第210話(仲間の力)
周囲の探索は、転移してきた四角い建物の調査から始まった。
だが、建物を一周してみても、出入り口らしきものはない。どこからも入れず、ただの巨大な石の塊のようだった。
皆が足を止め、どうしたものかと黙り込む中、リリーはひとり周囲の草木を見つめていた。
葉の切れ込み、茎の色、果実の香り――彼女の視線は鋭く、迷いがない。
「これは毒草。触らない方がいいわ」
「こっちは食べられる果実。少し甘いのよ、栄養も豊富」
さすがは薬師。彼女の目には、風に揺れる草一本一本が語りかけてくるようだった。
美しく色づいた花や果実もあったが、見た目では判断できない。
慎重な選別が必要だ。
「ちょっと試してみてもいいか?」
フィオナが興味深げに果実を摘み取ろうとしたところ、レイが素早く口を挟む。
「ちょっと待ってください。念のため確認します」
そう言いながらフィオナが持っていた果実を掴むと、小さく声をかけた。
「アル、成分分析をお願い」
レイの体内のナノボットが反応し、即座に解析が始まる。
それを見ていたリリーが感心したように笑う。
「本当に便利ね。でも……」
少し真面目な表情に戻る。
「レイ君がいないときのためにも、自分で見分けられないと。頼りきりにはなれないから」
そう言って膝をつき、いくつかの草を丁寧に比べ始める。
「これは食べられる葉野菜。栄養補給に使えるわ」
「ふむ、では、私は近くで狩りしてくるか…」
フィオナが弓を手に立ち上がる。
「気をつけてね」
リリーの声に振り返りながら、フィオナがうなずいた。
「ああ。遠くまでは行かない。今日のところは、この場所が見える範囲で十分だろう」
そう言い残して、彼女は斜面を下っていった。
「これだけの植物があるなら、水も近くにあるはずね」
リリーがあたりを見回す。
その言葉を受け、レイが視覚強化を発動し、目を細めた。
「あそこ……岩の下が光ってる。水の流れかも」
みんなでその方向へ向かうと、小さな滝が現れた。岩のすき間から水が流れ落ち、澄んだ音を響かせている。
「これだ、水源発見!」
レイが声を上げると、リリーが頷く。
「煮沸すれば飲めるわ。ここで補給しましょう」
「鍋、持ってきた人いる?」
リリーの問いに、全員が顔を見合わせる。
「……鍋?」
セリアが眉をひそめる。
「持ってないけど、調理するつもりだったの?」
「荷物が重くなるから持ってこなかった」
リリーはさらりと言った。
「誰かが持ってるなんて聞いてなかったな……」
レイが頭をかきながらつぶやいた、そのとき。
「私が持ってるニャ!」
サラが自信満々にリュックから鍋を取り出す。
意外な展開に、セリアが呆れ、すぐに笑顔になる。
「これで料理ができるわ!」
「ふふん、すり身スティックを作るために持ってきたニャ!」
その一言に、全員が吹き出した。
リリーが鍋に水を注ぎながら言う。
「これで煮沸消毒できる」
セリアは小さな岩陰にしゃがみこみ、火起こしの準備に取りかかった。
「まずは火種ね……乾いた草と木の皮、それに……」
手際よく細枝を組み、石で囲って簡易のかまどを作る。顔を上げてレイに呼びかけた。
「レイ君、小さめのファイヤーボール、お願い」
レイの火球が燃え移り、火はすぐに勢いを増す。
鍋の中の水がぐつぐつと煮え立ち始めた。
「水蒸気を冷やして集めれば、飲めるわね」
「葉っぱ、集めてくるニャ!」
サラが駆け出し、しばらくして大きな葉を何枚も抱えて戻ってきた。
リリーがその葉を並べ、水滴を集めて水筒へと注ぎ込む。
こうして、飲料水の確保に成功した。
「これで安心して飲める」
「五日くらいはしのげそうね。……でも、あまり長居はしたくないわね」
リリーの言葉に、皆が頷いた。
「ここ、一方通行ってことは……ないと信じたいです」
レイが慎重に言葉を選ぶ。
「道も見えないし、何が起きるかも分からない。帰り道も分からないし……ほんと、無い無い尽くし」
不安は消えない。だが――
「でも、今はちゃんと生き延びてるニャ! きっと何か見つかるニャ!」
サラが明るい声を上げた、そのとき。
フィオナが斜面を戻ってくる。手には一羽のキジバト。
「さすが……」
リリーが呟き、みんながほっと息をついた。
「あそこの遊具にタープを貼って、簡易テントを作りましょうか」
リリーの提案に従い、それぞれが動き出す。
簡素ながらも雨風をしのげる場所が完成し、やがて調理の時間となった。
サラが果物を洗い、セリアが羽をむしり、リリーが鍋を整え、レイが火の番をする。
炊き出しの香りが立ち込めると、サラが手を合わせた。
「いただきますニャ!」
キジバトの肉は柔らかく、山菜のスープは滋味深い。
誰もが黙々と、しかし静かに味わった。
やがて、レイが箸を置きながら口を開く。
「食料がなんとかなっても……問題は、どうやって脱出するか、ですよね」
フィオナがうなずく。
「まずは出口を探す。でも、このあたりに道はなかったな」
「あの四角い建物が、一番怪しい。私たち、そこから出てきたわけだし」
リリーの言葉に、皆が同意する。
「餓死の心配が消えた今、徹底的に調べるべきね。鍵、あるいはあの象形文字がどこかに描かれてるかもしれない」
サラが顔を上げる。
「じゃあ、明日朝イチで探索するニャ! 装備も今日のうちに確認しておくといいニャ!」
「そうですね。あの建物……建物って言えるのかな? “石のハコ”って感じ」
「巨大なサイコロ……でも穴がないし」とリリー。
「ノッペラブロックだニャ!」
「呼び名、どうします? また何度も話題に出るだろうし」
レイの問いに、みんなが黙って考える。
「真四角の監獄?」
「封印のキューブとか?」
「カクカク要塞ニャ」
「シンプルに。“立方館”とかどう?」とセリア。
「それ、正式名称っぽいし、しっくりくる。じゃあ、“立方館”で決まりですね」
フィオナがみんなを見渡して、静かに言った。
「名前も決まったし……あとは進むだけだ」
少しだけ間を置いて、穏やかに続ける。
「私たちなら大丈夫。今までも、誰かの足りないところを補い合って、やってこられた」
誰からともなく、頷きが返る。
「そうですね。これからも、きっと――」
レイが微笑みながら言う。
「私たち、バランス取れてるのよね」
リリーが肩をすくめて笑う。
「戦える人、考える人、食べられる葉っぱを見つけられる人……」
「鍋を持ってる人もニャ!」
サラの声に、また笑いが起きた。
そのとき、「ブルルルッ」と低く鼻を鳴らしたのはシルバー。
巨体の影がゆらめく。
夕暮れの山。風は冷え始めていたが、焚き火の音がパチパチと温かく響いていた。
誰もが静かに、その火を見つめる。
――この仲間がいれば、どんな困難も乗り越えられる。そんな気がした。
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