第217話(B級冒険者試験)
ギルド裏手の林の中、柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。
その中で、エドとリリーの模擬戦が始まっている。
見守る仲間たちは言葉を忘れ、息を飲んでその激しい戦いに目を奪われていた。
今回の昇格試験では、より実戦に近い環境を作るため、戦闘場所をくじ引きで決める方式が採用されていた。
リリーの試合会場はこの林。
木立が視界を遮り、足場も不安定なこの場所は、戦闘の技量だけでなく、適応力も試される。
エドはB級冒険者らしく、鋭く正確な斬撃を次々に繰り出してくる。
その剣が風を裂き、リリーの目前に迫った。
「やっぱりエドは速いな…」
フィオナが呟く。
リリーの大鎌の動きも異常に速いことに、レイは違和感を覚えた。
リリーは軽やかに大鎌を振り、エドの攻撃を受け流しながら冷静に動く。
計算し尽くされた動きで、余裕すら感じさせた。
戦いは瞬く間に激しくなり、金属がぶつかる音が林に響く。
エドが渾身の力で振り下ろした剣を、リリーは見事に受け流し跳ね返した。
勢い余ったエドは剣を木に深々と刺してしまう。
リリーは素早く動き、エドの首元に布を巻いた大鎌の刃を軽く当てた。
「…完敗だな」
エドは大きく息を吐いた。
リリーはにっこり微笑み、大鎌を下ろした。
「上手く力を利用して、振り払っただけよ」
エドは木に刺さった剣を引き抜き、困惑した表情で尋ねる。
「なぁ、最後の受け流し、あれはわざと俺の剣を木に当たるよう弾いたんじゃないのか?」
リリーは肩をすくめた。
「そうよ。この林の中じゃ、剣を大きく振れば木に当たると思ったからね」
その場にいた仲間たちはリリーの技術と速さに驚き、息を飲んでいた。
「お前、なかなかやるな…」
エドは剣を持ち直し苦笑いを浮かべた。
「さすが死神の微笑み!もう一度、今度は俺の剣でやらせてくれ!」
リリーは大鎌を杖のように構え、目を細めて返す。
「それ言われると手加減出来なくなるけど良いかな?それに、今度はちゃんと刃引きした剣を使ってよね」
エドは焦った様子で刃を確認し、呟いた。
「あ、しまった、これろくに刃引きしてねぇ。だから木に刺さったのか!
それに、死神の微笑みって本人に言うと睨まれるんだった。言っちゃいけなかったんだよな!」
周囲は一斉に笑いに包まれた。
「アイツ、禁句を二度も言ってるぞ!」
「さすがエドだな!怖いもの知らずだ!」
***
「では次の模擬戦ですね」
ギルドの職員が冷静に進行を続けた。
「次、フィオナさん、前に出てきてください。対戦相手はA級冒険者、ドワーフのボルグルさんです。
武器は斧です」
フィオナがゆっくりと前へ出た。
相手は歴戦の冒険者、ドワーフのボルグル。
筋骨隆々とした体躯に、大きな戦斧を構えている姿は迫力十分だった。
場所は、くじ引きで決まった河原。
足場の悪い石の上、滑りやすく動きにくい地形が広がっていた。
見守る仲間たちは、不安げにフィオナを見つめる。
(相手は今回の模擬戦唯一のAランク冒険者。勝たなくてもいい、でも……無事に戻ってきて)
そんな想いが誰の胸にもあった。
「それでは模擬戦、開始します!」
掛け声と同時に、模擬戦が始まった。
フィオナの武器は、先端が丸まった矢とレザーで覆われた短剣。
遠距離と近接を併用する、彼女独特の戦闘スタイルだ。
一方のボルグルは、大盾と斧を軽々と構えて前進する。
「ズシン…」と足音を響かせながら、重戦車のようにフィオナへと迫る。
フィオナは間合いを取りつつ、素早く矢を一射する。
――「ガンッ」
だが、ボルグルは盾でそれを難なく弾いてニヤリと笑う。
「その攻撃じゃ届かんわい」
そう言って斧を構え直した。
フィオナは一瞬ひるんだが、すぐに次の手を考えると、矢を二本手にした。
弓を構え、二本同時に矢をつがえる。
ギィ、と弦がきしみ、放たれた矢が空を裂いた。
シュン、と音を立てて上空へ飛んでいく。
続けて、フィオナはもう一本の矢を手にすると、足音を殺しながら、ボルグルとの距離を一気に詰める。
「ふはは! そんな軽い攻撃じゃドワーフには効かんぞい!」
不敵に笑いながら、ボルグルは足場を少し後ろにずらす。
その一瞬を突いて、フィオナは三本目の矢を放ち、同時に短剣へと持ち替えた。
矢が再び盾に弾かれ、「キンッ」と高い音が鳴る。
「軽い、軽いわい!」
そう豪語するボルグルの頭上から――
――「ヒュンッ」
空から最初に放った二本の矢が落下してきた。
「おっと!」
咄嗟に盾で弾くボルグル。
その瞬間、フィオナが短剣で斜め下から斬り上げる。
「これで終わりじゃわい!」
斧を振り下ろし、勝利を確信した次の瞬間。
――「ギンッ!!」
短剣と斧が激突し、甲高い音が鳴り響く。
そして、誰もが予想しなかったことが起こった。
斧の刃先が、欠けたのだ。
「な、なんじゃと!?」
ボルグルが叫ぶ。
硬さと重量が自慢の戦斧が、まさか短剣に負けるとは…。
彼は盾と斧を放り投げると、そのままフィオナに向かって歩き出す。
視線は黒い短剣に釘付けだった。
「なんだその黒い短剣は!? ちょっと見せてくれんか!」
そう言って、フィオナから短剣を受け取ると、色々な角度からじっくりと眺め始めた。
やがて、短剣を凝視したまま唸り声をあげる。
「うーん、うーん……」
そして、ぴたりと動かなくなった。
異様な光景に、周囲の冒険者たちも一斉に注目する。
ギルド職員が小さくため息をつき、声を上げた。
「この模擬戦、引き分けとします!」
フィオナは驚きつつ、そっと肩をすくめる。
ボルグルはなおも短剣を見つめたまま、どうにも腑に落ちない様子で唸り続けていた。
***
次の模擬戦、前に進み出たのはサラだった。
その手には、双剣が握られている。小柄な体に見合わぬ鋭い眼差しが、対戦相手を見据えていた。
相手はくじ引きで決まったBランクの槍使い、バッケン。
場所はギルドの模擬戦場。通常の訓練用に設計された場所だが、今日は少し様子が違った。
天井まで吹き抜けになった広い空間には、足場代わりになりそうな木箱や樽、段差のある台が
あちこちに設置されている。
一見すれば障害物――だが、サラの目はそれを見逃さなかった。
(コレは使えるニャ!)
