第203話(鉄の廃墟)
エレナが別院を出て、自宅へと戻る際にレイたちも一緒に出ようとしたのだが、
司祭が深々と頭を下げて頼み込んできた。
「まだミストリアに滞在されるのであれば、どうか、別院に留まっていただけませんか」
懇願される形となったため、レイたちはその申し出を受け入れ、フィオナを除くメンバーが
別院に残ることにした。
その上で、Bランク昇格試験を受ける流れになったのだ。
ただ、その時――
エレナが別院を出る際、シスターのひとりがぽつりと呟いた。
「この人……誰?」
その何気ない一言が、聴覚を強化していたレイの耳にしっかりと引っかかった。
だが彼は、全力で知らないフリをすることに決めた。
(バレたら、マズい…バレたら、マズい…どうかバレませんように…)
***
エレナの治療も無事に終わったことで、レイたち〈レイジングスピリット〉のメンバーは、
Bランク試験のサバイバル会場となるダンジョン「鉄の廃墟」に足を踏み入れていた。
今回の試験には、レイもシルバーも含めた〈レイジングスピリット〉の全員が参加している。
なぜレイがBランク試験に参加しているのかというと、ギルドの担当者はこう説明していた。
「パーティ全体の連携が重要視されるBランクでは、全員が同じ試験に参加することで、
今後の信頼性や安定性を確認できます」
さらにこうも付け加えた。
「欠員状態での参加は、万が一の事故の際にギルドが責任を負えません」
ただしこの説明はあくまで建前で、ギルド内部では別の思惑が動いていた。
というのも、ギルドは独自の情報網から、“聖者”と呼ばれるレイが高度な治癒魔法の使い手であることを
最近になって把握した。加えて、これまでの依頼達成記録を精査したところ、〈レイジングスピリット〉が
高難度任務を安定して成功させている背景には、レイによる回復支援の存在が大きいと判断されたのである。
そのため今回の試験でも、彼が不参加のまま事故が起これば、ギルドとしても聖者の信頼を損ねかねない。
実際、彼を外した構成で重大な怪我人が出ようものなら、「なぜ彼を除いたのか」と責任を問われる
恐れがあった。
こうしたリスクを避けるべく、ギルドは「連携確認」や「欠員リスク回避」といった理屈を並べ、
レイの同行を既成事実として組み込む形で話を進めたのだった。
説明を受けたレイは、ひとつ念のために確認してみた。
「では……シルバーも一緒で良いですよね?」
クスクスと笑う仲間たち。ギルド担当者は一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。
「ええ、問題ありません」
こうして、レイの参加は“自然な形”で受け入れられたのだった。
***
「鉄の廃墟」は、圧倒的なスケールを持つ空間だった。
かつて何か巨大な機構が存在していた痕跡があるが、その正体を知る者はいない。
天井は不自然なほど高く、崩れた部分から光が差し込んで、巨大な柱の影を地面に落としていた。
床には無数の溝が走り、かつて何かの装置が設置されていたと分かるが、その金属部品は
ほとんど持ち去られていた。
無理やり引き剥がされた痕跡があちこちに残っており、壁や床は深く傷ついている。
場所によっては瓦礫が山のように積もっていた。
瓦礫の間を進んでいくと、湿った空気の漂う地下へと続く階段が現れる。
そのあたりには朽ちた金具や、かつて機械だったものの名残がわずかに散らばっていた。
しかし、それすらも原型をとどめておらず、用途も構造もわからないほど劣化している。
金属の機能を失ったこの場所は、無言のまま過去の残響を語っているだけだった。
だが、そんな中でも――
アルだけは鋭い視線で周囲を観察し、足元の金属片を見逃さなかった。
(レイ、ここに少量ながらナノボットの素材になる「合金」が残っています!)
「えっ? こんなところに使える金属があるの?」
少し驚いた様子でレイが金属片を拾い上げる。
(はい。大部分は持ち去られているようですが、細かな部位や劣化した部分には
まだ使える素材が残っています。これはエリオス合金に近い組成ですね。非常に貴重です。
ナノボットの自己修復に利用できる可能性があります)
レイはアルの興奮を感じ取りながら、あたりを見渡した。
やはり目立つ金属片は見当たらないが、アルの検出能力によって、隅に残った小さな金属を
見つけ出すことができた。
(これだけでも素材としては十分です。このエリオス合金で、ナノボットの性能を少し向上させられるでしょう)
「……よかったな、アル。けど、これ……オレが食べるんだよな」
(大きさより質が大事ですから、少し齧るだけで充分です。この金属は我々にとっては宝物です)
渋い顔をしながら、レイはその金属片を口に運ぶ。
素材とはいえ、味も硬さもお世辞にも「食べられるもの」とは言えなかった。
すると、セリアが不思議そうに声をかけてきた。
「レイ君、それ……何を食べてるの?」
サラも耳をピンと立てて近寄ってくる。
「ニャ? 食べ物があったかニャ?」
レイは気まずそうに、口の中の金属を飲み込みながら答えた。
「いえ……これは食べ物じゃなくて、アルの素材です」
「なるほど、アルの素材ね」とリリーが納得したように微笑む。
「ふむ、アルは金属が好物なのだな!よし、少し待っていてくれ!」
フィオナはそう言い残すと、レイの制止も聞かずに走り出してしまった。
「え、いや、それは……!」
レイが止める前に、セリアも駆け出していく。
「じゃあ、私も探してくるわ!」
「アルのご飯だニャ!アルがパワーアップすれば、若さは永遠ニャーッ!」
最後にサラも駆けて行き、現場にはシルバーだけがぽつんと佇んでいた。
レイはため息をつきながら、ぼやく。
「おーい……無駄に頑張らなくていいのに」
だがアルは満足そうな声を返した。
(レイ、恐らく全員が、かなりパワーアップしていると思います)
「えっ、何それ? なんかすごく嫌な予感しかしないんだけど…!」
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