第22話(覆水盆に返らず)
レイはハーフエルフの冒険者を抱きかかえて走り続けたが、徐々に冷静さを取り戻すと、その人の様子が異常であることに気づき始めた。目の焦点が合わず、呼吸が乱れている。左太腿からの出血も酷く、レイの腕にも血が染み込んでいた。
「まずい…!」
レイは焦りを感じながら、なんとか森の外にいるバランのところまで向かった。
そこに戻れば、ポーションがあるはずだ。森を抜け、後方部隊が見えるところまで近づくと、大声で叫んだ。
「バランさん、怪我人です。ジェネラルに襲われました!」
「分かった!こっちに連れて来い!」
手招きするバラン。なんとかバランの元まで戻ると、そこにもオークやワイルドボアの死体が転がっていた。
ここも魔物に襲われていたようだ。
獣人の女性冒険者もそこにいた。双剣を抜いたままで、どうやらオークを追ってここまで来たらしい。
彼女はレイの前に立ち、連れのハーフエルフに声をかけた。
「フィオナ!大丈夫ニャっ?」
ハーフエルフのフィオナは、誰かに呼ばれたのが分かったのか、顔を向けたが、うまく言葉が出ないようだった。
バランは傷口に水筒の水を注ぎ、深さを確かめる。眉間に深い皺を寄せ、事態の深刻さを示していた。
「かなり深いな。血は止まっても、ちゃんと歩けるかどうか…」
そう呟きながら、バランは持ってきた中でも特に効果の高い上級ポーションを取り出し、慎重にフィオナの傷口に流し込んだ。
上級と言われるだけあって、傷口からの出血はすぐ止まったが、傷が完全に塞がるまでには至らなかった。
レイは上級ポーションを使う場面を初めて見たが、納得いかない感じがした。
(上級ポーションって一瞬で治せると思ってた。あれならアルが治療したほうが綺麗に治るんじゃないか?)
(私達は、細胞単位で修復しますからね、でも薬を掛けただけで出血がすぐ止まるのは興味深いです)
(アルは、あの人の傷を治せないの?)
(治せと言われれば出来なくは無いですが、それより、レイ、バランさんに呼ばれてます)
アルと念話していたレイだったが、アルに言われバランが自分に話しかけていたことに気づいた。
「おい、お〜い、レイ。大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です!」
「重傷人を見るのは初めてだったのか?」
「いや、別なことを考えてました」
「そうか、なら良いんだが…」
「レイ、その瀕死だったお嬢ちゃんはオークジェネラルに襲われていたんだろ?奴は何処に行った?」
とバランが問いかけてきた。
「この先百メルくらい進んだ先の森の奥の方に居ました。でもその人を助けるのに夢中だったので、今は何処にいるか分かりません」
レイは森を指差しながら返事をする。
「じゃあ、獣人の姉ちゃんとレイの二人で、その場所に冒険者を案内しろ!」
バランは命令する。
獣人の彼女は食い下がった。
「ニャ、そんなこと言ってもフィオナはどうなるんニャ!」
「そんなの俺が対処してるから、すぐに行け」
バランは譲らなかった。
怪我人も心配だが、オークジェネラルが野放しなのも不味いと判断し、レイは獣人の彼女に声をかけた。
「ここはバランさんに任せましょう!」
すると、獣人の彼女は指を指しながら叫んだ。
「あっ!お前は、猿みたいな奴だにゃ!」
レイは一瞬何のことだか分からなかったが、彼女の視線を追うと、自分が木の上を飛び跳ねていた姿を指しているのだと気づいた。
そのままバランに言われた通り、レイはオークジェネラルと遭遇した森の入り口まで引き返し、大声で冒険者を集め始めた。
「おーい!皆さ〜ん、こっちです!この奥にジェネラルがいました!」
討伐部隊のメンバーも森の捜索を開始していたようで、近くにいた冒険者にオークジェネラルと遭遇した場所を
伝え、捜索を任せた。
森の前での案内が終わると、獣人の女性冒険者がレイにお礼を言ってきた。
「言い忘れてたけど、フィオナを助けてくれてありがとうニャ。私はサラだニャ。Cランク冒険者なのニャ」
サラはそう言いながら握手を求めてきた。
「オレはレイって言います。Eランク冒険者です」
レイも自己紹介しながら握手を返す。
「えぇ?Eランクなのニャ?」
サラは驚いたように目を丸くした。
レイもその反応に少し不思議そうに眉をひそめた。
「……え、そうですけど、何か変ですか?」
サラは木々を伝って飛び跳ねるレイの身のこなしを思い出して、目を輝かせた。
「だって、森の上を猿みたいに動いてたニャ!あんな身のこなし、Eランクの冒険者にはできないと思うニャ」
レイは頭をかきながら、少し照れくさそうに答えた。
「いや、あれは…木登りが得意なだけで…。正直、戦いには自信がなくて……」
サラはにっこり笑った。
「でも、凄かったニャ。やっぱり少年はただ者じゃないニャ」
その時、森の中から冒険者たちがゾロゾロと出てくるのが見えた。討伐が終わったにしては皆の様子が
どこか不安げだ。
「逃げられちゃったんですか?」
レイが話しかけると、ラーヴァが代わりに答えてくれた。
「いや、オークジェネラルの討伐は無事に終わったんだ。だが、そのジェネラル、何かにやられたらしく、俺たちが到着した時にはもうフラフラで、とてもまともな状態じゃなかったんだ」
ラーヴァは言葉を選ぶように一瞬目を伏せ、頭をかきながら続けた。
「側頭部に一撃を受けていて、ほとんど半死状態だった。だから、あの森にはオークジェネラルを、あんなふうにするもっと恐ろしい魔物が潜んでいるんじゃないかって話になってな……」
彼は眉をひそめ、ため息まじりに視線を彷徨わせる。
「こりゃ、森を閉鎖して原因を調べなきゃならないって皆で話し合ってたんだ」
その時、レイは自分が原因かもしれないと気づき、心の中で焦りを感じ始めた。
「そ、そ、そうなんですか…」
「ああ、そうだ。何をそんなにビクビクしてるんだ?少なくとも、お前らに森を調べろなんて言わないから、安心しろ!」
とラーヴァは笑いながらレイを慰めるように言った。
その後、オークジェネラルの死体を森から引っ張り出し、討伐したオークと他の魔物を数え、簡単に解体した後、
穴を掘って不要な部位を埋めた。魔物の肉は厳選して荷車に積み、街に持ち帰ることになった。
フィオナと呼ばれたハーフエルフの人も、ポーションで出血が止まったとはいえ、まだ歩ける状態ではないため
荷車に乗せて運ぶことにした。
レイは自分のせいで森が閉鎖されたままになったらどうしようという不安が頭から離れなかった。
覆水盆に返らずとは、まさにこのことだった。
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