第212話(立方館の迷路)
立方館の部屋の中は迷路だった。
天井が淡く光り、明るさは十分だが、壁は薄い灰色で無機質。どこも似たような通路が続いており、
方向感覚がまるで掴めなかった。
そのとき、アルの声が響く。
(そこは右です。さっきは左に曲がりましたから)
「そうだよ、アル。地図を出してくれ」
(そうすると迷路の醍醐味が損なわれますよ)
「醍醐味って……楽しんでないってば!」
レイが顔をしかめると、アルが小さな地図を表示した。目の前に、四分の一ほど埋まった迷路図が浮かぶ。
「これなら迷わず進めそうだ。さっきの行き止まりじゃ、シルバーが狭さに我慢できずに壁を壊そうとしてたしな」
(そうですね。でも、シルバーが新しい道を開いてくれるかもしれませんよ)
「それじゃ迷路が台無しだろ?」
(レイ、さっきと逆のことを言ってますね)
「え、俺、間違えた?」
戸惑うレイに、アルは微笑んだように見えた。
(いえ、この先は真っ直ぐで大丈夫です)
「じゃあ行こう!」
仲間たちが頷き、先へ進む。
「レイが楽しそうだな」
フィオナが微笑む。
「そうね、まるで遊園地のアトラクションみたい」
セリアが続ける。
「確かに、ここが遊び場って言われても納得できる」
リリーが頷いた。
「敵が出ないのが残念ニャ!」
サラが元気よく言う。
「それは出ないほうがいい!」
フィオナとリリーの声が重なり、笑い声が響く。
やがて扉付きの部屋が現れた。
全員が中に入ると、扉が閉まり、床が動き出す。
「閉じ込められた!」
セリアが声を上げた。
「部屋が動いてる?」
フィオナが不安げに呟く。
レイはマップを開くが、そこには部屋しか映っていない。
「アル、マップが消えた。どうなってる?」
(エレベーターのようなものです)
「エレベーター?」
(上下に動く仕掛け部屋です)
「仕掛け部屋?」
(ええ。階を行き来するために、部屋そのものが動くのです。
今は上に向かっているので、他の場所は地図に映りません)
やがて部屋の動きが止まり、「カチリ」と何かが外れる音が響いた。
入ってきた側とは反対の壁がゆっくりと開き、新たな通路が姿を現す。
一行はその場で足を止めたまま、しばらく様子をうかがった。
しんと静まり返った通路の奥には、動く気配も何もない。
「……行ってみよう。警戒しつつ、先に進もう」
フィオナの声にうなずき、仲間たちは慎重に歩を進めていった。
通路は静かで、足元にも異常は見られなかった。
このまま何事もなく進めそうだと誰もが思った、その時――
真っ直ぐな通路の先で、「ガコンッ!」と床が斜めに傾いた。
滑っていく仲間たちが声を上げる。
「何これ!」
「なんだ!」
「ニャー!」
「きゃっ!? これ、通路じゃなかったの…!?」
リリーが、滑りながらも不安げに叫んだ。
シルバーは器用に滑っていく。
一行は滑り台のように床を滑り降り、最後はストンと別の通路に投げ出された。
「みんな、大丈夫ですか?」
レイの声に、それぞれが反応する。
「これ、いったい何なの?」
「ビックリした……」
「面白いニャ!」
「大丈夫だ、みんな無事だ!」
フィオナが仲間を見回し、誰も怪我していないことを確認する。
「アルのマップによれば、さっき閉じ込められた動く部屋で上の階に上がって、今の滑り台で元の階に戻ってきたみたいです」
「つまり、同じ場所に戻ったということか?」
フィオナが確認する。
「いえ、同じ階でも、マップ上では離れた位置にいます」
「じゃあ、次はどうするの?」とセリアが訊いた。
「まだ通ってない道があるはず。進めば何か見つかるかもしれないわね」
リリーが提案する。
「そうですね。戻る道があるかもしれません」
レイも同意した。
そうして迷路の地図がほぼ埋まりかけた頃、少し広めの空間が見えてきた。
仲間たちは慎重に足を踏み入れる。
そこは、壁一面がなめらかな石でできた静かな部屋だった。
どこか普段の通路とは雰囲気が違う。ちょっとだけ、特別な感じがする。
部屋の奥には台座があり、その上に五つの宝箱がきれいに並んでいた。
箱はどれも形や材質がバラバラで、光を受けてうっすらと輝いている。
「おお、宝箱だニャ!」
サラがぱっと目を輝かせる。
「待って、トラップがないか調べるわ」
セリアはしゃがみこみ、宝箱の周囲や床に細い針金を這わせる。
鍵穴や継ぎ目にも目を凝らし、慎重に異常の有無を確かめた。
「どれも大丈夫そうね」
レイが一つ目の宝箱を開けると、中から出てきたのは、ほつれて粉を吹いたような布の束と、
金属製の細い骨組みだった。
何かを覆っていたらしい布地は、すっかり風化し、
ところどころ指でつまむだけで崩れてしまいそうだ。
「これは、なんだ?」
首をかしげるレイ。
「なんかおもちゃ……っぽいわね」
リリーが覗き込む。
セリアは隣の宝箱の蓋を開け、中身を覗き込む。
掌に収まるほどの丸い物体で、表面は白く曇っており、中が見えない。
「これは……磨りガラスのボール?」
「曇ったガラスみたいだニャ」
サラがセリアからガラスのボールを受け取ると、受け取った瞬間に淡く光り出した。
「わ、光ったニャ!」
興味津々で、サラは両手の中でボールを軽く転がす。
すると、中の光がゆらりと揺れ、ランタンのように柔らかな光を放ち始めた。
「振るだけで光るなんて、すごいじゃない?」
リリーは別の箱を開け、中から色あせた布を引き出した。
布地はすっかり風化しており、ところどころ指で崩れそうだ。
「布が風化して色あせてる……」
フィオナは傍の箱から、木製の台車のようなものを取り出す。
脚はぐらつき、木材も乾ききってひび割れていた。
「触ると壊れそうだな」
「こっちは綺麗なボトルニャ」
サラが箱の中から細身のガラス瓶を取り出した。
「中は水か何か?」
セリアが覗き込む。
「臭いもしないから、水ニャ」
そう言って中身を地面にあけ、瓶だけを手に取る。
「見た目も丈夫そうだし、使えるニャ」
サラは嬉しそうにボトルを抱えた。
アルがレイの持っていた骨組みのようなものを見つめて呟く。
(レイ、それはおそらくテントの骨組みです。床に放ってみてください)
「え? 床に?」
レイが半信半疑でそれを地面に軽く放ると、カシャカシャッと金属音を立てて展開し、
湾曲した枠が立ち上がった。
「……おお、ほんとにテントっぽい」
(布は張替えが必要ですが、骨組みはエリオス合金です。十分使用可能かと)
「えっ、これも合金?まさか……食べろとか言わないよね、アル!」
(それはしません。このダンジョンに入った時に取得済みですので、もう不要です。
それより、現在は深夜です。探索を続けますか?)
「真夜中なの? じゃあ、今日はここで仮眠しようか」
こうして、長かった一日が静かに幕を下ろした。
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