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第197話(拡散する聖者伝説)

ここは王都のとあるオークション会場。

本日の目玉商品を前に、場内はすでに熱気に包まれていた。


一部の事情通は、この競売が異常な高騰を見せると予想していた。

それもそのはず、出品物はあの伝説級の魔物――シーサーペントの素材だったのだ。


「ロットナンバー十六番、シーサーペントの外皮です!」


司会者の声に、会場の空気が一変する。

ざわめきが走り、席を立つ者まで出始めた。


「討伐したのは、現代の“聖者様”!防水性と強靭さを併せ持つ超希少素材です!希望落札価格は金貨百枚から!」


開始の号令とともに、競りは瞬く間に過熱していった。


「百五十!」「二百!」「二百五十!」「三百!」


会場中の手が一斉に上がり、金額が跳ね上がっていく。そして――


「四百枚」


静かに挙手した男の一声に、場内が凍りついた。

その圧倒的な存在感に、他の入札者は次々と沈黙していく。


「四百枚、落札!」


重々しい声が響いた瞬間、場内にはどよめきとため息が混ざったような静寂が広がった。


続いて出品されたのは、ロットナンバー十七番――シーサーペントの鱗。


「防御性能、魔法耐性ともに極めて高い一品。希望落札価格、金貨八十枚!」


ここでも激しい競り合いが展開されたが、やがて先ほどの男が再び挙手する。


「五百枚」


一言で流れを止め、再び沈黙を支配する。


「五百枚、落札です!」


その後も、牙は五百枚、眼球は八百枚、角は千二百枚、そして――


「ロットナンバー二十番、シーサーペントの心臓!」


わずかに脈打つそれは、他の素材とは格が違っていた。

高揚と緊張が交錯する中、司会者が声を張り上げる。


「開始は金貨五百枚!」


「七百!」「千!」「千五百!」


怒涛の競りが続き、やがて声が止まったかと思えば、最後に男が告げた。


「二千五百枚」


――沈黙。


「二千五百枚、落札です!」


その瞬間、場内の誰もが息を呑んだ。

この日、“聖者”の名は確実に王都の空気に刻まれたのだった。


その後、オークションで得られた莫大な金貨は、システムを通じてパーティの金庫番・フィオナの元に送金されることになる。


レイが何も知らぬままに築いた名声と富は、もはや伝説の域に達しつつあった。

その噂は、素材を輸送していた護衛の口を通じて、すぐにファルコナーの町へと届いた。


「やっぱり、あのシーサーペントを倒したのは聖者様だったんだな。すげぇ……」

「倒したシーサーペントの心臓の落札価格がが金貨二千五百枚だってよ……」

「マジかよ、もう一生遊んで暮らせるだろそれ!!」


町の冒険者たちも次々に声を上げる。


「あの若い兄ちゃんが聖者様か?」

「スタンピードの時、真ん中で戦ってたヤツじゃねぇか?」

「合体魔法の男の方だよな? 本当に聖者様だったとは!」


かつての勇士や英雄のように、レイの名はまたたく間に広まり、王都とファルコナーを駆け巡っていく。


そのころ、セリンの街では早くも二つの“聖者様伝説”が生まれていた。


ひとつは――「東武神殿を救った聖者様」


聖なる核の修復を唯一成し遂げた存在として語られている。


精霊が住まう核に招かれ、直接その声を聞き、光を失いかけた核に自らの魔力を注いで、再び聖なる輝きを取り戻したという話だった。しかもその精霊とは親しく言葉を交わし、まるで旧知の仲のようだったとも。


「歴代の聖者様の中でも、最も精霊に近い存在」

「精霊様が心を許した、唯一の人間だ」


……などという噂が、修道士たちの口から語られ、街の信徒たちへと広がっていた。


もうひとつは――「聖者様の従魔伝説」


迷いの森で伝説の幻獣・スレイプニルと走り比べを行い、見事に勝利して従魔にしたという話だ。

そのあまりに荒唐無稽な内容にもかかわらず、スレイプニルを連れて戻ってきたレイを見た住民たちは、それを“神話”として信じる以外なかった。


「迷いの森を抜けてスレイプニルを従えた男」

「神に選ばれし聖なる使者」


レイはただ従魔登録のためにセリンに立ち寄っただけだったのだが、通りすがるだけで拝まれ、手を合わせられる騒ぎとなっていた。


そして、さらに離れた地――グリムホルトでもまた、新たな伝説が広まり始めていた。

聖者様の使う火魔法によって砦が半壊したという噂が広まり、街は騒然となっていた。


「誘拐犯に拉致されていた女性たちを全員救出し、誘拐犯には天誅を下したそうだぞ」

「誘拐犯の砦を、火魔法一発で吹き飛ばしたらしい」

「英雄サティ様より強いんじゃないか?」

「いや、それもう災害だろ」


どこまでが真実で、どこからが誇張かも分からないまま、レイの名は各地で“神話級の存在”として、着実にかたちを成していく。信じがたいような逸話は尾ひれをつけられ、もはや止めようのない勢いだった。


だがその頃、本人はというと――

伝説になっている自覚もなく、ミストリアの街から少し離れた別院にて、こっそりとエレナの治療に集中していた。


火魔法と治癒魔法、二つの属性を持つ“ダブル”の魔法使いとして、歴史に名を刻むほどの才能を示すことに、全くの無頓着でありこれがどれだけ世間を揺るがすことなのか分からずに治療を行っていた。


新たな伝説が生まれようとしていることにも気づかぬまま、彼はただ、自分にできることを一つずつこなしていくのだった。


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