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第199話(治癒の話と母娘の時間)

ミストリアは川と森、そして湖に囲まれた美しい町で、その中でも特に静かな環境に教会の別院が建っていた。

自然の穏やかな空気に包まれたその別院は、病を癒しに訪れる人々にとって心休まる場所として知られている。


教会はこの地に別院を設け、他の街から治癒魔法を使えるシスターたちを集めて体制を強化していた。

さらに治癒魔法を行える司祭も配置されており、その高い治療能力が評価されていた。


その日の夕方、エレナの病室に、一人のシスターが入ってきた。

先日、聖者の治癒魔法を目撃した彼女は、その効果のほどを知りたくなり、エレナの病室を訪ねたのだった。


「少しだけ、魔法を当てさせてくださいね」


そう断りを入れると、彼女は治癒魔法を展開した。


だが次の瞬間、エレナの体に手をかざしたシスターは、ぴたりと動きを止めた。

「……嘘っ!」


思わず漏れたその言葉に、エレナは不思議そうに問いかける。

「どうか…されましたか?」


シスターは顔を引きつらせながら一礼し、そそくさと病室を出ていった。

「し、失礼しました!」


それからというもの、エレナの病室には次々とシスターが訪れるようになった。

三人のシスターが交代でやってきては、治癒魔法を施してすぐに退室していった。


別院での治療を受けた経験がないエレナは、これが普通なのだろうと考えるのをやめた。


別室では、三人のシスターたちが控室のような場所で話し合っていた。


「ねえ、あの患者さんを診てどう思った?」

最初に口を開いたのは若いシスターだった。


隣にいた年上のシスターが肩をすくめる。

「正直、来るのがちょっと遅すぎたわ。どこを診ても、手の施しようがないの。治癒魔法じゃ、もうどうにもならない段階よ」


もう一人のシスターが、深いため息をついて同意する。

「そうよね。心の臓だけ治したところで、他の臓器が持たないわ。たとえ聖者様でも……この状態じゃ無理よ」


最初のシスターが、少し口ごもりながら言葉を続ける。


「それにしても……聞いた話じゃ、あの患者さん、聖者様がお連れしている方のお母様なんですって。だから、放っておけなかったのかもしれないわね」


三人は互いに顔を見合わせたまま、沈黙した。


やがて、一人が静かに言う。

「自分のお連れしている方の母親が、これだけ病に蝕まれていて……それでも治せないなんて。……辛いでしょうね」


「なんだか、胸が痛むわ」

そうつぶやいて、またため息がこぼれた。


シスターたちの見立てでは、エレナの病はすでに手遅れと判断されていた。

彼女たちの使う治癒魔法は、傷んだ臓器の一つ一つを浄化するように治していく手法であり、進行した多臓器の疾患には限界がある。

対して、アルによるナノボット治療は、細胞レベルから臓器を再構築する手法だったが、これはシスターたちの知識の及ばぬものであり、再現は不可能だった。


その頃――


病室では、フィオナがエレナの枕元で甲斐甲斐しく世話をしていた。

そして、明るい声で迷いの森での出来事を語っていた。


「父上は、私の周りをグルグル回ってばかりで、ついに『父上、鬱陶しい。あっちへ行ってくれ』って言ったんだ。そしたら、急に『フィオナちゃん、機嫌なおして!』なんて、ちゃん付けで呼ぶから。もう、恥ずかしくてすぐに張り倒してしまった!」


エレナは微笑んで、小さく息をつきながら返した。

「よく…避けなかったわね…あの人」


「母上もそう思う? でも、最後の方は、なんだか自分から当たりに来てた気がするんだ」

「ありそうね……ふふっ」


エレナはくすくすと笑いながら、娘の話を楽しそうに聞いていた。


だがフィオナはふいに顔を曇らせ、静かに視線を落とした。


「母上、ごめんなさい……私のわがままで、こんなことになってるなんて思いもしなくて」


エレナはそっと首を振ると、呼吸を整えて答えた。

「いいのよ……フィオナには……フィオナの生き方をして欲しかったの……父親を…探すだけで…人生を棒に振ってほしくなかったのよ……」


「いや、棒に振った訳ではないのだが!」

フィオナは慌てて体を起こし、否定する。


「そうね…でも、いい人を…見つけてきたみたいだし……」

エレナは微笑みながら目を細めた。


「母上! それは…」

フィオナは顔を赤くして、手を振りながら言い返した。


「騎士言葉も…相変わらずね…なんだったかしら…そう、烈火の騎士って本だったわね」


「そうなんだ! その中の女騎士が、すごくカッコよくて!それでこの言葉遣いを真似してたら、だんだん自分も騎士になった気がして……」


フィオナはちょっと照れくさそうに早口で話した。


エレナは静かに頷き、やわらかな口調で言葉を添えた。

「でも、その女騎士の…ように…独身を…貫かないでね……」


「……はい……」

フィオナは視線を落とし、そっと答えた。


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