてくださいっ!」
冷水には耐えられるかもしれないが、黒歴史にはとても弱いレイだった。
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