第21話(ジェネラル怖い)
レイはオークの集落がある辺りを視覚強化された目で見回してみた。吹き飛んだ小屋の近くにも、
倒されたオークの中にもオークジェネラルの巨体は無かった。
討伐組の方でも異変に気づいたようだった。オークと戦いながら、仲間同士で声を張り上げている。
「おい、ジェネラルが見当たらねぇぞ!」
「そっちもか!?こっちにも姿がない!」
レイはすぐさまアルに問いかけた。
「アル、これってヤバくないか?」
(不味いですね)とアルも短く応じる。
オークジェネラルと、ただのオークを見間違えるはずがない。体長三メルもの巨体がいなければ、すぐにわかる。
だが、その姿がどこにも見えないのだ。
「ジェネラルを探そう」レイはそう言って草原の先を見渡すが、動いているのは小動物ばかりである。
では、森の中かと耳を澄ませて音を聞いてみると、森の奥で葉を揺らし枝を折る音と、獣が走る音が
聞こえてきた。その数はかなりのものだ。
「アル、森の奥で魔物が暴れてるみたいだ!」
(レイ、私も感じました。後方で待機している冒険者が危ないかもしれません。後ろの部隊のところまで
戻りましょう)とアルが言った。
「アル、肉体強化だっけ?それを頼む!」
(了解です)
アルからすぐ返事が返ってきた。
レイは木の枝から枝へジャンプした。これなら森を迂回せず、一直線で後方部隊と合流できる。
その頃、後方で待機していた星の守り手とシャドウナイツの陣にも、異変が襲いかかっていた。
森の奥から、突然ワイルドボアやシルバーフォックスが飛び出してきたのだ。鼻息荒く駆けてくる魔物たちに、
シャドウナイツの若手が叫ぶ。
「うわっ、魔物だ!」
「騒ぐな、落ち着け!」
バランが一喝し、すぐに円陣を組むよう命じた。星の守り手のハバートとライスは迅速に動き、
シャドウナイツのメンバーを手助けして、円陣を形成させた。
一方、ケントとホワイトはワイルドボアと対峙し、それぞれの武器を構えて応戦の準備を整えた。
バランは冷静に状況を見極めながら、予備の武器として持ってきたバトルアックスを引き抜き、力強く構えた。
その目は鋭く、次の瞬間に起こりうる戦闘に備えていた。さすが元Bランク冒険者、緊張感の中でも余裕すら感じさせるその姿には、ただ者ではない風格が漂っていた。
討伐隊の中で、ジェネラルが見当たらないと騒ぎ始めた頃、猫の獣人であるサラはいち早く森の端に戻り、
オークを探し始めた。ハーフエルフのフィオナとは少し離れた位置にいた。
その時、頭上からガサッという音が響いた。音の方向に視線を向けると、何かが森の木の上を飛び去っていくのが見えた。最初は魔物かと思ったが、背中に背負った剣と革の装備を見て、それが冒険者であることに気づいた。
「ものすごいジャンプ力だニャ。それに猿みたいな運動神経だニャ!」
サラは感心しつつ、森の中を進んだ。
奥から走ってくるオーク四体とワイルドボアを見つけたサラは、即座に指笛を吹き、フィオナに「オーク発見!」の合図を送った。その後、双剣を両手に素早く構え、オークに向かって突撃した。
フィオナは指笛の音を聞き、森の中に向かった。そこで、ワイルドボアとオークが駆けてくるのが見えた。
素早く弓を構えると、ワイルドボアとオークに向かって矢を放ち倒した。
しかし、さらに奥にオークが走っているのを見つけた。どうやら後方で待機している冒険者に気づいたようだ。
フィオナは矢をつがえ、放とうとした瞬間、背後から枝が折れる「バキッ」という音を聞いた。反射的に横っ飛びで避けたが、次の瞬間、左足に激しい衝撃が走った。
ザシュッ――
「しまっ!」
叫ぶと同時に、鋭い激痛が左太腿に襲いかかる。太腿を手で押さえると、指先に生暖かい感触が広がった。
振り返ると、大きな斧が地面に深く刺さっていた。どうやら森の中から投げられたものらしい。
