第220話(疾風迅雷の源)
アルが言った。
(レイ、大丈夫です。前回のダンジョンでエリオス合金を手に入れましたので、脚力担当のナノボット全てに
この合金を組み込んでいます。多少の無理をしても修復が可能ですし、修復するたびに強度が増すことが
期待できます)
レイが尋ねた。
「あの〜、アルさんや、一体オレに何をさせようとしてるんだ?」
(レースに出てサラさんの記録を破るのでしょう?
今なら断崖絶壁を飛び越え、川を一息で渡るなど、地形を無視した移動が可能です)
「いやいや、レースなんて出ないから。地形は無視しても良いけど、オレを無視しないで…」
(今度こそ性能の差を思い知らせるのです)
アルはなぜサラとの走り比べだけはこんなに燃えるのだろうかと不思議に思いながらも、
レイは馬車を村の入り口の厩舎に入れた。
村の入り口へ向かうと、何やら大きな像が目に入った。
デフォルメされたサラが荷車を引く姿をかたどった像で、台座には
“SCR殿堂入り疾風迅雷のサラ“ と刻まれている。
レイは驚きを抑えられなかった。
「マジかよ…」
サラは照れくさそうに像に近寄らず、フィオナと少し離れた場所に立っていた。
代わりにセリア、リリー、ボルグルが像の前に集まっていた。
セリアが目を輝かせて言った。
「サラさん、殿堂入りだなんてすごい!」
リリーは首を傾げながら
「でも、なんか足が実物より太くない?」
ボルグルは不満そうだ。
「造形がイマイチじゃわい。もう少しリアルに作らんといかんぞい」
レイは像のプレートを見つめて呟いた。
「このSCRって何の略なんだ?」
セリアたちは顔を見合わせたが、誰も答えなかった。
「仕方ない、サラさんに聞いてみるか」
その時、豹の獣人と犬の獣人の男二人が通りかかった。
彼らはサラの像を一瞥し、嫌味を言って像に唾を吐いた。
「ふん、相手が大したことなかったんだろうよ!」
レイは眉をひそめ、不快感を覚えた。そして店の前で何かを探しているサラに駆け寄って尋ねた。
「サラさんの銅像が建ってましたよ。びっくりしました。
それで、あの銅像に『SCR』って書いてあったんですけど、あれって何の略ですか?」
サラは少し得意げに答えた。
「ふふん、少年!あれはストロングキャリッジレースの略ニャ!」
レイは納得して頷いた。
「なるほど、それでSCRなんですね」
だが、先ほどの豹の獣人と犬の獣人が再び現れ、サラの姿を見つけて因縁をつけてきた。
豹の獣人はニヤニヤと笑いながら、サラを挑発し始めた。
「おい猫人、殿堂入りだって? 大したことない相手に勝っただけだろ?
どうせ人間ばっかりだったんだろうし、楽なもんだよな。俺たち獣人相手じゃ怖くて勝負できないんだろ?」
犬の獣人も笑いながら嘲笑した。
「そうそう、獣人相手なら、一発で置き去りにされるもんなぁ。殿堂入りが聞いて呆れるぜ!」
レイの怒りは限界まで膨れ上がった。
「こいつら…!」
サラは冷静に答えた。
「今は王都に行く予定があるからニャ、だからお前らの相手は無理ニャ」
しかし獣人たちは引かなかった。豹の獣人がさらに挑発を続けた。
「そうかよ、王都に逃げ込むってわけか? やっぱり、獣人相手にはビビって逃げるしかないんだな!
負けるのが怖いんだろ?」
レイはついに怒りを爆発させた。
「サラさん、迎え撃ちましょうよ! サラさんが本気になれば、コイツらなんて余裕で置き去りにできますよ!」
サラは一瞬レイを見て頷いた。
「わかったニャ。勝負を受けてやるニャ。ただし、条件があるニャ」
獣人たちは笑みを浮かべて言った。
「条件?フン、何でも言ってみな」
サラはレイを引き寄せ、宣言した。
「この少年と戦って勝つことが出来れば、私との勝負を受けるニャ」
豹の獣人は鼻で笑いながら言った。
「はぁ?こんなガキ相手に? そんなの勝負にもならねぇよ!」
犬の獣人も不敵に笑った。
「はは、子供相手じゃ余興にもならないな。けど、まぁ軽く楽しませてもらうとするか」
レイは焦ってサラに問いかけた。
「えっ、サラさん、オレがレースに出るの?」
「少年は私の一番弟子ニャ」
「また弟子って! しかも一番までついてるし…」
豹の獣人は皮肉を込めて言った。
「じゃあ、楽しみにしてるぜ。最初のポイントまで持つかどうか見物だな!」
そういうと二人の獣人は去っていった。
フィオナは少し呆れたように言った。
「あいつらは何も知らんから、あんなことが言えるんだろうな」
遠巻きに見ていたセリア、リリー、ボルグルも気になっている様子だった。
ボルグルは斧に手をかけながら言った。
「相手が武器を抜いたら駆けつけようと思っただけじゃわい!」
レイは案外ボルグルが熱くなりやすい人かもしれないと思った。
フィオナは続けた。
「私が見ていたのは、サラが三度目と四度目に優勝した時だが、その時も獣人が参加していたぞ」
三度目の優勝を果たしたサラの名は伝説となった。
荷車の重量は二回目の優勝時よりさらに増していたが、彼女は圧倒的なスピードでゴールへ駆け抜けた。
犬の獣人も参加していたが、その疾風のような走りと雷鳴のような力強さから、
観衆は彼女に「疾風迅雷」の二つ名を授けた。
村中がその速さに驚嘆し、サラの名前は瞬く間に有名になった。
四度目の優勝時には荷車の重さが限界を超えるほど増していたが、それでもサラは笑顔を絶やさず、
軽やかな足取りでゴールへ向かった。
荷車を引きながらも余裕を感じさせる姿に、村人たちはもはや驚きを超えて感服した。
サラは殿堂入りを果たし、村には彼女の像が建てられることになった。
レイは不思議そうに尋ねた。
「じゃあ、なんでサラさんは言い返さなかったんですか?」
フィオナは肩をすくめた。
「サラはああ見えて、無駄な争いを好まないんだ。特に言葉で勝ち負けが決まるわけじゃないからな。
それに彼女はもう結果で語っている。言い返す必要がなかったんだろう」
サラは少し離れたところでのんびりと辺りを眺めていた。
彼女の落ち着いた表情からは何も気にしていない様子が伺えた。
フィオナは付け加えた。
「強い者ほど、わざわざ口で説明しなくてもいいのだろうな」
その時、サラが突然駆け出した。
「やっと見つけたニャ! 細長村名物の魚の干物チップス!」
挑発よりも食い気が勝るサラの思考だった。
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