第198話(導かれし光)
レイジングスピリットのメンバーの前に、司祭カリオンと助祭司が座っていた。
ここは別院の一室。静かな空気が漂っている。
聖者様が治癒魔法を使ったという報告を助祭司から聞いたカリオン司祭は、いてもたってもいられず、急いで駆けつけてきた。五十代ながら落ち着いた魅力を持つ“イケおじ司祭”カリオン。
その目には、深い知識と強い意志が宿っていた。
カリオンはレイを見つめ、興味深げに尋ねる。
「それでは、火魔法と一緒に治癒魔法も使えるようになったのですか?」
レイは少し困ったような表情で答えた。
「はい。最初は火魔法しかできなかったんですが、最近になって治癒魔法も使えるようになりました」
その言葉に、カリオンは目を見開き、驚きながらも深く頷く。
「そうですか……それは本当に驚くべきことです。東部神殿での治癒魔法の発現も、聖者様の特別な力の現れなのでしょう。聖者様の力が、さらに広がっているということかもしれません」
彼の脳裏には、ある過去の話が浮かんでいた。
「最初に神殿で聖なる核を復活させた際、神殿長が見たのは、極小さなファイヤーボールだったと聞いています。
そして神殿長は、こうも言っておられました――『もし聖者様の力が幼い頃から発見されていれば、素晴らしいお力になったであろうに…』と」
カリオンは少し顔をしかめながら、しかし強い調子で言葉を続ける。
「しかし、それも過去の話です。ここに来て、“しょぼい”と言っては失礼かもしれませんが、使いようのない火魔法ではなく、治癒魔法が使えるとなると、話は全く違ってきます。まさに、これこそ聖者様ではありませんか!」
カリオンは身を乗り出し、興奮気味に言った。
「どうか、その治癒魔法を私にも見せていただけませんか?」
突然の直球なお願いに、パーティメンバーは顔を見合わせ、困惑を隠せない。
レイは「しょぼい」と評された火魔法にわずかにムッとしたが、すぐに気を取り直し冷静に頷いた。
そして、準備していた言葉を口にする。
「実は、まだ治癒魔法を会得したばかりで、使い方もよく分かっていないのです。ですから、先に治癒魔法をご伝授いただけないでしょうか?」
このセリフは、事前にアルやリリー、セリアと綿密に相談したうえで決めたものだった。
――その時のやりとりが、レイの頭に蘇る。
「レイ君、アルの力で治癒が使えることは知ってるけど、あの光……普通じゃないでしょ? なんていうか、とても神秘的で、すごい力を感じるのよね。そんなのをいきなり見せちゃったら、教会に囲い込まれて飼い殺しになっちゃうわ」
「そんな〜」
レイは驚きつつも、納得の表情を見せた。
セリアも口を挟む。
「あの光、抑えられるの?」
レイは少し考えてから答えた。
「出来なくはないですけど、治癒魔法ってここに来て初めて見たし、一回しか見てないので、どれがすごいのか比較できないんです」
リリーはニヤリと笑う。
「じゃあちょうどいいわ。ここでしっかり治癒魔法を見せてもらいましょう。それで、真似するのよ」
こうして、カリオンの前で「治癒魔法を教えてほしい」とレイが頼む流れは決まっていた。
カリオンはしばらく考えた後、静かに頷いた。
「では、治癒魔法の一端をお見せしましょう」
そう言いながら、片手を差し出す。
彼の掌が淡い青い光に包まれ、空気がひんやりと変わっていく。
カリオンが呪文を唱えると、柔らかな光が漏れ始めた。
「この光が、治癒魔法の基本です。生命の力を引き出し、肉体の傷や病を癒す力です」
カリオンは助祭司の肩口に触れる。
その途端、小さな切り傷がみるみる消えていった。
それを見ていたアルは、治癒魔法の挙動を注意深く観察していた。
光の量、広がり方、発光から消失までのタイミング。
効果の出方までも、昨日のシスターが行った治癒と比較している。
やがて、アルがレイに囁く。
(病を治すときの治癒魔法も見せてもらうようにお願いしてください)
彼は、怪我と病に対する効果の違いを確認しようとしていた。
レイはそれを受けて、カリオンにお願いする。
「もし可能であれば、病の治癒の様子も見せていただけないでしょうか?」
カリオンは微笑み、頷いた。
「では、実際にシスターが病を治しているところをご覧いただきましょう」
そうして一行は、別室へと移動する。
そこには病にかかった患者が静かに横たわっていた。
カリオンは丁寧に患者に説明し、了承を得たうえで、シスターによる治癒の実演が始まる。
穏やかに手を差し伸べるシスター。
その掌から放たれた青白い光が、再び室内を包み込む。
アルはその様子をじっと見つめながら、念話を送った。
(よし、治癒魔法を使うときの演出は、教会のものに合わせましょう)
彼は、あくまで“教会流”の治癒を再現する方針を固めた。
そして、レイはついにエレナの病室へと案内された。
「エレナさん、今から治癒を行いますね」
彼は静かに声をかけ、同意を得た後、治療を開始する。
アルの指示に従い、ナノボットの治療に合わせて、淡く光る演出が行われる。
その光は、まさにシスターの治癒魔法と見紛うほど自然なものだった。
実際にはアルの演出によるものだが、違和感はどこにもなかった。
やがて、エレナの表情が少しずつ穏やかになっていく。
呼吸が楽になり、苦しげだった顔が安堵の表情へと変わっていった。
レイは静かに手を下ろす。
「これで治療は終わりました」
エレナは弱々しく微笑みながら、静かに言った。
「ありがとうございます……」
カリオンは、その一部始終を見届けて、感嘆の声を漏らした。
「素晴らしいですぞ、聖者様! まだ会得したばかりでこれだけの治癒魔法を使えるとは……やはり適性は治癒魔法にあったのでしょう。しかも、誰からも学ばずにこれほどの魔法を発現させるとは……驚くべきことです。
惜しむらくは、その力が幼い頃に開花していれば、この国、いや、この世界随一の治癒魔法使いになれたかもしれませんな。実に惜しい!」
その賛辞に、レイの仲間たちは胸を撫で下ろした。
アルの光の演出は狙い通り。疑念も違和感も生まれなかった。
レイも少し戸惑いながら、微笑みを返す。
(アル、とりあえず上手くいったみたいだ。これで良かったんだよな?)
(そうですね)
アルは淡々と返す。
(前にフィオナさんを治療した時に、治癒魔法って実際はアルが治してるんだけど、無闇に使ったら危ないって言ってなかったっけ? 権力者がどうとかさ。それも大丈夫なのかな?)
(はい。司祭はまだ分かっていないでしょうが、レイの火魔法も「しょぼい」ものではないと分かれば、そう簡単に力技で囲い込みはできないでしょう。それくらい、レイの持つ力は強いものになりました)
(そんな力があるなんて気に一切なれないんだけどね…)
一方のアルは、冷静に状況を分析していた。
かつてはDランクの冒険者だったレイ。その治癒魔法が知られれば、権力者に利用される危険性があった。
だからこそ、当初は「力を隠すべき」と判断していた。
だが、今は違う。
スタンピードでの活躍。シーサーペントの討伐。砦の崩壊と誘拐団の壊滅――。
そのすべてが、レイという存在に“伝説級”の重みを加えていた。
もはや、力を隠す必要はない。
今こそ治癒魔法を公に披露する好機。
その力と名声があれば、誰にも縛られずに生きていける。
アルはそう確信していた――
そしてその計画は、静かに、着実に動き始めていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。
⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直なご感想を残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、ぜひよろしくお願いいたします。