森の中を見ると、一回り大きなオークが姿を現した。
「ブモオオオッ!」
唸るような低い鳴き声が森に響き渡った。
「ジェネラルよ!」
とフィオナは痛みに耐えながら、大声で仲間に警告を発する。
だが、左足の痛みで立てない状態のフィオナは、その場から逃げることも、距離を取ることもできず、地面に片膝をついたまま、必死に手で体を引きずり後退しようとした。
オークジェネラルは、獲物を見つけた時の獰猛な顔を浮かべながら、ゆっくりとフィオナに近づいていく。
横に飛んだ際に弓を手放してしまったフィオナは、短剣を抜いて構えた。その短剣に風の魔力を込め始めた。射程は短いが、一撃で仕留める覚悟を決め、フィオナは目の前の敵に集中した。
***
レイが木を伝って進んでいると、指笛が聞こえた。聴覚を研ぎ澄ますと、森の奥で何かが戦っている音がする。
レイは反転してその音に向かった。
(レイ、後ろの部隊と合流しなくて良いのですか?)とアルが尋ねた。
「ジェネラルがいるか確認するだけ!」
レイは答え、再び森の奥へと向かった。すると、
「ジェネラルよ!」
という声が聞こえてきた。
レイはその声の方を振り向いた瞬間、木の枝を踏み外して落ちてしまった。
「うわッ!」
アルがとっさにレイの身体の制御を奪い、一瞬でバランスを整えた。レイは、自分の意志とは無関係に、柔らかく体をひねり、見事な形で地面に着地した。
レイが木の枝から枝へジャンプしている間、アルは落下時に備えナノボットを待機させ、着地を無事にサポートする準備を整えていた。もし配置がうまくいっていなければ、同じように助けるのは難しかっただろう。
「危なかった〜、アル。助かったよ!」
レイが息をつくと、アルは呆れたように答えた。
(あのまま落ちていたら、首の骨が折れていましたね)
(それって、死んじゃうんじゃ…)
と、ふと思ったレイに、アルはすかさず返した。
(治療に無駄な時間がかかるだけです。それに、今は急ぐべきです)
「そうだよな!」
レイは思い直し、声がした方に向かった。そこで、オークジェネラルがハーフエルフの冒険者に襲い掛かろうと
しているのを目撃した。
レイは咄嗟に走り出し、ジェネラルの側頭部に膝を叩き込んだ。
鈍い「バキャッ」という音が響く。無我夢中の行動だった。
膝蹴りをまともに受けたオークジェネラルは、苦しげに「ブモォッ!」と叫び声をあげ、横へ吹っ飛んで
地面に倒れ込んだ。
レイは間一髪でハーフエルフの冒険者を救ったが、その後の動きは続かなかった。
オークジェネラルは頭を押さえながら、ふらつきつつ起き上がろうとしている。視線は定まらず、
足元もおぼつかない。頭が混乱しているのか、動きは鈍い。
それでも、レイはその場に立ち尽くしていた。
もし周りに他の冒険者がいたなら、彼はジェネラルを迎え討つ勇ましい冒険者に見えただろう。
しかし、実際のところは、次の行動が思いつかず戸惑う初心者そのものだった。
(レイ、大丈夫ですか?)とアルが心配そうに声をかけてくる。
やっと現実に引き戻されたレイは、小さく呟いた。
「この後、どうしよう……」
(オークジェネラルを倒しますか?それとも後ろの冒険者を抱えて逃げますか?)
アルが二択を示す。
振り返ると、ぐったりしたハーフエルフの冒険者がそこにいた。レイは彼女を抱き上げ、その場から走り出した。
「オークジェネラルを倒すのはオレの仕事じゃない……」
その思いが、レイの頭を支配していた。若き冒険者の混乱だった。
オークジェネラルとの初対峙での判断は情状酌量の余地があった。しかし、戦わず助けを優先したその決断が、新たな混乱を生むことになるとは、レイはまだ知らなかった。
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