第214話(テントの修理と変な商人)
その後、サバイバル試験は順調に進んだ。
仲間たちは“普通に”鍵を拾い、ゲートキーパーと戦うこともなく“普通に”扉を抜け、
“普通に”ダンジョンの奥へと進んでいった。
アルのマップを頼りに、「千柱の遺跡」までの最短ルートを辿る。
途中、ディスカバリーランドで足止めされたが、それでもほぼ一日で抜けきった。
遺跡の入り口にはギルド職員が待っていた。
「タイムは……まあ、普通ですね」
淡々とした評価に、四人は顔を見合わせた。
誰も言葉にはしなかったが、どこかで同じ思いが浮かんでいた。
――普通が一番。
職員は続ける。
「二日後に模擬戦があるので、それまで体を休めて、ギルドに来てください」
四人は軽く頷き、遺跡を後にした。
*
教会の別院に戻った彼らは、すぐに情報の取捨について話し合った。
「……ディスカバリーランドのことを、ギルドに話しますか?」
「うーん、言わないほうがいいかもね。あれって説明できないでしょ」
「ゲートキーパーの音も、アルだから解読出来たメッセージだよね」
セリアの言葉に、全員が静かに頷く。
プログラムされた音とその解読。
転移された先の謎の場所。
入り口が消えてしまう立方館。
オートマッピングがあったから抜けられた迷路。
どれも、説明に困るものばかりだった。
「下手に話して、調査対象にされたら、私達、何日拘束されるのかしら…」
「戻って来れたからいいようなものの……あれ、下手したら、帰れなかったかもよ?」
セリアとリリーの言葉に、誰も返せなかった。
転移された場所がどこだったのか、今でも分からない。
もし帰って来られなかったら――そう考えると、今さらながら背筋が冷えた。
結論はすぐに出た。
あの一件は、ギルドには報告しない事にした。
***
話し合いが終わると、フィオナが荷物をまとめ始めた。
「少しの間、実家に帰ってくる。王都に行く前に、家族と過ごしておきたいからな」
誰も反対はしなかった。
それぞれ、しばしの休息の時間へ向かっていった。
***
レイがテントの骨組みを眺めて悩んでいると、セリアが声をかけてきた。
「それ、ダンジョンから持ち帰ったやつよね。どうするの?」
骨組みがテントのものであることは分かっていたが、修理のあてがなく、レイは困っていた。
「それなら商業ギルドに聞いてみれば? 布を扱ってるとこ、紹介してもらえると思うわよ」
「なるほど、明日行ってみます」
レイは素直に納得し、翌日の予定を決めた。
するとセリアが続ける。
「他にも、ボトルとか、磨りガラスのランタンのボールとかあったけど……
どうするの? 個人に分けるの、難しくない?」
レイは少し考えたあと、はっきりと答えた。
「いえ、全部パーティ共有にしたいと思ったんですけど、どうでしょう?」
「リーダーがそういうなら、いいんじゃない?」
セリアはあっさり賛成した。
「良いニャ」
いつの間にか近くにいたサラが、ぴょこっと顔を出す。
「良いと思うわよ!」
リリーも歩いてきて、加わった。
そして、ふと何かを思い出したように言った。
「そういえば、ちょっと気になってたんだけど――このボトルね……」
そう言いながら、宝箱から出て来たボトルを持ってくる。
「実は、さっきから中の水を捨てても、時間が経つとまた水が溜まってるのよ。
どういう仕組みか、アルに聞ける?」
「へぇ、そうなんですか?」
レイは興味深そうにボトルを手に取り、首をかしげた。
(レイ。多分、結露の水ですね。このボトルですが、複数の層で構成されているようです。
外部の湿気を集めて表面を冷やし、結露によって内部に水をためる仕組みです。かなり高性能ですね)
アルの声が頭に響く。
レイはその説明をそのまま仲間たちに伝えた。
「なるほど、つまりこれを使えば水を集められるのね」
「古代の技術ってすごいわね、驚きだわ」
「これがあれば、水が飲み放題だニャ!」
「ちゃんと煮沸しないと、お腹壊すわよ」
そのリリーの一言で、
「ガーン!」
とサラは項垂れた。
*
翌日。レイはテントの骨組みを抱えて、ミストリアの商業ギルドを訪れた。
受付で事情を話し、修理してくれる職人がいないか探してもらうことにする。
カウンターで待っていると、周囲が妙にざわついてきた。
視線を感じて周囲を見ると、商人風の男がゆっくりと、だが堂々とした足取りで近づいてくる。
「やあやあ、失礼しますね!」
男は満面の笑みを浮かべて、名乗った。
「私の名はカルゾ。ミストリアとグリムホルトで商売をしております。
私の店はこの街でも一番の大店でして、何でも揃うと評判なんですよ!」
いかにも自慢げな口調で、自身の成功を語る。
レイは特に反応せず、軽く頷くだけで聞いていたが、カルゾの視線はすでにレイの手元に注がれていた。
「それで、あなたは何をお探しで?」
話を引き出すように尋ねるカルゾに、レイは警戒を解きつつ答える。
「このテントの骨組みなんですが、いまは畳まれてる状態で……こうして床に落とすと、広がります」
レイが軽く床に投げると、
カシャカシャッという音を立てて、骨組みは見事に展開し、枠を形成した。
その様子を見て、カルゾの目がキラリと光る。
「おお、これは素晴らしい! 間違いありません、古代の遺物でしょう!
修理には特別な技術が必要ですな。しかも、非常に限られた技術者しか扱えません」
レイは、その言いぶりに半信半疑ながら耳を傾けた。
「ですが、私なら――その技術を持つ人物を紹介できますよ」
カルゾはそう言って、さらに自信を深めるように付け加える。
「その人物なら、このテントも完全に修復できるでしょう。ただし非常に多忙でして、
町を出るのも時間の問題かもしれません。依頼も殺到していて……費用も、それなりの
値段になりますが、私が仲介すれば勉強して貰えるでしょう」
レイは慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「その人って、どんな人なんですか? このテント、ぜひ直したいんですよね」
カルゾは辺りを見回し、にやりと笑って声をひそめる。
「これは内緒ですが――実はこの町には“聖者”がいらっしゃるんです。
ええ、聖者殿ですよ。神の力を使える、特別な方です。テントの修理も、その力があれば造作もないこと」
彼は誇らしげに胸を張った。
「もちろん、紹介できるのは私だけ。どうです? この機会を逃すのは、もったいないと思いませんか?」
「えっ、どういうこと……?」
レイは戸惑いを隠せなかった。
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