第215話(偽聖者現る)
「実はこの町には『聖者様』がいらっしゃるんです」
カルゾがそう言った瞬間、レイは思わず声を漏らした。
「えっ?」
だがカルゾは、レイが“聖者”という言葉に驚いたのだと早合点し、気にも留めず話を続けた。
レイは表面上は話に乗るふりをしながら、心の奥でスイッチが入るのを感じていた。
(まさか……こいつ、オレを騙そうとしてるのか?)
すぐに心の中で方針を定める。
(アル、こいつ面白いことを言い始めたな。どうやらオレたちを試してるみたいだけど。どうする?)
(確かに、これは詐欺の可能性が高いですね。レイ、楽しんでませんか?)
(やっぱ分かる?)
そしてレイは商人に対して、わざと引っかかったふりをした。
「その聖者様に会ってみたいですね」
「おお、よろしい!では、私が案内いたします!」
カルゾは意気揚々と先導する。
(さて、どうやって暴いてやろうかな。この手の詐欺、上手く罠にはまってもらわないとつまらないな)
レイはカルゾの背を見ながら、ニヤリと内心で笑った。
彼らが到着したのは、見た目に立派な建物だった。
「こちらが聖者殿のおられる場所です」
カルゾは胸を張ってそう言うと、レイを小さな応接室へ通した。
レイが座ると、カルゾは隣室へと移動。すぐに扉越しのひそひそ話が始まる。
レイは無言で座り、アルに指示を出す。
(アル、聴覚強化モードお願い)
(了解)
しばらくして、カルゾの声が聴こえてきた。
「いいか、あの小僧、面白い品を持ってギルドに現れたんでな。こっちに連れてきたんだ」
(やっぱりな)
レイは眉をひそめ、会話に集中する。
「その骨組み、真似して大量生産できれば大儲け間違いなしだ。だが、まずはあいつから奪う必要がある」
「どうする?」
もう一人の男――おそらく偽聖者――が低く尋ねる。
「呪われた品だと言って、こちらで処分する話を持ちかけるんだ。
周りの人間にも災いが降りかかると脅してやれば、すぐに手放すだろう。
あの小僧を引っかければ、こっちのものだ」
(……まるで舞台劇だな)
レイは嘲笑を飲み込みながら、心の中でアルに話しかけた。
(よし、こいつらの手口は把握できた。準備してた“あれ”、使うぞ)
(レイ、どっちが悪人かわからなくなりますよ)
やがて、カルゾが戻ってきて『聖者様』の紹介を始めた。
レイが一礼すると、偽聖者はぞんざいな態度で声をかけてきた。
「これは……ダンジョンで見つかった何かの骨組みか?
ふーむ、ちょっと嫌な予感がするな。貸して頂いてもよろしいかな?」
「確認してみてください。まだ骨組みだけなのですが、これに布を縫い付ければ、テントになるようです」
そう答えたレイに、偽聖者は骨組みを手に取り、少しのあいだ黙り込む。そして、神妙な顔で言った。
「……ちょっと、禍々しい怨霊がこの骨組みにまとわりついてますな。
これを、どこで見つけたのですか? こんなものを持っていたら、いつか災いが降りかかるでしょう」
レイは目を細めた。
「災い、ですか?」
「ええ、例えば――突然の怪我、悪夢にうなされる日々、最悪の場合は命の危機さえあるかもしれない。
これは非常に危険なものです。今まで無事だったのは幸運でしたよ」
偽聖者は深刻そうにうなずきながら言葉を続ける。
「私が聖者の力で安全に処分してあげましょう」
レイは、わざと不安そうな声を作って聞き返した。
「本当に? ……災いって、そんなに深刻なものなんですか?」
偽聖者は重々しくうなずき、骨組みを見つめ続けていた。
そこにカルゾが横から被せる。
「そうそう! 聖者様がおっしゃる通りだ! おそらくその骨組みは古代の呪いにかかっているのだ。
無事に手放すなら今しかないぞ!」
「そんな……それは怖いですね。でも、このテントは冒険中に見つけたもので、
大事な仲間たちと一緒に持ち帰ったんです。それを捨てるなんて……」
レイはためらう素振りを見せながらも、目は冷静に二人の表情を観察していた。
「だが命には代えられないだろう!私が神の力で封印しよう。任せてくれ」
偽聖者が手を差し出す。
その瞬間、レイは言った。
「その災いですが。私も面白い力を持っていましてね。ちょっとそれをお見せしますよ」
彼は袖をまくり、近くの羽ペンで自らの腕を刺した。
思わず息を呑むカルゾと偽聖者。
「なっ何を急に…」
だがその傷は、アルによって瞬時に回復した。
レイは手の甲を彼らに見せる。
「私は怪我もこのようにすぐ治ってしまうんですよ」
そこには、あらかじめ装着していた指輪――“四大神教のレリーフが彫られた
“聖者認定の指輪”が光っていた。
「申し遅れましたが、私も聖者認定を受けていますので、安全に処分できると思いますよ?
なのに、どうしてあなたたちは、それほどこの骨組みの“呪い”に興味を持つんですか?」
カルゾと偽聖者は一瞬顔を見合わせ、言葉に詰まった。
「いや、それは……」
言いかけたそのとき、レイは紙を掴んだ。
「では、お二人が先ほどしていた会話を、皆で聞いてみましょうか」
手元の紙が微かに震え始める。
ナノボットが紙を振動左せ調整し、音声を再生する――
「真似して大量生産……大儲け間違いなしだ。…、まずはあいつから奪う必要が…
……周りの人間……災いが降りかかると脅してやれ……」
カルゾと偽聖者の顔が、みるみるうちに青ざめていった。
「どうしますか? まだ続けますか?」
レイの問いに、カルゾは後ずさりながら震える声を漏らす。
「そ、そんな……そんなはずが……」
偽聖者も言葉を失っていた。
「もう詐欺のネタはないでしょう。これ以上続けるなら、公衆の面前でお話ししますか?」
レイの低い声に、二人は顔を見合わせると、何も言わずに立ち上がった。
「どうかお許しください……すぐに退散します……」
カルゾが震える声でそう言い、偽聖者も頭を下げながら続く。
レイは冷ややかに釘を刺す。
「もう二度と聖者の真似事はしないことですね。次は衛兵を呼ぶことになるかもしれないですから」
二人はその言葉に怯えたまま、足早に部屋を後にした。
レイはその背を静かに見送り、微笑んだ。
(これで一件落着かな。でも……最後は大立ち回りしないと“闇の密偵”のようになれないな。残念!)
彼の心には、幼い頃に読んだ物語の主人公が、今もしっかりと生きていた。
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