足元のジャンプシューズと、配置された障害物。
その瞬間、サラの中で戦術が切り替わった。
「準備はいいか?」
ギルドの職員が問いかける。
サラは小さく頷き、視線を足元へ。そこには、彼女の秘密兵器――ジャンプシューズがあった。
「模擬戦、開始!」
合図と同時に、サラは地面を蹴った。
次の瞬間、まるで風が吹き抜けたように彼女の姿が消える。
「……っ!」
バッケンが驚く間もなく、サラは壁際へと跳躍し、そのまま軽やかに壁を走り出す。
縦横無尽。箱から台へ、壁から樽へ。高低差を自在に使いこなし、まるで空を舞うように移動していく。
「早すぎる…!」
バッケンが唸る。
槍を構え直すが、視線の先にサラの姿はない。
「こっちニャ!」
声が響くと同時に、サラが背後から飛び出す。
双剣の連撃が一気に襲いかかり、槍での対応を許さない。
「ニャハハハ!」
「くっ…!」
バッケンは何とか防御を試みるが、サラのスピードに翻弄され続け、反撃の隙をつかめない。
そして――
双剣の柄が肩にヒットし、バッケンは膝をついた。
「勝負あり!」
ギルドの職員が勝敗を宣言する。
サラは軽やかに双剣を収め、満足げに笑った。
「ありがとう、いい勝負だったニャ」
バッケンは額の汗を拭い、苦笑した。
「いや、全然合わせられなかった。さすが疾風迅雷…! あんなに早いとは思わなかった。
次はスピード勝負じゃない形で挑ませてくれ」
彼は悔しさを滲ませつつも、清々しく敗北を認めた。
サラはふわりと跳ねて軽く着地し、足元を見下ろす。
ジャンプシューズの感触を確かめながら、にんまりと笑った。
「次はもっと手加減するニャ」
そう言い残して、サラは模擬戦場を後にした。
***
「最後はセリアさんですが、斥候の試験になります」
ギルドの職員が声をかけると、セリアは静かに頷いた。
斥候の試験とは、敵の目をかいくぐり情報を持ち帰るスキルを試される場面だ。
今回のセリアの昇格試験はいわゆる専門職試験だ。
リリーにも薬師の専門職試験が用意されていたが、伯爵からの依頼が聖者の護衛であるため、
彼女はあえて一般的な戦闘試験を選んだ。
試験の舞台はギルド近くの広大な森林。
模擬戦の目的は、ターゲットを発見し、できるだけ見つからずに服装や所持品の詳細を持ち帰ること。
ターゲット役にはギルド職員や冒険者が数名、森の中に巧妙に隠れている。
見つかれば模擬戦闘となるが、それは減点対象だ。
「敵に気づかれずターゲットの服装や所持品の詳細を持ち帰るのが試験内容です。
日没までがタイムリミットとなります。準備をしてください」
セリアは周囲を一瞥し、少し緊張した表情で呼吸を整えた。
昼間でも薄暗い森林に木漏れ日が差し込み、風が葉を揺らす。虫の声が時折響いた。
セリアは軽やかな足取りで森へ向かい、姿を消した。
「さあ、どう動くか…」
仲間たちが遠目に見守る中、セリアは気配を消し木々の間を静かに進む。
地面に注意を払い、足音を立てぬよう慎重に動いた。
葉が鳴るか鳴らないかの微細な音すら警戒し、森の音に紛れるようにして進んだ。
しばらく進むと、岩陰に隠れるターゲットが見えた。
距離や風向き、障害物の配置を冷静に見極め、そっと近づく。
四つ折りの紙にターゲットの服装や所持品を記し、気づかれぬよう静かに離れた。
時間が経つにつれ、次々とターゲットを発見し情報を集める。
木々の影に身を潜め、森と一体化したかのように巧みに動いた。
最後のターゲットを見つけ情報を記録した後、セリアは静かに森から出てきた。
試験時間はまだ残っていたが、日没前に全課題を終え戻ったのだ。
「戻りました」
セリアが軽く息をつき報告すると、職員は頷き記録を確認した。
「全て正確に情報が記されている。見事です、セリアさん。斥候としての技量、申し分ありません」
仲間たちの拍手が周囲を包んだ。
セリアは少し照れくさそうに微笑んだ。
こうして四人の試験は無事に終了した。
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